第41話: ごはんの時間です
◆よしこ視点
朝ごはんの準備をしていたら、ヴェルちゃんが飛んできた。
「魔王様。城の東門に——聖教会の兵が見えます」
ヴェルちゃんが剣に手をかけている。金色の目が鋭い。300年の戦士の顔や。
「何人?」
「およそ三十名。正規の武装です」
食堂を振り返った。
シオンくんが立ち上がっていた。灰色の目が——いつもより冷たい。
「任務再開です。トール、ミーナ、装備を」
トールくんがパンを置いて盾を掴んだ。ミーナちゃんが笑顔のまま杖を取った。
レオンくんが舌打ちした。リーゼちゃんが本を閉じた。
ガルくんがエプロンを握りしめている。顔が強張ってる。
——あかん。始まってまう。
東門の前。
白い鎧の兵士たち。隊列を組んで、聖教会の旗を掲げてる。若い子が多い。二十歳そこそこの子もおる。
ヴェルちゃんが剣を抜いた。シオンくんが聖剣に手をかけた。トールくんが盾を構えた。レオンくんが聖剣を引き抜いた。
「——来い。返り討ちにしてやる」
聖教会の隊長らしい男が一歩前に出た。
「魔王ヴォルグラーナ! 聖教会の名において——」
聞いてない。
わては——兵士たちの顔を見てた。
若い。ほんまに若い。白い鎧の下に、痩せた体。目の下にくまがある子。唇がかさかさの子。
行軍してきたんやな。何日もかけて。ちゃんとごはん食べとるんやろか。
——食べてへん。
わかる。保育園で40年おったら、わかる。ごはんを食べてへん子の顔は、目の光が違うねん。
シオンくんが聖剣を抜いた。聖教会の兵士が槍を構えた。空気が張り詰めた。
——あかん。あかんて。
この子らに——戦わせたらあかん。
あの兵隊の子ら、朝ごはん食べてへんやろ。
体が動いた。考えるより先に。
「ちょっと待ちぃ!」
全員が振り返った。ヴェルちゃんも。シオンくんも。聖教会の兵士も。
足が勝手に前に出る。両軍の真ん中に立った。
「ごはんの時間やろ!(^^)」
——ぶわっ、と。
魔力が溢れた。
怒りやない。心配や。あの子らごはん食べてへん。みんな腹ぺこで戦おうとしてる。
全員の足が——止まった。シオンくんの聖剣が光を失う。ヴェルちゃんの剣が下がる。聖教会の兵士たちが膝をつく。
「ま、魔王の……!」
「な、なんだこの圧力……!」
——あっ。やってもうた。また暴発や。
ヴェルちゃんが「……またですか」という顔をしてる。
でもええ。止まった。
「はい! 剣おろして! 槍おろして!(^^)」
両手をぱんぱん叩いた。保育園の集合の合図や。
「全員座りぃ! 敵も味方もない! ごはんの時間です!(^^)」
◆シオン視点
動けなかった。
魔力の圧。聖剣が反応しない。体が動かない。
だが——脅威を感じなかった。攻撃の意図がない。殺意がない。動きを止めるだけの壁。
「ガルくん! シチュー! 全員分!(^^)」
「え、えぇっ!? 何人分……!」
「全員分!(^^)」
ガルドがエプロンを結び直して城の中に走っていった。
レオンが頭を抱えている。
「おい……あのおばちゃん、マジで敵にも飯出すぞ……」
「……知ってた」
リーゼが言った。
隣で、トールが——座った。芝生の上に。盾を置いて。
「……トール。何をしている」
「ガルドのシチューが出る」
「自分たちは教会の——」
「……腹が減ってる」
トールの声に——意志があった。命令ではない声。
振り返った。ミーナが——座っていた。杖を横に置いて。笑顔のまま。
「シオン隊長。わたしは——お腹が空いています」
報告口調だった。だが——笑っていない目の奥に、何か微かに光っている。
聖教会の兵士たちが困惑している。
「魔王が……飯を出すと……?」
「罠か?」
魔王がその兵士たちの前にしゃがんだ。また——しゃがんだ。
「おにいちゃんら、朝ごはん食べてへんやろ(^^) 顔見たらわかるわ」
兵士の一人が口を開けたまま固まった。
「ま、魔王が……おにいちゃんと……?」
