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魔王(よしこ62歳)と勇者パーティ  作者: 歩人
Arc4: 聖教会の子どもたち

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第46話: 弟子入り志願

◆シオン視点




 中庭に、剣の音が聞こえる。




 朝食を終えて、自分は——廊下に立っていた。何をしていいかわからなかった。


 教会では、次の命令が来るまで待機する。それが普通だった。


 起床。食事。訓練。食事。哨戒。食事。就寝。全てに時刻があり、号令があった。




 ここには——何もない。


 号令もない。時刻表もない。「次に何をしろ」と言ってくれる人がいない。




 足が——勝手に動いた。


 剣の音がする方へ。








 中庭の端。石畳の広場。


 ヴェルザが——一人で剣を振っていた。




 銀白色の髪が揺れる。黒と金の軍服。金色の目。185cmの長身が、無駄なく動く。


 一振り。二振り。三振り。


 教会の剣術とは違う。型が違う。呼吸が違う。——重心が違う。




 教会の剣は「正しい剣」だった。教本通り。一ミリの狂いもない。完璧な剣。


 ヴェルザの剣は——完璧ではない。だが美しい。一振りごとに、意志がある。




 ……意志。




 自分の剣には——何があるのだろう。




 教会の教本。教会の型。教会の呼吸。教会の剣。


 自分のものは——何もない。




「——何用か」




 ヴェルザが止まった。金色の目がこちらを見ている。




「……失礼しました。見学のつもりでは——」


「構わん。——が、用があるなら述べよ」




 用。


 自分は——何のためにここに立っている。




 命令ではない。誰にも「ヴェルザのところに行け」とは言われていない。


 足が動いたのだ。勝手に。剣の音に引かれて。




 胸の奥で——昨日と同じものが動いた。名前のない何か。


 温かくて、苦しくて、もどかしい。


 でも今は——もう少しだけ、形がわかる。




「……剣を」




 声が出た。自分の声。




「……教えていただけますか」




 ヴェルザの金色の目が——微かに動いた。




「お前は聖教会の剣士であろう。正規訓練を受けた者が、魔族に剣を学ぶというのか」


「……はい」


「理由を聞こう」




 理由。


 教会なら答えは簡単だった。「命令です」。それで全てが済んだ。




 でも——違う。




「……命令ではありません」




 声が震えた。15年間、命令以外の理由で動いたことがなかった。




「自分の……意志です」




 言った。


 自分で——言った。


 二日続けて、自分の意志で。




 昨日は「残ります」だった。今日は——「教えてください」。


 教会の訓練で抑え込んだ何かが、また一つ、表に出た。




 ヴェルザが——しばらく黙っていた。


 金色の目が、灰色の目を見ていた。値踏みでも審査でもない。ただ——見ていた。




「……よろしい」




 短い言葉だった。


 教会の訓練官なら「努力を惜しまぬ覚悟はあるか」「誓いを立てよ」と長い儀式があった。




 ヴェルザは——「よろしい」だけだった。




「明朝より。日の出と共にここに来い。——遅れるな」


「……了解——」




 了解しました、と言いかけて、止まった。




「……はい」




 軍隊式ではなく。命令への応答ではなく。


 ただの——返事。




 ヴェルザが剣を収めた。背を向けた。


 ——その背中が、ほんの少しだけ。ほんの少しだけ、緩んだ気がした。


 300年の背中に、何が見えたのかは——自分にはまだわからない。






◆ミーナ視点




 メル様が——紅茶を淹れていた。


 食堂の窓際。紫色のローブ。淡い紫の目。優雅な指先。


 紅茶の香りが廊下まで漂ってきた。




「あら。ミーナ」




 気づかれた。廊下の角に立っていただけなのに。




「す、すみません。覗くつもりは——」


「構いませんわ。——お茶、いかが?」




 いかが、と聞かれた。


 教会では聞かれなかった。「飲みなさい」か「飲むな」かのどちらかだった。




