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魔王(よしこ62歳)と勇者パーティ  作者: 歩人
Arc4: 聖教会の子どもたち

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第41話: ごはんの時間です

◆よしこ視点




 朝ごはんの準備をしていたら、ヴェルちゃんが飛んできた。




「魔王様。城の東門に——聖教会の兵が見えます」




 ヴェルちゃんが剣に手をかけている。金色の目が鋭い。300年の戦士の顔や。




「何人?」


「およそ三十名。正規の武装です」




 食堂を振り返った。


 シオンくんが立ち上がっていた。灰色の目が——いつもより冷たい。




「任務再開です。トール、ミーナ、装備を」




 トールくんがパンを置いて盾を掴んだ。ミーナちゃんが笑顔のまま杖を取った。


 レオンくんが舌打ちした。リーゼちゃんが本を閉じた。


 ガルくんがエプロンを握りしめている。顔が強張ってる。




 ——あかん。始まってまう。




 東門の前。


 白い鎧の兵士たち。隊列を組んで、聖教会の旗を掲げてる。若い子が多い。二十歳そこそこの子もおる。




 ヴェルちゃんが剣を抜いた。シオンくんが聖剣に手をかけた。トールくんが盾を構えた。レオンくんが聖剣を引き抜いた。




「——来い。返り討ちにしてやる」




 聖教会の隊長らしい男が一歩前に出た。




「魔王ヴォルグラーナ! 聖教会の名において——」




 聞いてない。


 わては——兵士たちの顔を見てた。




 若い。ほんまに若い。白い鎧の下に、痩せた体。目の下にくまがある子。唇がかさかさの子。


 行軍してきたんやな。何日もかけて。ちゃんとごはん食べとるんやろか。




 ——食べてへん。




 わかる。保育園で40年おったら、わかる。ごはんを食べてへん子の顔は、目の光が違うねん。




 シオンくんが聖剣を抜いた。聖教会の兵士が槍を構えた。空気が張り詰めた。




 ——あかん。あかんて。


 この子らに——戦わせたらあかん。


 あの兵隊の子ら、朝ごはん食べてへんやろ。




 体が動いた。考えるより先に。




「ちょっと待ちぃ!」




 全員が振り返った。ヴェルちゃんも。シオンくんも。聖教会の兵士も。


 足が勝手に前に出る。両軍の真ん中に立った。




「ごはんの時間やろ!(^^)」




 ——ぶわっ、と。


 魔力が溢れた。


 怒りやない。心配や。あの子らごはん食べてへん。みんな腹ぺこで戦おうとしてる。




 全員の足が——止まった。シオンくんの聖剣が光を失う。ヴェルちゃんの剣が下がる。聖教会の兵士たちが膝をつく。




「ま、魔王の……!」


「な、なんだこの圧力……!」




 ——あっ。やってもうた。また暴発や。


 ヴェルちゃんが「……またですか」という顔をしてる。


 でもええ。止まった。




「はい! 剣おろして! 槍おろして!(^^)」




 両手をぱんぱん叩いた。保育園の集合の合図や。




「全員座りぃ! 敵も味方もない! ごはんの時間です!(^^)」






◆シオン視点




 動けなかった。


 魔力の圧。聖剣が反応しない。体が動かない。


 だが——脅威を感じなかった。攻撃の意図がない。殺意がない。動きを止めるだけの壁。




「ガルくん! シチュー! 全員分!(^^)」


「え、えぇっ!? 何人分……!」


「全員分!(^^)」




 ガルドがエプロンを結び直して城の中に走っていった。




 レオンが頭を抱えている。




「おい……あのおばちゃん、マジで敵にも飯出すぞ……」


「……知ってた」




 リーゼが言った。




 隣で、トールが——座った。芝生の上に。盾を置いて。




「……トール。何をしている」


「ガルドのシチューが出る」


「自分たちは教会の——」


「……腹が減ってる」




 トールの声に——意志があった。命令ではない声。




 振り返った。ミーナが——座っていた。杖を横に置いて。笑顔のまま。




「シオン隊長。わたしは——お腹が空いています」




 報告口調だった。だが——笑っていない目の奥に、何か微かに光っている。




 聖教会の兵士たちが困惑している。




「魔王が……飯を出すと……?」