自分も——座った。
なぜ座ったのか。命令されていない。判断の根拠もない。
トールが座った。ミーナが座った。だから——座った。
これは任務ではない。命令でもない。
——では、何だ。
◆ミーナ視点
シチューが来た。
ガルド殿が巨大な鍋を運んできた。ティアさんが器を山のように抱えている。
魔王が——配っている。敵味方関係なく。一人ずつ。
「はい、どうぞ(^^)」
「熱いから気ぃつけてな(^^)」
聖教会の兵士が——器を受け取った。困惑した顔で。でも——受け取った。
朝の光の中で、三十人分の湯気がゆらゆら揺れている。
兵士の一人が一口飲んだ。
「…………うまい」
小さな声。隣の兵士も飲んだ。その隣も。
鎧を着たまま。武器を横に置いて。芝生の上に座って。
温かい。あの日と同じだ。初めてシチューを飲んだ日と。
——でも、違う。
あの日はわからなかった。涙が出た理由が。笑顔を崩せなかった理由が。
今日は——少しだけ、わかる。
スプーンを口に運んだ。
温かい。じゃがいもがほくほくしている。にんじんが甘い。
——目から、何か落ちた。
また、だ。笑顔のまま涙が出ている。
でも——今回は。
右手でスプーンを持ったまま、左手で涙を拭った。
自分で。
教わっていない動作。誰にも命令されていない。わたしが——自分で涙を拭った。
笑顔は崩れない。崩し方はまだわからない。でも——涙があることは、認められる。
「ミーナちゃん(^^)」
魔王が横にしゃがんだ。
「泣いてもええんよ(^^)」
「……はい。わたしは——泣いています」
言えた。初めて——自分の状態を、自分の言葉で言えた。
「そうやなぁ(^^) 泣いとるなぁ。えらいなぁ」
何がえらいのかわからない。でも——悪くない。
隣で、トール殿が3杯目のシチューを飲んでいる。
「3杯目!? ぼ、僕の記録が……!」
「……うまい」
「うぅ……嬉しいけど悔しい……えへへ……」
ガルド殿が190cmの体を縮こまらせている。
レオン殿が言った。
「お前、ガルドの記録超えやがったな」
「……まだ3杯だ。ガルドは4杯」
「トールくん! 僕まだ記録保持者です! えへへ!」
リーゼ殿が小さく言った。
「……騒がしい」
でも——パンをもう一枚、手に取った。
聖教会の兵士たちが呆然としている。魔王がおかわりをよそっている。
「おにいちゃん、おかわりは?(^^)」
「い、いいんですか……?」
「当たり前やん(^^) ここに座ったら全員うちの子や」
20歳の兵士が——器を差し出した。手が震えている。
「……ありがとう、ございます」
「よう食べた、えらいえらい(^^)」
兵士の目が——赤くなった。
わたしは涙を拭った。もう一度。左手で。自分で。
◆よしこ視点
全員食べた。
三十人の兵隊さん。シオンくんたち。レオンくんたち。ヴェルちゃん。ティアちゃん。ガルくん。鍋3つ。パン、数え切れへん。
ガルくんがへとへとになっとるけど「えへへ」って笑って「パン足りましたか?」って聞いて回ってる。ほんまええ子やなぁ。
隊長さんが腕を組んでる。でもシチューの器は空や。おかわりもした。
「……撤退する」
「は?」
「本日は撤退だ。——報告書に書く言葉が見つからん」
兵士たちが立ち上がった。一人の若い兵士が振り返った。
「あの……魔王殿……シチュー……美味しかったです」
小さい声。顔が真っ赤。
「またおいで(^^) 今度はパンも焼いとくわ」
兵士が泣きそうな顔をして走っていった。
ヴェルちゃんがため息をついた。300年分くらい長いやつ。
「聖教会の増援部隊に食事を振る舞うのは——前代未聞です」
「ごはん食べてへん子がおったら食べさせる。当たり前やん(^^)」
「…………かしこまりました」
目を閉じて諦めた顔。でも口元が緩んでる。
レオンくんが頭を抱えてる。
「マジで敵にも飯出しやがった……」
