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魔王(よしこ62歳)と勇者パーティ  作者: 歩人
Arc4: 聖教会の子どもたち

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第49話: 剣のかたち

◆シオン視点




 剣を振れと言われた。




 ヴェルザに弟子入りして五日目。教会でも毎日振った。朝五時。素振り百本。型の反復。呼吸を整え、足を踏み、腰を回し、刃を走らせる。正確に。完璧に。教官の指示通りに。


 ここでも同じことをしている。——ただし、教官はいない。




「もう一本」




 ヴェルザが言った。中庭の隅。朝の光が石畳を白く染めている。


 ヴェルザの手には何もない。腕を組み、壁に背を預け、金色の目でこちらを見ている。


 ——自分を見ている。




 木剣を振った。上段から。型通り。




「……止めろ」




 止まった。




「今の一振りは正確だ。教会仕込みか」


「はい。聖教会の正規課程です」


「技術は悪くない。——だが、中身がない」




 中身。




「正確すぎる。一振りに迷いがない。——それは褒めているのではない。迷いがないということは、考えていないということだ」




 考えていない。


 ——その通りだ。何も考えていない。教わった型を、教わった順に、教わった速度で再生しているだけだ。




「問う」




 ヴェルザの金色の目が細くなった。




「お前は何のために剣を振る」




 ——。




 口が動かない。




 教会なら答えがある。「魔王討伐のためであります」。言い慣れた言葉。呼吸と同じように自然に出る、模範回答。


 でも——今、その答えは出なかった。


 魔王を討伐する。その魔王は昨日、自分にスープの三杯目を勧めてくれた。




「……わかりません」




 声が小さかった。自分の声がこんなに小さいことを、初めて知った。




「わかりません。自分は……何のために剣を振っているのか」




 ヴェルザが——動かなかった。怒らなかった。失望もしなかった。


 ただ、腕を組んだまま。




「そうか」




 一言だけ。


 教会の教官なら「やり直し」と言う。ヴェルザは——「そうか」と言った。




「答えが出るまで振れ。型はいらん。自分の剣を振れ」


「……自分の剣」


「お前が『これだ』と思える一振りだ。——見つかるまで、何百本でも振っていろ」




 背を向けた。銀白の髪が朝日を受けて光った。185cmの背中が遠ざかっていく。


 自分の剣。


 教わったことのない言葉だった。






◆レオン視点




 中庭から木剣の音がする。




 朝飯の前。まだ眠い。目が開かない。でも——音が気になった。


 壁の陰から覗いた。




 シオンが木剣を振っている。




 型。教会の型。俺は教わったことがないから知らないけど——綺麗だ。足の置き方、腕の角度、刃の軌道。全部が整っている。まっすぐで、無駄がない。


 教会が作った「完璧な勇者」の動き。


 俺の剣とは——全然違う。




 でも。


 何本か振ったあと、シオンが——止まった。


 木剣を下ろした。石畳を見つめている。朝の白い光の中で、15歳の背中が——小さく見えた。




「…………」




 見覚えがある。


 ——俺だ。あの頃の。


 聖剣を手に取って、「勇者」と呼ばれて。でも何のために戦うのかわからなくて、一人で素振りしていた頃。答えなんか持ってなかった。




 壁の陰から出た。




「よう」




 シオンが振り向いた。灰色の目。——少しだけ、濡れている気がした。気のせいかもしれない。




「れ、レオン殿」


「……覗いてたわけじゃねぇよ。音がしたから見ただけだ」


「いえ……お恥ずかしいところを」


「恥ずかしいとこなんかねぇだろ」




 落ちている木剣を拾った。もう一本ある。訓練用に置いてあるやつだ。




「ヴェルザに何か言われたか」


「……何のために剣を振るのか、と。——答えられませんでした」




 だろうな。


 俺もあれ聞かれたら答えられねぇ。




「俺もわかんなかった」




 シオンが顔を上げた。




