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魔王(よしこ62歳)と勇者パーティ  作者: 歩人
Arc4: 聖教会の子どもたち

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第51話: おやすみの言い方

◆ティア視点




 ホットミルクを——11杯。




 厨房のカウンターに並んだカップを数えた。1、2、3……11。


 足りている。全員分。




「……よしこ様。ホットミルク、ご用意できました」


「おおきにティアちゃん(^^) 11杯て、壮観やなぁ」




 よしこ様が厨房に入ってきた。黒と紫のローブではなく、寝間着代わりの簡素な白い服。漆黒の長い髪を一つに結んでいる。


 ——普段の威圧感がない。こうしていると、ただの優しいお方だ。


 ……いつもそうだけれど。




「ティアちゃん、このミルク、蜂蜜入れてくれたん?」


「は、はい。少しだけ……甘いほうが、眠りやすいと聞きましたので……」


「完璧や(^^) ほな、配りに行こか」




 よしこ様がトレーを持った。わたしがもう一つ。


 11杯を二つのトレーに分けて——夜の魔王城を歩き始めた。




 廊下は静かだ。


 松明の灯りが壁を揺らしている。足音は——わたしの革靴と、よしこ様の素足。


 よしこ様は城の中ではいつも裸足だ。「スリッパがないんよ」と言っていた。スリッパが何かはわからない。




「ティアちゃん」


「は、はい」


「夜の城って、ええなぁ。静かで」




 尻尾が——少しだけ揺れた。


 嬉しい。よしこ様と二人で歩くのが嬉しい。




 ……先代魔王様の時代には、こんなことはなかった。


 夜の城は真っ暗で、誰も歩いていなかった。侍女は自室に戻れと命じられていた。廊下に松明を灯す必要もなかった。


 だって——部屋を訪ねる人が、いなかったから。






◆ティア視点(続き)