「……いただきます」




 席に座った。メル様がカップを差し出す。




「——あなた、朝から所在なさそうでしたわね」


「……は、はい。何をすればいいか、わからなくて……」


「命令がないから?」


「…………はい」




 見抜かれている。水色の目がメル様の淡い紫を見た。


 メル様は——微笑んでいる。目も口も笑っている。でも、どこか違う。よしこ様の笑顔とは違う。計算がある。でも——嫌な計算ではない。




「わたくしはね、ミーナ」




 メル様が紅茶を一口飲んだ。




「この城で一番弱い四天王ですわ。腕力はドルガの十分の一。剣はヴェルザに到底及ばない」




 窓の外を見た。淡い紫の目が光を受けた。




「でも——情報はわたくしの領域でございますわ。見ること。知ること。考えること。力がなくても、戦えますのよ」




 わたしは——回復しかできない。


 攻撃魔法は使えない。剣も振れない。盾も持てない。


 わたしの価値は回復魔法。教会にそう言われた。




「……メル様は。その、力がないことを……怖くないですか」


「あら。怖いですわよ」




 あっさりと言った。




「でもね。怖いから考えるのですわ。考えて、観察して、分析して。——それが、わたくしの剣でございますわ」




 知性が——剣。




「わたくし、嘘は得意でございますわ。でもあなたは——嘘がつけないでしょう?」




 心臓が跳ねた。




「……わかるんですか」


「見ていればわかりますわ。あなたの笑顔は——教わった形ですもの」




 微笑みが崩れそうになった。いつもの「大丈夫です」を言おうとした。




「——でも、それは悪いことではございませんわ」




 メル様がカップを置いた。




「嘘がつけない人間は、真実を選べる。——それはわたくしにはない強みでございますわ」




 真実を——選ぶ。


 嘘がつけないことが——強み。




 考えたことがなかった。教会では「笑いなさい」と言われた。笑えなければ価値がないと。


 でもメル様は——笑えないことを強みと言った。




「……メル様」


「何かしら」


「わたし……教えていただきたいことが、あります」




 自分で言った。シオン隊長の命令ではない。


 胸の奥で——何かが動いた。小さくて、温かい。




「あら。何を?」


「……見ること。知ること。考えること。——回復しかできないわたしでも、できることを」




 メル様が——淡い紫の目を見開いた。


 一瞬だけ。ほんの一瞬だけ、計算の顔が消えた。




「……ふふ」




 笑った。今度は——目が笑っていた。




「よろしい。——明日から、わたくしのお茶の時間にいらっしゃい。紅茶の淹れ方から教えて差し上げますわ」


「紅茶……?」


「情報収集の基本は、相手にお茶を出すことでございますわ」




 わからなかった。でも——メル様についていきたいと思った。


 命令ではなく。




 紅茶を飲んだ。温かかった。




 ——シオン隊長。わたしも、自分で選びました。






◆シオン視点




 稽古が終わった。


 ヴェルザの型を一つだけ教わった。基本の構え。教会の構えとは足の開き方が違う。腰が低い。


 一時間。たった一つの型を繰り返しただけで——汗だくだった。




「構えが高い。重心を落とせ」


「……了解」


「『了解』ではない。返事は『はい』で良い」


「……はい」




 ヴェルザが不思議な顔をした。300年分の経験が、ほんの少し困惑している。


 教会の剣を一度全部捨てろ——とは言わなかった。ただ「足の幅を変えろ」と言っただけだった。


 それだけで——剣が変わった。ほんの少し。ほんの少しだけ。




 石段に座った。息を整えている。


 ヴェルザが隣に立っている。立ったまま。座らない。




「よーい、お茶の時間やで(^^)」




 声が聞こえた。振り返った。


 よしこ——殿が、盆を持ってきた。


 茶碗が二つ。湯気が立っている。小さな菓子が添えてある。




「おっ、二人で稽古してたん? えらいなぁシオンくん(^^)」


「……えらいのですか」


「自分でやりたいって言うたんやろ? それがえらいんよ(^^)」




 えらい。