「今もわかんねぇ。何のために振ってるのか。正直言って——全然わかんねぇ」


「レオン殿も……わからないのですか」


「ああ。魔王を倒すため——って言ってたけどよ。その魔王がおにぎり握ってくれるんだぜ。意味わかんねぇだろ」




 シオンが——一瞬、目を丸くした。


 そして、微かに——唇の端が動いた。笑いではない。でも、教会仕込みの無表情とも違う。何かが緩んだ。




「……確かに、意味がわかりません」




 木剣を構えた。




「一本やるか」


「……自分と、ですか」


「素振りだけじゃつまんねぇだろ」








 打ち合った。




 シオンの剣が来る。上段——綺麗だ。型通り。教科書みたいだ。教科書があったら、こう描いてある。


 受けた。腕が痺れる。——こいつ、力もある。技術も、力も、何もかもが「正しい」。


 俺の返しは——めちゃくちゃだ。


 型なんか知らない。孤児院を飛び出して、路地裏で棒きれ振ってた。喧嘩で覚えた。殴られて覚えた。体で覚えた。




 シオンの目が動いた。




「——その動き。教会の型にありません」


「ねぇよ。俺のだもん」


「どこで……」


「路地裏」




 もう一本。横から。シオンが受けた。——でも一瞬遅れた。型にない角度だったから。




「……レオン殿の剣は」


「ん」


「めちゃくちゃです」




 ——知ってる。




「でも」




 シオンが息を整えた。灰色の目が——何かを探している。




「……読めません。どこから来るかわからない」


「だろ。——俺も自分でわかんねぇもん」


「自分でわからないのに、振れるのですか」


「振れるっつーか……体が勝手に動くっていうか。考えてねぇんだよ。考えたら止まる」




 シオンが——木剣を下ろした。


 じっと、自分の手を見ている。




「自分は……考えすぎなのでしょうか」


「知らね。でもお前の剣、綺麗だよ」




 言ってから——ちょっと恥ずかしくなった。何言ってんだ俺。




「教会の剣は綺麗だな。まっすぐで。——俺のはめちゃくちゃだけど」




 木剣を持ち上げた。ボロい。節があって、少し曲がっている。俺の聖剣みたいだ。刃こぼれだらけの古い剣。




「——俺の剣だ」




 シオンが俺を見ている。灰色の目が——揺れている。




「レオン殿は……自分の剣だと、言えるのですね」


「言えるっつーか……他に持ってねぇからな。これしかねぇし。これで戦ってきたし」




 教わってない。綺麗じゃない。正しくない。


 でも——俺の。




 シオンが木剣を握り直した。




「もう一本——お願いします」




 打ち合った。


 シオンの剣が——少しだけ、変わった気がした。型は同じ。でも——力の入り方が違う。硬い力じゃない。自分で握っている力。




 ——まだ「教会の剣」だ。でも。




 ほんの少しだけ、型からはみ出した一振りがあった。


 不格好な、余分な一振り。


 シオン自身が気づいていない。でも——俺には見えた。




「……いい一本だった」


「え……今のは、型を崩して——」


「だからいい」




 シオンが——黙った。


 木剣を握ったまま。自分の手を見て。




「…………俺の、剣」




 声が小さかった。「自分の」じゃなかった。——「俺の」。


 本人は気づいていないと思う。




 でも——聞こえた。






◆シオン視点




 石畳に座った。二人で。背中を壁につけて。


 汗が冷えていく。木剣を膝の上に置いた。




「おつかれさん!(^^)」




 声が降ってきた。




 よしこ様が——盆を持って立っていた。深紅の目が笑っている。小さな黒角の向こうに朝の空が見える。




「朝から頑張っとるなぁ。はい、これ食べ(^^)」




 盆の上に——白い三角が並んでいた。




「……これは」


「おにぎりやで(^^) ——あ。えー、わが城の携帯糧食である」


「おにぎり……」




 レオン殿が一つ取った。黙って口に入れた。




「…………うめぇ」




 自分も一つ取った。両手で持った。温かい。海苔が巻いてある——この世界にも海苔があるのだろうか。いや、これは——「魔族の森で採れる苔を干したもの」だとガルド殿が言っていた。