 最初の部屋。ガルドとトールの部屋。




 よしこ様がそっと扉を開けた。


 覗いた先——ガルドが布団にくるまって、すでに眠っていた。隣のベッドではトールも同じ姿勢で丸まっている。


 190cmが二人、同じ丸まり方で並んでいる。




「……でっかいダンゴムシが二匹」




 よしこ様が小声で言った。尻尾が揺れた。笑いをこらえるのに必死だ。




 よしこ様がそっとベッドサイドにカップを二つ置いた。起きたら飲めるように。


 ガルドの布団がずれていた。よしこ様が直した。トールの布団も。




「おやすみ、ガルくん。トールくん(^^)」




 小声。でも——温かい声。




 わたしはカップの位置を少しだけ直した。倒れないように。ガルドは寝相が悪いから。








 次。レオンとドルガの部屋。


 ここは——明かりが漏れている。




 よしこ様が扉を開けた。


 わたしも覗いた。




 テーブルの上に紙が散らばっていた。墨壺。筆。


 レオンが椅子に座って、字を書いている。眉間に皺を寄せて、筆を握りしめて。


 ——その隣に、ドルガが。




 四天王第二席。210cmの巨漢。巨大な角。牙。


 その巨体が——子ども用の椅子のような小さな椅子に座って、筆を握っている。




 二人とも、紙に書かれた字をにらんでいる。




「……この字、読めねぇ」


「俺もだァ。なんだこのぐにゃぐにゃは」


「お前が書いたんだろ」


「……そうだった」




 よしこ様が——ぷっ、と吹き出しかけた。


 わたしが慌ててよしこ様の袖を引いた。気づかれる。




 よしこ様がカップを二つ、テーブルの端にそっと置いた。




「よしこ……?」




 レオンが気づいた。ドルガも振り向いた。




「夜更かしはあかんよ(^^) でも——頑張ってるなぁ。えらいえらい」




 レオンが顔を赤くした。「べ、別にえらくねぇし……」


 ドルガが「フン、当然だ」と鼻を鳴らした。耳が赤い。




「ミルク飲んで、ちゃんと寝るんやで。おやすみ(^^)」


「……うるせぇ」


「……フン」




 二人とも——目をそらした。でもカップには手が伸びた。




 扉を閉めた。


 廊下に出てから、よしこ様が呟いた。




「あの二人、ほんまそっくりやなぁ(^^)」




 ……わたしもそう思います。








 リーゼの部屋。


 窓辺に座って、本を読んでいた。


 月明かりだけで。膝の上に本を開いて、薄い青の目が文字を追っている。


 隣にミーナが座っていた。リーゼの肩にもたれて——眠っている。淡い金髪がリーゼの肩に流れている。




「……起こさないで」




 リーゼが、扉を開けた瞬間に言った。声は低い。でも——ミーナを起こさないように小さい。




「起こさへんよ(^^) はい、ミルク」




 よしこ様がカップを窓辺に置いた。ミーナの分も。




「……ミーナ、さっきまで起きてた。『リーゼ殿、この本の続きが気になります』って。3ページで寝た」


「3ページで(^^) 疲れてたんやな」


「……うん」




 リーゼが——ミーナの肩に、そっと自分のローブをかけた。


 ゆっくり。起こさないように。




「おやすみ、リーゼちゃん。ミーナちゃんにもおやすみ言っといてな(^^)」


「……言う」




 短い返事。でも声が少しだけ——柔らかかった。








 メルの部屋。


 ノックする前に、扉が開いた。




「あら。おやすみのミルクですか。——お気遣いありがとうございますわ」




 メル様は——起きていた。寝間着ではなく、まだローブを着ている。机の上に何か書きかけの書類がある。


 よしこ様がカップを渡した。




「メルちゃん、まだ仕事してるん?」


「ちょっとした報告書ですわ。すぐ終わりますの」


「無理したらあかんよ。ちゃんと寝ぇ(^^)」


「……はい、はい。おやすみなさいませ、魔王様」




 慇懃な声。でも——カップの蜂蜜ミルクを一口飲んで、メル様の肩が少しだけ下がった。力が抜けたように。




「……ティア」




 メル様が、扉を閉める前にわたしを見た。




「蜂蜜、多めですわね。……ありがとう」




 尻尾がパタパタした。止められなかった。








 ピプの部屋。


 扉を開けると——ベッドの上で、ピプがマントにくるまって丸くなっていた。蝶のような薄い羽根が、寝息に合わせてゆっくり動いている。


 水色のぼさぼさ髪が枕に散らばっている。




「もう寝てるわ(^^) 早いなぁ」




 よしこ様がカップをベッドサイドに置いた。ピプの布団を直した。


 ピプが寝返りを打った。




「……よしこ……おやつ……もう一個……」




 寝言だった。




「おやつは明日な(^^) おやすみ、ピプちゃん」




 ピプの羽根がぱたぱた、と動いた。夢の中で——嬉しいことがあったのかもしれない。






◆ヴェルザ視点




 最後の部屋を訪ねる前に——一つ、残っている。




「よしこ様。シオンの部屋、まだです」




 ティアが言った。トレーの上のカップは残り二つ。シオンのと——。




「せやな。行こか」




 シオンの部屋の前に立った。明かりは消えている。


 魔王様がそっと扉を開けた。




 暗い部屋。ベッドに横になっている。目は——開いている。


 天井を見ている。灰色の目が、暗闇の中でぼんやり光っている。




「シオンくん、起きてるんか」




 シオンが体を起こした。




「……はい。眠れません」


「眠れんか。そういう日もあるわな(^^)」




 魔王様がベッドサイドにカップを置いた。




「ホットミルクや。飲んでみ。蜂蜜入りやで」


「……いただきます」




 シオンがカップを受け取った。両手で包むように持った。——教会仕込みの綺麗な所作。だが手が少し——震えている。


 寒さではない。




「……よしこ殿」


「ん?」


「自分は……命令がないと眠れないのです。教会では『22時に消灯。就寝』と命じられていました。ここには——命令がない」




 魔王様が——シオンの隣に座った。ベッドが軋んだ。




「そうかぁ。ほな、おばちゃんが言うたるわ(^^)」




