第45話: 新入園児の朝
◆よしこ視点
朝。
鳥の声で目が覚めた。窓から光が入ってる。
——あ。
シオンくんたちが来てから、三日目の朝や。昨日までは何かとバタバタしてたけど——今日から、ほんまの日常が始まる。
保育園の園長時代を思い出す。定員30人。朝の受け入れが一番忙しかった。保護者が「先生おはようございますー!」って子ども預けて走っていくねん。
30人に比べたら11人。余裕やん。
——いや。
廊下を歩いて気づいた。
トイレの前に列ができてる。
「……並んでる(^^)」
レオンくんが壁にもたれて目を閉じてる。半分寝てる。シオンくんがその後ろで直立不動。軍人の姿勢で待ってる。ミーナちゃんが一番後ろで「わたしは大丈夫です」って遠慮してる。
「ミーナちゃん。大丈夫やない顔してるで(^^)」
「は、はい……問題ありま——」
「もう一個あるで。奥の。ティアちゃんに聞いたら案内してくれるわ(^^)」
ミーナちゃんが小走りで去っていった。微笑んだまま。でも足は速かった。正直や。
シオンくんが振り返った。灰色の目。
「……魔王殿。おはようございます」
「おはよう(^^) シオンくん、朝は敬語やなくてええよ」
「……了解しま——おはよう、ございます」
敬語やん。まぁええか。
レオンくんが薄目を開けた。
「……うるせぇ。朝から元気かよ……」
「おはよう、レオンくん(^^)」
「……おはよ……ございます……」
寝ぼけると敬語が出る子、保育園にもおったなぁ。
トイレのドアが開いた。ドルガが出てきた。210cmが通ると廊下が揺れる。
「ふん。朝の陣取りか。——邪魔だ、小僧ども」
「おはよう、ドルガくん(^^)」
「……フン。おはようございます。——ではない。おはようだ」
照れてるやん。210cmが照れてるやん。
◆ティア視点
11組。
布団が——11組。
干さなければ。全部。
先代魔王様の時代は2組だった。魔王様とヴェルザ様の分。わたしとピプ様は自分で干していた。メル様とドルガ様は——干さなかった。干さない種類の方々だった。
今は11組。
「ティアちゃん、手伝うで(^^)」
「い、いえ! 魔王様にそんなことは……!」
「何言うてんの。布団なんか園長時代にお昼寝布団何十枚も干してたわ(^^)」
魔王様が布団を抱えて中庭に出ていった。尻尾がぱたぱた——いけない。わたしの尻尾が勝手に。
中庭の物干し竿。足りない。圧倒的に足りない。
「ヴェルザ様。物干し竿が……あの……足りません」
「…………11組ですか」
「は、はい……」
「……かしこまりました。手配します」
ヴェルザ様の金色の目が遠くを見ていた。300年仕えて、布団を11組干したのは初めてなのだと思う。
レオン様の布団。——汗の匂い。ちゃんと寝たみたい。よかった。
リーゼ様の布団。——きれいに畳んである。几帳面。
ガルド様の布団。——大きい。190cmだから。布団が小さい。新しいのを用意しなくては。
ドルガ様。——干す前に直した。形が変わっていた。寝相が悪い。210cmの寝相。
シオン様の布団。——折り目が正確。軍隊式。でも少しだけ枕がずれていた。
ミーナ様の布団。——濡れていた。枕のあたりが。涙の跡。嬉しい涙か、悲しい涙かはわからない。でも——泣けたなら、よかった。
トール様の布団。——重い。190cm。もう一つ大きいのが要る。ガルド様のと同じサイズ。
メル様が紅茶を持って中庭に出てきた。
「あら。大変そうでございますわね、ティア」
「は、はい……11組は……」
「ふふ。わたくしは干す側ではございませんので」
「…………」
「冗談でございますわ。——この紐を使いなさい。わたくしの魔法で強度を上げてありますから」
メル様がリボンを渡してくれた。物干しロープ。紫色。おしゃれ。
尻尾がぱたぱた——いけない。
「……あ、ありがとうございます、メル様……」
「礼には及びませんわ。——ところで、11組の次は洗濯ですわよね」
「…………はい」
「何人分?」
「……11人分です」
「…………がんばりなさい」
メル様は紅茶を飲みながら去っていった。手伝わないんかい。
