表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王(よしこ62歳)と勇者パーティ  作者: 歩人
Arc4: 聖教会の子どもたち

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

47/61

第47話: 盾と包丁

◆トール視点




 包丁が——怖い。




 盾は怖くなかった。教会で毎日振らされた。重さも厚さも、腕が覚えている。


 でも包丁は——薄い。軽い。そして、刃がある。




「トールくん、持ち方はこうだよ。猫の手、猫の手!」




 ガルドが隣で手の形を作ってみせる。指を丸めて、爪を隠す。




「……猫の手」


「そう! 野菜を押さえる手をこうしないと、指切っちゃうから!」


「……了解であります」




 猫の手。猫の手。




 俺の手は——盾を握るための手だった。


 教会の教官に言われた。「お前の手は大きい。盾を持て。前に立て。仲間を守れ」


 それだけだった。それ以外の使い方を、習ったことがない。




 包丁を握った。




「……軽い」


「でしょ? 盾より全然軽いよ!」


「……軽すぎる。力の入れ方がわからない」


「大丈夫、最初はみんなそうだよ!」




 ガルドが——笑っている。


 190cmが笑っている。俺より5cm高い。でも俺より——柔らかい。




 にんじんを置いた。橙色。丸い。




「じゃあ、切ってみて!」




 切る。




 ——ぐしゃ。




「…………」


「…………」




 にんじんが——潰れた。




 二つに割れたのではない。力が入りすぎて、上から押し潰した。盾で敵の攻撃を受け止める時の力加減が、そのまま出た。




「……すまない」


「だ、大丈夫! 大丈夫だよトールくん! にんじんは柔らかいから……」


「……柔らかい」


「う、うん。えっと、もっと優しく……赤ちゃんを触るみたいに……」




 赤ちゃん。


 触ったことがない。




「……わからない」


「え、えーっと……じゃあ、ピプちゃんの頭を撫でるみたいに!」




 ピプの頭。


 ——撫でたことはないが、たしかに壊してはいけない気がする。




 もう一本。にんじん。




 今度は——そっと。ピプの頭。ピプの頭を撫でるつもりで。




 とん。




 切れた。




「おお! 切れた!」




 ガルドが声を上げた。目がきらきらしている。190cmが飛び跳ねている。厨房が揺れた。




「……切れた」


「切れたよ! すごい! トールくん上手!」


「……形が歪い」


「最初はそれでいいの! スープにするから形なんて関係ないよ!」




 形が歪い。分厚い。教会の訓練なら「やり直し」と言われる精度。


 でもガルドは「いい」と言った。


 ——いいのか。




「……もう一本、切っていいか」


「どんどん切って! 今日は11人分だよ!」




 11人分。


 にんじん、じゃがいも、玉ねぎ。




 切った。切った。切った。


 ぐしゃ。とん。ぐしゃ。とん。とん。ぐしゃ。




 三本に一本は潰れる。




「……すまない。また潰れた」


「大丈夫! 潰れたのは味噌汁に入れよう! 溶けるから!」


「……溶けるのか」


「溶けるよ! 大丈夫!」




 ガルドの「大丈夫」は——温かい。


 シオン隊長の「大丈夫だ」とは違う。シオン隊長のは命令に近い。ガルドのは——毛布みたいだ。






◆ガルド視点




 嬉しい。




 トールくんが隣にいる。厨房に。




 昨日も隣にいた。一昨日も。誰にも言われていないのに、朝になると厨房に来て、黙って立つ。


 最初は何をしていいかわからなくて突っ立ってた。鍋を渡したら受け取ってくれた。皿を並べてもらったら——割ったけど。




 でも——嬉しい。




 僕が厨房に立ち始めた時、隣には誰もいなかった。レオンは料理に興味がない。リーゼさんは手伝おうとしてくれたけど、分析が始まると本を読み出す。




 一人で鍋を回す厨房は——広すぎた。




 今は、185cmが隣にいる。狭い。でも——いい狭さ。




「トールくん、次は玉ねぎ!」


「……了解」


「皮を剥いてね。こう、上のところを切って——」




 ガリッ。