「罠か?」




 魔王がその兵士たちの前にしゃがんだ。また——しゃがんだ。




「おにいちゃんら、朝ごはん食べてへんやろ(^^) 顔見たらわかるわ」




 兵士の一人が口を開けたまま固まった。




「ま、魔王が……おにいちゃんと……?」




 自分も——座った。


 なぜ座ったのか。命令されていない。判断の根拠もない。


 トールが座った。ミーナが座った。だから——座った。


 これは任務ではない。命令でもない。


 ——では、何だ。






◆ミーナ視点




 シチューが来た。


 ガルド殿が巨大な鍋を運んできた。ティアさんが器を山のように抱えている。


 魔王が——配っている。敵味方関係なく。一人ずつ。




「はい、どうぞ(^^)」


「熱いから気ぃつけてな(^^)」




 聖教会の兵士が——器を受け取った。困惑した顔で。でも——受け取った。


 朝の光の中で、三十人分の湯気がゆらゆら揺れている。




 兵士の一人が一口飲んだ。




「…………うまい」




 小さな声。隣の兵士も飲んだ。その隣も。


 鎧を着たまま。武器を横に置いて。芝生の上に座って。




 温かい。あの日と同じだ。初めてシチューを飲んだ日と。


 ——でも、違う。


 あの日はわからなかった。涙が出た理由が。笑顔を崩せなかった理由が。


 今日は——少しだけ、わかる。




 スプーンを口に運んだ。


 温かい。じゃがいもがほくほくしている。にんじんが甘い。




 ——目から、何か落ちた。




 また、だ。笑顔のまま涙が出ている。


 でも——今回は。




 右手でスプーンを持ったまま、左手で涙を拭った。


 自分で。


 教わっていない動作。誰にも命令されていない。わたしが——自分で涙を拭った。


 笑顔は崩れない。崩し方はまだわからない。でも——涙があることは、認められる。




「ミーナちゃん(^^)」




 魔王が横にしゃがんだ。




「泣いてもええんよ(^^)」


「……はい。わたしは——泣いています」




 言えた。初めて——自分の状態を、自分の言葉で言えた。




「そうやなぁ(^^) 泣いとるなぁ。えらいなぁ」




 何がえらいのかわからない。でも——悪くない。




 隣で、トール殿が3杯目のシチューを飲んでいる。




「3杯目!? ぼ、僕の記録が……!」


「……うまい」


「うぅ……嬉しいけど悔しい……えへへ……」




 ガルド殿が190cmの体を縮こまらせている。




 レオン殿が言った。




「お前、ガルドの記録超えやがったな」


「……まだ3杯だ。ガルドは4杯」


「トールくん! 僕まだ記録保持者です! えへへ!」




 リーゼ殿が小さく言った。




「……騒がしい」




 でも——パンをもう一枚、手に取った。




 聖教会の兵士たちが呆然としている。魔王がおかわりをよそっている。




「おにいちゃん、おかわりは?(^^)」


「い、いいんですか……?」


「当たり前やん(^^) ここに座ったら全員うちの子や」




 20歳の兵士が——器を差し出した。手が震えている。




「……ありがとう、ございます」


「よう食べた、えらいえらい(^^)」




 兵士の目が——赤くなった。




 わたしは涙を拭った。もう一度。左手で。自分で。






◆よしこ視点




 全員食べた。


 三十人の兵隊さん。シオンくんたち。レオンくんたち。ヴェルちゃん。ティアちゃん。ガルくん。鍋3つ。パン、数え切れへん。




 ガルくんがへとへとになっとるけど「えへへ」って笑って「パン足りましたか?」って聞いて回ってる。ほんまええ子やなぁ。




 隊長さんが腕を組んでる。でもシチューの器は空や。おかわりもした。




「……撤退する」


「は?」


「本日は撤退だ。——報告書に書く言葉が見つからん」




 兵士たちが立ち上がった。一人の若い兵士が振り返った。




「あの……魔王殿……シチュー……美味しかったです」




 小さい声。顔が真っ赤。




「またおいで(^^) 今度はパンも焼いとくわ」




 兵士が泣きそうな顔をして走っていった。




 ヴェルちゃんがため息をついた。300年分くらい長いやつ。




「聖教会の増援部隊に食事を振る舞うのは——前代未聞です」