——あ。今の、心の声。魔王様が移ったのかもしれない。
◆よしこ視点
厨房。
パンクしてる。
ガルくんが鍋を三つ同時に回してる。スープ。炒め物。粥。190cmが忙しく動いてる。
「ガルくん、大丈夫?(^^)」
「だ、大丈夫です! 11人分なんて……えへへ、やったことないけど、やってみます!」
トールくんが横に立った。185cm。並ぶと厨房が狭い。
「……手伝う」
「ほんと!? じゃあ皿を並べて——」
ガシャン。
「…………」
「…………」
トールくんが皿を一枚、割った。
二人の目が合った。
「す、すまない……」
「だ、大丈夫だよ! 割れるよ皿は! 僕も昨日2枚割ったし……」
「……2枚?」
「あ、あの一昨日は3枚……」
二人して下を向いた。190cmと185cmが肩を落としてる。遠近感がおかしい。
「あんたら(^^) 皿なんかいくらでもあるがな。気にせんでええよ(^^)」
二人が同時に振り返った。同じタイミング。同じ角度。似てる。この子ら、ほんまに似てる。
「……よしこさん」
「……よしこ殿」
「ほら、皿は後で補充したったらええねん。それより——パンは?(^^)」
ガルくんの目が光った。
「焼けます! もうすぐ!」
オーブンからパンの匂いがした。焼きたて。ええ匂いや。
トールくんが鼻をひくひくさせてる。
「……いい、匂いだ」
「でしょ!? えへへ……」
ガルくんが嬉しそうに笑った。この子がパンの話する時の顔、ほんまにええ顔するわ。
食堂。テーブル二つ繋げ。昨日と同じ。
全員集合。
メルちゃんが定位置(窓際の端)に座った。紅茶を注ぎ直してる。
ドルガが「フン」と言いながら座った。テーブルが軋む。
ヴェルちゃんが全員の着席を確認してる。出欠取ってる。四天王筆頭が出欠を。
リーゼちゃんがパンの匂いを嗅いで——ほんの少しだけ、目が開いた。この子が匂いに反応するのは分析魔法の副産物やけど、今のは多分それやない。
シオンくんが——椅子の座り方がわからないみたいに、背筋をピンと伸ばして座ってる。食堂やで。リラックスしてええんやで。
「シオンくん。肩の力抜き(^^)」
「はい——了解であります」
「それトールくんの台詞やで(^^)」
「……失礼しました」
トールくんが首を傾げた。自分の台詞を取られたことに気づいてない。この子はこの子でおもろいな。
ガルくんがパンの山を運んできた。湯気が立ってる。
「で、できました! 11人分! ……ちょっと多いかもしれないけど……」
多い。明らかに多い。20人分くらいある。
「ガルくん、張り切りすぎやで(^^)」
「え、えへへ……だって、みんなに食べてほしくて……」
スープをよそう。炒め物を盛る。粥をよそう。
トールくんが皿を配ってる。慎重に。さっき割ったから。一枚ずつ両手で持って、そーっと置いてる。
レオンくんが「遅ぇよ」って言ったけど待ってる。
ミーナちゃんがパンを受け取った。
「……温かい」
「焼きたてだから! えへへ!」
ミーナちゃんの水色の目が——少し揺れた。
全員揃った。11人。
「いただきます(^^)」
ばらばらの声。昨日より少し揃ってきた。シオンくんは半拍遅れ。レオンくんは小声。ドルガは「フン」って言ってから食べ始めた。
食べる。喋る。ガルくんが「おかわりありますよ!」って走り回る。トールくんがスープを三杯飲んだ。リーゼちゃんがパンを二枚——あ、三枚目に手を伸ばした。えらいな。
ミーナちゃんが粥を食べてる。スプーンの持ち方が上品。教会仕込み。でも食べるスピードは速い。お腹空いてたんやな。
シオンくんだけ——パンを手に持ったまま、止まってた。周りをきょろきょろ見てる。レオンくんがかぶりつくのを見て、ドルガが片手でちぎるのを見て——おそるおそる、かじった。小さく。端っこから。
教会では食事の作法が決まってたんやろな。好きに食べていい、って言われても、「好きに」がわからへんのや。
「ガルド殿。この……パン。……うまい」
トールくんが言った。朴訥に。まっすぐに。
「えへへ……! ほんと? ほんとにうまい?」
「……うまい」