「……今さら驚かない」
「リーゼ、お前すげぇな」
「……慣れた」
シオンくんが立ち上がった。白い鎧に芝生がついている。灰色の目がわてを見てる。
「……魔王殿」
「シオンくん(^^)」
「自分たちは聖教会から魔王討伐の命を受けています。今回の件は——」
言葉が止まった。
灰色の目が揺れている。何かを探してる。命令書にない言葉を。
「……もう一杯」
え。
「シチューを——もう一杯、いただけますか」
——。
命令やない。任務やない。
「ください」やない。「いただけますか」。自分で選んだ言葉。
わかる。保育園で40年おったら、わかる。あの子が初めて——自分から「ほしい」と言った。
泣く。泣いてまう。あかん。魔王が泣いたらかっこつかへん。
「もちろんや(^^) ガルくーん! シオンくんがおかわり言うてるでー!」
奥から「えぇっ!? シオン殿が!?」って声が聞こえた。ガタガタと鍋の音がする。
ティアちゃんが器を持って走ってきた。尻尾がぶんぶん振れてる。パタパタやない。ぶんぶんや。
シオンくんがスプーンを手に取った。一口。
灰色の目が——ほんの一瞬、細くなった。
表情とは呼べないかもしれない。微かすぎて、見逃すくらい。
でも——わてには見えた。
おいしい顔。この子の、初めてのおいしい顔。
あかん。ほんまに泣く。
「よしこさん……泣いてますか……?」
「パンの匂いが目にしみたんや(^^)」
「鍋の前じゃないですよ……?」
ティアちゃんするどい。
中庭の芝生に器がいっぱい転がってる。白い鎧の跡が残ってる。パンくずが点々と落ちてる。
戦場になるはずだった場所が——ごはんの跡でいっぱいや。
ミーナちゃんが器を持ってきた。
「よしこさん」
「ん?(^^)」
「ごちそうさまでした」
笑顔のまま。目は笑ってない。でも——涙を拭った跡が、頬に残ってる。自分で拭った跡。
「お粗末さまでした(^^)」
わてはそう言って——背を向けてから、こっそり目をこすった。エプロンの裾で。
戦場を食卓にする魔王。世界の歴史に残るかどうかは知らん。
でもな。
ごはんの時間は、ごはんの時間や。
それだけは——誰にも譲れへん。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
第41話「ごはんの時間です」。この話が書きたくて、この作品を始めたと言っても過言ではありません。
戦闘を食事で止める。これがこの物語の全てです。
よしこにとって、世界のルールはシンプルです。ごはんの時間は、ごはんの時間。剣も魔法も聖教会も関係ない。目の前にごはんを食べてへん子がおったら、食べさせる。それだけ。
今回の魔力暴発は「怒り」ではなく「心配」です。あの兵隊さんたち、ごはん食べてへんやろ——その気持ちが魔力に変わった。よしこの魔力暴発はいつも、誰かを心配した時に起きます。
三つの成長を書きました。
トールの3杯おかわり。ガルドの記録には届かなかったけど、トールなりの「ここにいていい」の証明です。食べることは、受け入れること。
ミーナが自分で涙を拭ったこと。EP036では、泣き方がわからなかった。笑顔のまま泣いて、涙をどうしていいかわからなかった。今回は——自分で拭えた。笑顔はまだ崩れない。でも「わたしは泣いています」と自分で言えた。
シオンが「もう一杯」と言ったこと。命令ではなく。任務ではなく。初めて、自分の意志で「ほしい」と言った。たかがシチューのおかわりです。でもこの少年にとっては——15年で初めての「自発」です。
次話、第42話「本当の敵」。リーゼが聖教会の資料を分析します。「帰還率ゼロ。予算はゼロ。これは討伐ではない。処分だ」。静かで冷たい真実が、魔王城の食卓に影を落とします。
ブックマーク・評価をいただけると、ガルドがあと40人分のシチューを仕込んでくれます(^^) 感想もお待ちしています!