 トールくんが玉ねぎの皮を——盾を構えるように握って、力任せに剥いた。中身まで三層くらい一緒に剥けた。




「あ。……小さくなった」


「あはは! 大丈夫、小さくてもスープに入るから!」


「……すまない」


「謝らなくていいよ! 僕なんてさ——」




 包丁を置いた。




「最初に玉ねぎ切った時、泣きすぎて前が見えなくなって、まな板ごと落とした」


「……まな板ごと」


「まな板ごと。あと鍋も。あと——皿3枚」




 トールくんが——目を丸くした。茶色い目が、少し光った。




「……俺は。皿4枚割った」




「え」




「……最初の朝に1枚。昨日2枚。今朝1枚」




「…………」


「…………」




 二人で顔を見合わせた。


 190cmと185cm。厨房の真ん中で。




「「…………」」




 ——なんだろう。可笑しかった。




 トールくんの口元が——ほんの少し、動いた。


 笑った。この人、初めて笑った。微かに。唇の端が——ほんの少しだけ上がった。




「……僕のほうが1枚少ない」


「……俺のほうが1枚多い」




 また黙った。




 そして——二人同時に「ふっ」と息が漏れた。




 笑いだった。小さな。




 俺、この人のこと好きだな——と思った。体が大きくて、力が強くて、でも力加減がわからなくて。


 僕と——同じだから。




「トールくん」


「……何だ」


「スープ、一緒に作ろう。僕が味を見るから、トールくんは切って。——形はめちゃくちゃでいいから」


「…………了解」




 トールくんが包丁を握り直した。


 猫の手。少しずつ、形が良くなっている。


 まだ分厚い。まだ歪い。でも——もう潰さなくなった。








 鍋がぐつぐつ言っている。


 トールくんが切った野菜。形はめちゃくちゃ。にんじんは三角だったり四角だったり。じゃがいもは大きさがバラバラ。玉ねぎは——小さい(3層剥いたから)。


 でも——いい匂いがする。




「……いい匂いだ」




 トールくんが鍋を覗き込んだ。湯気で茶色い目が潤んでいる。




「でしょ! 味見する?」




 木のスプーンで掬って渡した。トールくんが口に含んだ。




 ——目が開いた。




「……うまい」


「ほんと!?」


「……うまい。俺が切った野菜が——こうなるのか」




 トールくんが鍋をじっと見ていた。


 盾で敵を押し返す時の目じゃない。もっと——静かな目。




「……ガルド」


「ん?」


「殿はいらない。ガルド、でいい」


「……え。いいの?」


「……同じ枚数を割った者同士だ。俺が1枚多いが」


「あはは! じゃあ、ガルドって呼ぶなら——僕のことも呼び捨てでいいよ」


「……ガルド」


「うん!」




 えへへ。




 ——嬉しい。


 名前を呼んでもらえるのが、こんなに嬉しい。








 轟音。


 厨房の扉が——蹴り開けられた。




「何をやっている!」




 210cm。赤黒い短髪。角が二本。牙。


 ドルガだ。




「ど、ドルガさん!?」


「小僧ども! 朝から厨房でガタガタと! 戦士が鍋など持っておるか!」




 トールくんが固まった。盾を構える姿勢になった。包丁を持ったまま。




「……え、えっと、その、スープを——」


「スープだと!? 戦士の仕事は戦うことだァ! 包丁などという——」




 ドルガの鼻が——ひくひく動いた。




「…………」


「…………」


「……なんだこの匂いは」


「ト、トールくんが切った野菜でスープを……」


「フン! 野菜のスープだと? そんなものは——」




 ドルガが鍋を覗き込んだ。210cmが鍋を覗き込むと、鍋が小さく見える。




「…………」


「あ、あの、ドルガさん?」




 ドルガがスプーンを取った。


 乱暴に掬った。


 口に入れた。




 ——沈黙。




「……ドルガさん?」




「…………悪くない」




「え!?」




「悪くないと言っただけだ! うまいとは言っとらん! フン! ——もう一杯もらう」




 もう一杯。




「あ、あの、まだ11人分の計算が——」


「もう一杯だ!」


「は、はい!」




 ドルガがスープを啜った。


 210cmの手に、木のスプーンが小さい。