ガルくんが真っ赤になった。190cmが真っ赤。
——保育園より多いわ(^^)
でも——保育園と同じや。朝ごはんを食べて、「おいしい」って言う。それだけのことが、こんなにぎゅうぎゅうで、こんなに温かい。
◆ピプ視点
ボク、ガルくんの肩が好き。
高い。広い。見晴らしがいい。ガルくんの肩に座ると、みんなの頭の上が見える。よしこの角も見える。ヴェルザの銀色の髪も見える。
でも今日、新しいのを見つけた。
トールの肩。
「ねぇねぇ! トール!」
「……何だ」
「ボク、トールの肩にも乗ってみたい!」
トールが困った顔をした。ガルくんと同じ顔。この二人、ほんとに同じ顔する。
「……乗る? 肩に?」
「うん! ガルくんの肩はね、柔らかいの! トールの肩はどう?」
ガルくんが振り返った。目が光ってる。
「え? ピプちゃん? 俺の肩のほうが広いよ?」
「えー、でもトールの肩も気になる!」
「俺のほうがふかふかだよ? 筋肉が柔らかいって言ってくれたでしょ?」
ガルくんの目がきらきらしてる。あれ。なんか違う。いつもの困り顔じゃない。
「……俺の肩でも、構わないが」
「にへへ、じゃあ——」
「待って! ピプちゃん! 俺が先だよ!」
ガルくんがトールの前に立った。190cmが185cmの前に。
「……ガルド。……俺は別に取ろうとしたわけでは——」
「い、いいの! ピプちゃんの肩ポジションは……僕の……僕の場所だから……!」
あー、ガルくんが珍しく張り合ってる。
レオンが遠くから見てる。
「……お前ら何やってんだ」
「レオン! ボク、レオンの肩にも乗る?」
「乗るか! 重い!」
「ひどい! ボク軽いよ!」
「130cmのガキが軽いわけねーだろ!」
ドルガが腕を組んで笑った。
「ハッ! 俺の肩に乗ってみろ。——全員が見下ろせるぞ」
210cmの肩。
「……すごい。高い」
「当然だァ!」
ガルくんが「ピプちゃーん!」って叫んでる。トールが「……俺はまだ乗ってもらっていない」って呟いてる。
ボク、肩がいっぱいある。
嬉しい。肩がいっぱいあるの、嬉しい。
ヴェルザが遠くで頭を抱えてる。
「……四天王が。四天王の肩が。遊具になっている……」
よしこが笑った。
「ええやん(^^) 遊具も保育園には必要やで(^^)」
「ここは魔王城です、魔王様」
「一緒やて(^^)」
ヴェルザがため息をついた。300年分くらい長いやつ。
でも——ヴェルザの口元、ちょっと緩んでた。
ボク、わかるよ。みんなの顔、上から見えるもん。
肩がいっぱいある朝。
ボク、ここが好き。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
第45話「新入園児の朝」。第5アーク「魔王城の新入園児」の開幕です。
Arc4「聖教会の子どもたち」の緊張から一転、日常に戻ります。11人の大家族の最初の朝。やることは保育園と変わりません。トイレの順番待ち、布団干し、朝ごはん。よしこにとっては40年間やってきたことと同じです。ただし、人数が増えました。
ティアの布団干しパート。11組の布団を干しながら、一人ひとりの寝た痕跡を読み取るティア。ミーナの枕が濡れていたこと。シオンの布団が軍隊式に畳まれていたこと。ティアは言葉にしません。でも、見ています。見ていることが、この子の優しさです。
ガルドとトールの厨房コンビ。190cmと185cmが並んで皿を割る。体が大きいだけで戦わされてきた二人が、今は台所に立っています。「壊す」しかできなかった手で、パンを焼いて、スープをよそう。まだ皿は割るけど——皿はいくらでもあります。
ピプの肩ポジション争い。ガルドが珍しく張り合う場面。この子は自信がなくて、自分の居場所を守ることに必死です。ピプの肩という「自分の場所」を取られそうになって、初めて主張した。小さなことだけど、ガルドの成長です。
ここからしばらくコメディが続きます。毎日ごはんを食べて、笑って、たまに泣いて。魔王城は保育園です。
ブックマーク・評価をいただけると、物干し竿がもう一本増えます。感想もお待ちしています。




