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魔王(よしこ62歳)と勇者パーティ  作者: 歩人
Arc4: 聖教会の子どもたち

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第44話: 卒園式の約束

◆グレイヴス視点




 ——私は、




 あの言葉が、まだ耳に残っている。




「あんたも子どもを守る側の人間やろ。なんで——なんで送り出すんよ」




 鎧が——軋んだ。


 58年かけて積み上げた鎧。秩序という名の、鎧。


 魔力で砕かれたのではない。聖剣で斬られたのでもない。


 あの魔王に——叱られて、ヒビが入った。


 漆黒の髪。深紅の目。額の双角。威圧的な美貌のはずなのに——あの目だけが、妙に温かかった。




 あれは「怒り」ではなかった。


 子どもを育てる者の——叱りだった。相手を潰すための言葉ではなく、相手を見ている者の言葉だった。




 空が白んでいる。朝だ。


 一晩中——動けなかった。




「……大司教。兵たちが……指示を求めています」




 フェルトの声。背後に立っている。




「撤退する」




 声が出た。自分の声だ。


 荘厳さは——ない。大聖堂の天井で磨かれた声ではない。ただの、疲れた老人の声だ。




「……大司教?」


「聞こえなかったか。——撤退だ」




 フェルトが一礼して走っていった。




 ……撤退。


 敗北ではない。保留だ。


 ——そう、思いたい。




 一度だけ、振り返った。


 魔王城の門が見える。門の脇に——マリーゴールドが咲いている。




 鉄色の目が——何かを映した。一瞬だけ。




 背を向けた。歩き出した。


 鎧のヒビは——塞がらない。






◆シオン視点




 聖教会の旗が遠ざかっていく。


 白い鎧の列が、朝もやの中に消えていく。




 自分は——門の前に立っていた。


 白い鎧を着たまま。聖剣を腰に佩いたまま。




 隊列について行けば——聖教会に帰れる。


 冷たいパンとぬるいスープの食堂に戻れる。命令がある場所に戻れる。




 足が動かなかった。


 命令がないから、ではない。




「シオンくん(^^)」




 振り返った。


 門の中に、全員が立っている。よしこが——エプロンのまま、こちらを見ている。




「あんたらはどうする? ついて帰ってもええんやで(^^)」




 問いだ。命令ではない。


 帰れ、とも言っていない。帰るな、とも言っていない。


 ——どうする? と。




 聖教会では、問われたことがなかった。


 「行け」か「来い」のどちらかだった。




 灰色の目で、遠ざかる隊列を見た。


 灰色の目で、門の中のよしこを見た。




 胸の奥で——名前のない何かが、動いた。


 温かくて、苦しくて、もどかしい。


 でも今は——わかることが一つだけある。




「自分は——残ります」




 自分の声だった。命令ではない。任務報告でもない。


 自分が——自分で——選んだ。


 15年の人生で、初めて。




「……残ります。ここに」




 もう一度言った。繰り返す必要はなかった。でも——もう一度言いたかった。自分の声で。




 よしこの深紅の目が、ゆっくりと細くなった。






◆ミーナ視点




 シオン隊長が——「残ります」と言った。


 命令口調ではなかった。震えていた。でも——まっすぐだった。




 遠ざかる隊列を見た。帰ったら——元の場所だ。「笑顔でいなさい」「泣いてはいけません」「あなたの価値は回復魔法です」。




「わたしも、残ります」




 涙が落ちた。笑顔のまま。


 でも今回の涙は——前とは違う。温かいものに触れて泣いたのではない。自分で選んで、泣いている。




 左手で涙を拭った。自分で。拭いても拭いても出てくる。




「ミーナちゃん(^^) 泣いとるなぁ」


「……はい。わたしは——泣いています。嬉しくて」




 言えた。嬉しい、と。自分の感情に——名前をつけた。






◆トール視点




 シオン隊長が残ると言った。ミーナが泣いている。


 ガルドを見た。190cmの背中。エプロン。昨日もパンを焼いてくれた。




「……俺も残る」




 理由は——。




「……ガルドのパンがうまい」




 それだけで——十分だった。




「ト、トールくん……! パン……うまいって……えへへ……」




 泣くな。泣くなよ。——泣いていいけど。






◆レオン視点




 三人が——残った。


 聖教会の「完璧な勇者パーティ」が——自分で選んで、ここに残った。




 シオンの灰色の目を見た。


 あの日の俺と同じ目だ。命令書にない場所に立って、何をしていいかわからなくて、でも——足が動かない目。




「シオン」


「……レオン殿」


「……よく言ったな」




 俺も——あの日、よしこの「ごはん食べた?」に素直に答えられなかった。


 でもこいつは——初めての選択で、声が震えてても、言い切った。




「俺より——やるじゃねーか」






◆よしこ視点




 三人残った。シオンくん。ミーナちゃん。トールくん。


 ——ほなまた園児が増えたな(^^)