 教会では——「当然だ」と言われた。完璧にこなすのが当然。それ以上の評価はない。




 ヴェルザが茶碗を受け取った。




「……魔王様。稽古場に差し入れなど……」


「ええやん(^^) 汗かいた後は水分補給や(^^)」


「水分補給。——そういう問題では……」


「ヴェルちゃんも飲み(^^)」


「…………かしこまりました」




 ヴェルザが——茶を飲んだ。


 金色の目が——ほんの一瞬、閉じた。




「……悪くない」




 小声で言った。聞こえないように言ったつもりだろう。聞こえた。




 自分も茶を飲んだ。


 温かい。苦くない。甘い香りがする。




「……これは」


「ほうじ茶(^^) ガルくんが焙じてくれてん。この世界にもお茶の葉があってよかったわぁ(^^)」




 よしこ殿が菓子を差し出した。小さな焼き菓子。




「はい、おやつ(^^) 頑張った後は甘いもんや(^^)」




 菓子を受け取った。一口かじった。


 甘い。——甘い。




「……自分は」




 声が出た。




「……こういうものを、食べたことがありませんでした」


「せやろな(^^) 教会のごはん、あんまり美味しくなかったんやろ?」


「……はい」




 嘘をつかなかった。素直に——答えた。




 よしこ殿が笑った。深紅の目が細くなった。




「ほな、毎日持ってくるわ(^^) 稽古の後のおやつや(^^)」


「魔王様。稽古の後におやつなど——」


「おやつは大事やで、ヴェルちゃん(^^) 園長経験者が言うんやから間違いない(^^)」


「ここは保育園ではございません」


「一緒やて(^^)」




 ヴェルザが300年分のため息をついた。


 でも——菓子を一つ取った。








 厨房の方から、声が聞こえた。


 ガルド殿と——トールの声だ。




「トールくん、そこの鍋取って!」


「……この鍋か」


「そう! でかいやつ!」


「……でかい」


「トールくんがでかいから大丈夫だよ!」


「……そうか」




 トールが——厨房に居座っている。昨日から。


 命令されていないのに。シオン隊長の指示もないのに。


 ガルド殿の隣に立って、鍋を持って、皿を並べている。




 ——トールもか。




 自分はヴェルザ殿に剣を。ミーナは——どこかで何かを。トールは厨房に。


 誰にも命令されていない。


 全員が——自分で動いている。




 茶を飲んだ。ほうじ茶。温かい。




 自分で選ぶということは——こういうことなのかもしれない。


 まだよくわからない。


 でも——悪くない。




 ヴェルザの金色の目が、こちらを見ていた。




「明朝。日の出と共にだ」


「……はい」




 返事は——「了解」ではなく、「はい」だった。




 菓子をもう一つ取った。自分で。




 甘かった。





最後まで読んでいただきありがとうございました。


第46話「弟子入り志願」。Arc5「魔王城の新入園児」の二話目です。


シオンが自分の意志で「剣を教えてください」と言ったシーン。この子にとって、これは「残ります」に続く二度目の自発的な選択です。15年間、命令以外の理由で動いたことがなかった少年が、剣の音に引かれて足を動かした。教会の「正しい剣」ではなく、ヴェルザの「意志のある剣」に惹かれたこと。それ自体が、シオンの中に「自分の意志」が芽生え始めている証拠です。


ヴェルザの「よろしい」が短いのは、言葉がいらないからです。300年の軍人は、覚悟を見れば十分。


ミーナとメルの師弟関係も動き出しました。「嘘がつけないことは強み」——メルにとって、嘘をつけない人間は珍しいのでしょう。策士が嘘のつけない少女に教えるのは「情報収集」で、その最初の一歩が「紅茶の淹れ方」。メルらしい。


そしてトールは、誰にも言われずに厨房に立っています。三人とも、自分で居場所を選び始めた。「命令の剣」から「意志の剣」へ。「作り笑い」から「本物の知略」へ。「壊す盾」から「焼くパン」へ。師弟の組み合わせが、これから物語を動かしていきます。


ブックマーク・評価をいただけると、稽古後のおやつがもう一つ増えます。感想もお待ちしています。

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