「ごはん食べてへん子がおったら食べさせる。当たり前やん(^^)」


「…………かしこまりました」




 目を閉じて諦めた顔。でも口元が緩んでる。




 レオンくんが頭を抱えてる。




「マジで敵にも飯出しやがった……」


「……今さら驚かない」


「リーゼ、お前すげぇな」


「……慣れた」




 シオンくんが立ち上がった。白い鎧に芝生がついている。灰色の目がわてを見てる。




「……魔王殿」


「シオンくん(^^)」


「自分たちは聖教会から魔王討伐の命を受けています。今回の件は——」




 言葉が止まった。


 灰色の目が揺れている。何かを探してる。命令書にない言葉を。




「……もう一杯」




 え。




「シチューを——もう一杯、いただけますか」




 ——。


 命令やない。任務やない。


 「ください」やない。「いただけますか」。自分で選んだ言葉。


 わかる。保育園で40年おったら、わかる。あの子が初めて——自分から「ほしい」と言った。




 泣く。泣いてまう。あかん。魔王が泣いたらかっこつかへん。




「もちろんや(^^) ガルくーん! シオンくんがおかわり言うてるでー!」




 奥から「えぇっ!? シオン殿が!?」って声が聞こえた。ガタガタと鍋の音がする。




 ティアちゃんが器を持って走ってきた。尻尾がぶんぶん振れてる。パタパタやない。ぶんぶんや。




 シオンくんがスプーンを手に取った。一口。




 灰色の目が——ほんの一瞬、細くなった。


 表情とは呼べないかもしれない。微かすぎて、見逃すくらい。


 でも——わてには見えた。


 おいしい顔。この子の、初めてのおいしい顔。




 あかん。ほんまに泣く。




「よしこさん……泣いてますか……?」


「パンの匂いが目にしみたんや(^^)」


「鍋の前じゃないですよ……?」




 ティアちゃんするどい。




 中庭の芝生に器がいっぱい転がってる。白い鎧の跡が残ってる。パンくずが点々と落ちてる。


 戦場になるはずだった場所が——ごはんの跡でいっぱいや。




 ミーナちゃんが器を持ってきた。




「よしこさん」


「ん?(^^)」


「ごちそうさまでした」




 笑顔のまま。目は笑ってない。でも——涙を拭った跡が、頬に残ってる。自分で拭った跡。




「お粗末さまでした(^^)」




 わてはそう言って——背を向けてから、こっそり目をこすった。エプロンの裾で。




 戦場を食卓にする魔王。世界の歴史に残るかどうかは知らん。




 でもな。




 ごはんの時間は、ごはんの時間や。


 それだけは——誰にも譲れへん。





最後まで読んでいただきありがとうございました。


第41話「ごはんの時間です」。この話が書きたくて、この作品を始めたと言っても過言ではありません。


戦闘を食事で止める。これがこの物語の全てです。


よしこにとって、世界のルールはシンプルです。ごはんの時間は、ごはんの時間。剣も魔法も聖教会も関係ない。目の前にごはんを食べてへん子がおったら、食べさせる。それだけ。


今回の魔力暴発は「怒り」ではなく「心配」です。あの兵隊さんたち、ごはん食べてへんやろ——その気持ちが魔力に変わった。よしこの魔力暴発はいつも、誰かを心配した時に起きます。


三つの成長を書きました。


トールの3杯おかわり。ガルドの記録には届かなかったけど、トールなりの「ここにいていい」の証明です。食べることは、受け入れること。


ミーナが自分で涙を拭ったこと。EP036では、泣き方がわからなかった。笑顔のまま泣いて、涙をどうしていいかわからなかった。今回は——自分で拭えた。笑顔はまだ崩れない。でも「わたしは泣いています」と自分で言えた。


シオンが「もう一杯」と言ったこと。命令ではなく。任務ではなく。初めて、自分の意志で「ほしい」と言った。たかがシチューのおかわりです。でもこの少年にとっては——15年で初めての「自発」です。


次話、第42話「本当の敵」。リーゼが聖教会の資料を分析します。「帰還率ゼロ。予算はゼロ。これは討伐ではない。処分だ」。静かで冷たい真実が、魔王城の食卓に影を落とします。


ブックマーク・評価をいただけると、ガルドがあと40人分のシチューを仕込んでくれます(^^) 感想もお待ちしています!

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