 泣きそうや。エプロンの裾でこっそり目をこすった。ティアちゃんの尻尾がぱたぱた揺れてる。ばれてるやんか。




「ヴェルちゃん。ごはんの支度や(^^) 全員分」


「……全員、とは。何名でしょうか」


「十一人(^^)」


「…………かしこまりました」




 ヴェルちゃんが300年分くらい長いため息をついた。




「ガルくーん!(^^) 十一人分や!」


「じゅ、十一人……!? 鍋が足りません……!」




 トールくんがガルくんの横に立った。




「……手伝う」


「え、トールくん手伝ってくれるの? えへへ、じゃあパンこねて!」




 185cmと190cmが並んでパンをこねてる。厨房が狭い。でも——ええ景色や。








 食堂。テーブルを二つ繋げた。それでも狭い。


 窓の外は晩秋の空。木の葉がほとんど落ちて、朝の光が素通りしてくる。


 十一人。過去最大や。




 トールくんがパンの山を運んできた。焼きたて。




「ガルド。このパン、形が悪い」


「初めてだからしょうがないよ……えへへ、でも味は大丈夫!」




 トールくんが自分の焼いたパンをかじった。




「……うまい」


「えへへ……!」




 シオンくんが——スプーンを手に取った。命令されずに。自分から。


 ミーナちゃんが笑っている。笑顔のまま——でも今日は、目も笑ってる。




 ピプちゃんがガルくんの肩からテーブルに飛び降りた。




「よしこー! いただきますはー?」


「そうやな(^^)」




 両手を合わせた。




「いただきます(^^)」




 十一人の声が重なった。ばらばらで、タイミングもずれてて、レオンくんなんか小声で照れてて、シオンくんは一拍遅れて。


 でも——全員の声が、聞こえた。




 食べた。喋った。笑った。


 ガルくんがおかわりを聞いて回って、トールくんが黙って器を集めて、ピプちゃんがスープをこぼして、レオンくんが「こぼすなガキ!」って怒って。


 リーゼちゃんが——静かにパンを三枚食べた。三枚。この子が三枚。えらいなぁ。




 ヴェルちゃんがお茶を飲みながら、食堂を見渡してる。




「……魔王様」


「ん?(^^)」


「……賑やかですな」


「せやろ(^^)」




 保育園もこうやった。給食の時間はいっつもこうやった。


 ——ここは、魔王城や。保育園やない。


 でも——同じや。テーブルの上に温かいもんがあって、全員の顔が見えて、笑い声が聞こえる。




 食事が一段落した。窓の外を見た。


 聖教会の旗は——もう見えへん。終わってへん。聖教会もあのシステムも。


 でも——。




「みんな(^^)」




 全員が振り返った。




「聖教会のことも、勇者のことも、まだ全然解決してへん(^^)」


「いつかちゃんと終わらせよな」




 全員の顔を見た。一人ずつ。




「でも今日は——」




 笑った。




「——ごはん食べよ(^^)」




 ガルくんが鍋を持って走ってきた。




「お、おかわりありますよ! えへへ!」




 レオンくんがシオンくんの隣に座り直した。




「おい。『殿』はやめろ。こそばゆい」


「……何と呼べば」


「……好きに呼べ」




 シオンくんが——少しだけ、口元を動かした。


 笑顔とは呼べないかもしれない。微かすぎて、見逃すくらい。


 でも——わてには見えた。




「魔王様。——これで園児は何名になりましたか」


「数えてないけど——全員やで(^^)」


「…………かしこまりました」




 ヴェルちゃんも園児やで(^^)


 ——それは言わんとこ。金色の目がちょっと怒ってるし。でも口元が緩んでる。




 十一人の食堂。うるさくて、狭くて、散らかってて。


 でも——温かい。




 まだ何も終わってへん。


 でも今日は——ごはんが美味しい。


 全員の顔が見える。


 それでええ。




 今日は——ごはんの日や。





最後まで読んでいただきありがとうございました。


第46話「弟子入り志願」。Arc5「魔王城の新入園児」の二話目です。


シオンが自分の意志で「剣を教えてください」と言ったシーン。この子にとって、これは「残ります」に続く二度目の自発的な選択です。15年間、命令以外の理由で動いたことがなかった少年が、剣の音に引かれて足を動かした。教会の「正しい剣」ではなく、ヴェルザの「意志のある剣」に惹かれたこと。それ自体が、シオンの中に「自分の意志」が芽生え始めている証拠です。


ヴェルザの「よろしい」が短いのは、言葉がいらないからです。300年の軍人は、覚悟を見れば十分。


ミーナとメルの師弟関係も動き出しました。「嘘がつけないことは強み」——メルにとって、嘘をつけない人間は珍しいのでしょう。策士が嘘のつけない少女に教えるのは「情報収集」で、その最初の一歩が「紅茶の淹れ方」。メルらしい。


そしてトールは、誰にも言われずに厨房に立っています。三人とも、自分で居場所を選び始めた。「命令の剣」から「意志の剣」へ。「作り笑い」から「本物の知略」へ。「壊す盾」から「焼くパン」へ。師弟の組み合わせが、これから物語を動かしていきます。


ブックマーク・評価をいただけると、稽古後のおやつがもう一つ増えます。感想もお待ちしています。

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