「…………フン。——野菜の切り方がなっとらん。何だこの三角のにんじんは」


「ト、トールくんの初めての——」


「初めてだと? ハッ、情けない。戦士が包丁も握れんのか」




 トールくんが——黙って立っている。




「……はい。握れません」




 素直に言った。朴訥に。嘘のない声で。




「初めてです。教会では——包丁を持ったことがありません」




 ドルガが——トールくんを見た。赤い目が、少し細くなった。




「…………フン」




 スープをもう一口飲んだ。三杯目。




「三角だろうが四角だろうが、スープに入れば同じだ。——味は悪くない。それだけ言っておく」




 背を向けた。扉に向かって歩き出した。210cmの背中。




 立ち止まった。




「——明日もこの匂いがしなかったら、ぶっ殺すぞ」




 扉が閉まった。




「…………」


「…………」




 僕とトールくんは顔を見合わせた。




「……明日も作れ、ってことだよね?」


「……そうだと思う」




 鍋からぐつぐつ音がした。




「……ガルド」


「うん?」


「……明日も、切っていいか」


「もちろん!」




 えへへ。




 トールくんが——また少しだけ、口元を緩めた。


 二回目。


 盾を持っていた手が、包丁を持っている。


 壊す手が——作る手になっている。




 まだ下手だ。まだ形はめちゃくちゃだ。でも——スープは美味い。








 食堂。11人の食卓。


 トールくんのスープが並んだ。




「トールくんが作ったの!? すごい!」


「ボクも飲むー!」




 ピプが椅子の上に立って鍋を覗き込んでいる。




「……俺はスープを作った。ガルドに教わった」


「トールくんが切って、僕が味付けしたんだ!」




 よしこさんがスプーンを口に運んだ。


 深紅の目が——細くなった。




「…………うまいやん(^^)」




「え、えへへ……」


「……ありがとう、ございます」




 トールくんが——頭を下げた。ぎこちなく。でも、深く。




「なぁトールくん(^^) にんじん三角なんは——」


「……力加減が、まだ」


「ええねん(^^) 三角のにんじんなんて初めて食べたけど、味は一緒やで(^^)」




 ドルガが黙ってスープを飲んでいた。大きな椀で。三杯目——いや、四杯目だ。


 レオンが「お前飲みすぎだろ」と言った。ドルガが「フン、腹が減っていただけだ」と返した。




 スープがなくなった。11人分のはずが——足りなかった。




「ガルド……足りない」


「だ、大丈夫! パンがあるから! パン!」




 190cmと185cmが慌てて厨房に走った。並んで走ると——廊下が揺れた。




「廊下は走らない!(^^)」




 よしこさんの声が追いかけてきた。


 走るのをやめた。二人同時に。同じタイミングで。




 ——また少しだけ、笑った。





最後まで読んでいただきありがとうございました。


第47話「盾と包丁」。トールとガルドの厨房コメディ回です。


この二人は鏡像です。同じ体格、同じ境遇——体が大きいだけで前線に立たされた孤児。違いは一つだけ。ガルドはよしこに「無理せんでええ」と言ってもらえた。トールはまだ言ってもらっていない。でも今、ガルドの隣で包丁を持つことで、ガルドを通じてよしこの言葉が届き始めています。


「盾と包丁」。壊すための手と、作るための手。同じ手です。同じ力です。でも握るものが変わると、手の意味が変わる。トールのにんじんはめちゃくちゃな形です。でもスープにすれば同じ味がする。「三角だろうが四角だろうが、スープに入れば同じだ」——ドルガの言葉は、トールの存在そのものへの肯定でもあります。本人はそんなつもりで言っていませんが。


ドルガの「明日もこの匂いがしなかったら、ぶっ殺すぞ」は、翻訳すると「明日も作ってくれ」です。この人はいつもこうです。


皿の枚数を競い合う190cmと185cm。こういう、どうでもいい共通点で距離が縮まるのが、同じ傷を持つ者同士のコミュニケーションだと思います。


ブックマーク・評価をいただけると、三角のにんじんがもう一個増えます。感想もお待ちしています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