 口に入れた。




 ——塩と、米と、中に何か——梅のような、酸っぱくて甘い何か。




「……おいしい、です」




「せやろ(^^)」




 よしこ様が笑った。魔王の威厳が三秒で消えた。




「ヴェルちゃんにも持ってったるわ(^^) ……あ。ヴェルザにも、届けるとしよう」




 盆を持って歩いていった。








 廊下の角で——ヴェルザが盆を受け取っている声が聞こえた。




「魔王様。これは……」


「おにぎりやで(^^)」


「おにぎり……とは……」


「三角に握ったごはん! 中に具が入っとるねん!(^^)」


「……三角に握る意味は何でしょうか」


「持ちやすいからやで(^^)」


「……かしこまりました」




 沈黙。




 ——そして、微かに。




「…………悪くない」




 ヴェルザの声だった。「悪くない」。ドルガ殿と同じ言い方だ。魔王軍の幹部は全員そう言うのだろうか。








 隣でレオン殿が三つ目のおにぎりを食べている。




「……レオン殿」


「ん」


「自分は……自分の剣を、まだ持っていません」


「うん」


「でも……探してみたいと、思いました」




 レオン殿が——おにぎりを頬張ったまま、こちらを見た。




「見つかるかはわかりません。教会の型しか知らない自分に、自分だけの剣が——」


「見つかるよ」




 あっさり言った。口にごはん粒をつけたまま。




「なんでわかるんですか」


「わかんねぇよ。でも——お前さっき、型から外れた一本振っただろ」


「……あの不格好な」


「あれだよ。——あれが、お前の剣だ」




 不格好な一振りが——自分の剣。




「……そうでしょうか」


「知らね。でも、俺の剣だって最初はめちゃくちゃだった。——今もめちゃくちゃだけど」




 レオン殿が笑った。口元のごはん粒が落ちた。




「綺麗じゃなくていいんだよ。——自分のなら」




 自分の。




 おにぎりを噛んだ。塩味が舌に広がった。




 教会では、食事中に話すことを禁じられていた。食事は栄養摂取。効率よく、静かに、速やかに。


 今——隣に人がいて、喋りながら食べている。おにぎりの具の話をしている。非効率で、うるさくて、温かい。




「……レオン殿」


「ん」


「……明日も、稽古していただけますか」


「おう。——ただし、ヴェルザの稽古のあとな。あいつの目が怖ぇから」


「……はい」




 おにぎりをもう一つ取った。自発的に。


 四つ目。


 教会の配給は一食につきパン二つだった。ここでは——好きなだけ食べていい。




 好きなだけ。




 自分が「好き」かどうかすら、よくわからないけれど。




 ——でも、おにぎりは美味しい。


 それだけは——自分の感覚だと、思う。





最後まで読んでいただきありがとうございました。


第49話「剣のかたち」。シオンとレオン、二人の「勇者」の稽古回です。


教会の剣と路地裏の剣。正しい剣と正しくない剣。シオンは完璧に教わった型を持っている。レオンは何も教わっていない我流しかない。でもレオンは「俺の剣だ」と言える。シオンはまだ言えない。


シオンにとって、剣は「与えられたもの」でした。教会が与えた使命、教会が教えた技術、教会が決めた目的。全部が外側から来たもの。だから「何のために剣を振る」と聞かれても答えられない。自分で選んだことが一つもないから。


レオンの「めちゃくちゃだけど俺の剣」は、この物語の裏テーマです。完璧じゃなくていい。正しくなくていい。自分で掴んだものなら、それが「自分の剣」になる。シオンが型から外れた不格好な一振りを打った瞬間——それがシオンの剣の、最初の一歩です。


シオンの一人称が一瞬だけ「自分」から「俺」に変わったこと、気づいていただけたら嬉しいです。レオンの影響です。本人はまだ気づいていません。


ブックマーク・評価をいただけると、おにぎりがもう一個増えます。感想もお待ちしています。


☆評価・ブクマ・感想をいただけると次話の励みになります!

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