 ——魔王様。




「シオンくん。おやすみ(^^)」




 命令ではない。


 許可でもない。


 ただの——おやすみ。




「……おやすみ、なさい」




 シオンが——ミルクを一口飲んだ。


 両手のカップから湯気が立っている。灰色の目が——少しだけ、揺れた。




「……甘い、です」


「蜂蜜やで(^^) ティアちゃんの特製や」


「……美味しい、です」




 魔王様がシオンの頭に——手を置いた。ぽん、と。




「眠れん時はな、美味しいもん飲んで、ぼーっとしてたらええねん。何も考えんでええ。——明日また起きたらええだけやから(^^)」




 シオンが——目を閉じた。




 私は廊下からそれを見ていた。








 魔王様がシオンの部屋から出てきた。


 ティアがトレーの上の最後のカップを差し出した。




「よしこ様。最後の一杯です」


「ん? これ誰の?」


「よしこ様のです」




 魔王様が——目を丸くした。




「え、わてのもあるん?」


「は、はい。11人ですから……よしこ様も、入れて」


「ティアちゃん……」




 魔王様がカップを受け取った。一口飲んだ。




「……うっま(^^) ティアちゃんの蜂蜜ミルク、天下一品やわ」




 尻尾が——パタパタパタパタ。止まらない。


 止めたいのに。止まらない。




「よしこ様」


「ん?」


「今日の『おやすみなさいませ』は——11回になりました」




 先代魔王様の時代には、0回だった。


 誰も「おやすみ」を言わなかった。言う相手がいなかった。




 よしこ様が来て——1回になった。わたしとよしこ様。


 それが2回になり、3回になり——今日、11回。




「11回か(^^) ええなぁ。ありがとな、ティアちゃん(^^)」




 ——泣きそうになった。


 なんでだろう。「ありがとう」と言われただけなのに。




「い、いえ……わたしは、ホットミルクを作っただけですから……」


「ちゃうちゃう(^^) ティアちゃんがおるから、みんなに『おやすみ』言いに行けるんやで。わて一人やったら、11杯も運べへんもん」




 尻尾が——もう完全に制御不能だった。


 パタパタパタパタパタパタ。




「お、おやすみなさいませ、よしこ様」


「おやすみ、ティアちゃん(^^)」






◆ヴェルザ視点




 全員の部屋を回り終えた魔王様が——最後に、自室に戻る廊下を歩いていた。


 私は——待っていた。




「あら、ヴェルちゃん。まだ起きてたん」


「……ヴェルザでございます」




 魔王様が笑った。いつもの——裏表のない笑顔。


 180年生きたメルでも見抜けない。策略の欠片もない。ただの——笑顔。




「魔王様。毎晩、全員の部屋を回っておいでですか」


「うん(^^) 保育園でもやってたんよ、お昼寝の時間。ちゃんと寝てるか見て回るの」




 保育園。


 この方はいつもそうだ。魔王城を子どもの家と同じに扱う。全員を預かった子どもと同じに見る。


 300年仕えた先代は——部下の部屋を訪ねたことは一度もなかった。




「ヴェルちゃんはちゃんと寝てる?」


「……はい。十分に」


「ほんまに? 目の下にクマできてるで?」


「……それは、元々の肌の色でございまして……」




 魔王様がじっとこちらを見た。深紅の目。優しい目。




「無理すんなよ、ヴェルちゃん(^^) 四天王筆頭かて、人間——あ、魔族やな。魔族やもん。疲れたら寝なあかんで」


「……かしこまりました」




 魔王様が自室の扉に手をかけた。


 振り返った。




「ヴェルちゃんにもおやすみ言いたかってん。——おやすみ、ヴェルちゃん(^^)」




 ——。




 300年。


 先代魔王に仕えた300年。


 「おやすみ」と言われたことは——一度もなかった。


 言ったこともなかった。


 先代は「おやすみ」を知らなかった。部下に言う言葉だと思っていなかった。


 私も——言われる言葉だと思っていなかった。




「……おやすみなさいませ、魔王様」




 声が震えた。


 300年分の——何かが、喉に詰まった。




 魔王様は笑って、扉を閉めた。




 ——廊下に、一人になった。


 松明の灯りが揺れている。




 300年。暗い城。誰もいない廊下。「おやすみ」のない夜。


 それが——今。


 11人分の「おやすみ」がある。ティアが蜂蜜ミルクを作り、魔王様が全員の部屋を回り、毛布を直し、頭を撫でる。




 ……先代。


 あなたにも——こういう夜が、あればよかった。




 私は——自室に戻った。


 ベッドサイドに——カップが置いてあった。


 蜂蜜ミルク。まだ温かい。




 ティアだ。いつの間に。




 一口飲んだ。


 甘かった。




「……おやすみなさいませ」




 誰に言ったのか——自分でもわからなかった。


 先代に。魔王様に。ティアに。この城にいる全員に。


 300年越しの——おやすみ。





最後まで読んでいただきありがとうございました。


第51話「おやすみの言い方」。静かな夜の話です。


保育園には「午睡巡回」という業務があります。お昼寝の時間に、先生が子どもたちのベッドを一つずつ見て回る。ちゃんと寝ているか、布団がずれていないか、呼吸は正常か。よしこがやっていることは、それと同じです。ただの——巡回。でも「見に来てくれる人がいる」ということが、どれだけ安心を与えるか。


ヴェルザは300年生きています。先代魔王に仕えた300年間、彼は「おやすみ」と言われたことがありません。言ったこともない。それが当たり前だった。よしこが来て初めて、ヴェルザは「おやすみ」を覚えた。300年越しの「おやすみ」は、ただの挨拶じゃない。「明日もここにいてね」という意味です。


ティアのホットミルク11杯。数えてみると、ティアも11人目に自分を入れていません。でもよしこは入れた。「ティアちゃんの分もあるやろ?」——見えない人を見る。この物語の、ずっと変わらない芯です。


次回、第52話「裏山の遠足」。全員で山に行きます。お弁当を持って。


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