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魔王(よしこ62歳)と勇者パーティ  作者: 歩人
Arc4: 聖教会の子どもたち

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42/61

第42話: 本当の敵

◆リーゼ視点




 夜。食堂。




 テーブルの上に紙束を広げた。


 聖教会の増援部隊が持っていた文書。今日の小競り合いの後、よしこが「ごはんの時間やろ!」と叫んで全員が止まった隙に、逃げ帰った兵たちが置いていった荷物から回収したものだ。




 分析魔法を発動した。指先に淡い光が灯る。




 紙面の文字が浮かび上がる。暗号化された部分も、インクの重なりから書き直された箇所も、全て読める。これが私の魔法だ。剣も振れない、盾も持てない、走ることもできない。


 でも——読むことだけは、誰にも負けない。




 スープの湯気が視界の端で揺れている。よしこが温め直してくれたやつだ。


 飲みたいけど、今は——先にこれを終わらせる。




「……リーゼ。何読んでんだ」




 レオンが向かいの椅子に座った。スープの器を両手で持っている。




「増援部隊の書類。……聖教会の内部文書」


「読めんのかよ、あんなの」


「……読める」




 レオンは字が読めない。私は読める。だからパーティでは私が地図も看板も全部読んできた。


 でも今、読んでいるのは地図じゃない。




 もっと——冷たいものだ。






◆リーゼ視点




 最初の文書。勇者派遣記録。




「……読み上げる」




 ガルドが厨房からパンを持ってきた。温かい。焼きたてだ。この時間に焼いてくれたのか。テーブルに全員分並べている。ミーナが小さく「ありがとうございます」と言った。トールはもう食べている。




 シオンが席についた。背筋を伸ばして。スプーンには触れていない。




「歴代勇者派遣記録。文書番号、聖歴427年付」




 声に感情を入れない。入れたら読めなくなる。




「第1期勇者——聖歴381年派遣。帰還——なし」


「第2期勇者——聖歴385年派遣。帰還——なし」


「第3期勇者——聖歴389年派遣。帰還——なし」




 読み上げた。淡々と。数字だけ。




「……第12期まで同じ。全員——帰還なし」




 レオンのスプーンが止まった。




「飛ばす。記録は47期まである」




 47期。47人の勇者。




「帰還者——」




 一拍、置いた。置かなければよかった。でも——喉が詰まった。




「——ゼロ」




 食堂が静かになった。




 スープの湯気だけが動いている。




「……47人?」




 レオンの声が低い。




「47人。聖歴381年から現在まで、46年間で47名が派遣されている。最年少は13歳。最年長は17歳。全員が孤児院出身。全員が——帰っていない」




 次の文書を広げた。




「勇者育成費。年間予算——」




 数字を読んだ。




「——ゼロ」




「……ゼロ?」




 ガルドの声だ。パンを持つ手が止まっている。




「正確には『聖騎士育成費に包含』と記載されている。……個別の勇者に対する予算配分はない。装備は『最低限の支給品』。食料補給の項目は——存在しない」




 レオンが黙っている。


 知っていたのだろう。装備がボロボロだったこと。補給がなかったこと。帰り道を教えてもらえなかったこと。




 次。




「勇者帰還時の受け入れ計画書——」




 ページをめくった。白紙だった。




「……白紙」


「白紙って——」


「計画が存在しない。帰ってくることを想定していない」




 スプーンを握る手が白くなっていることに気づいた。


 ——気づいたけれど、手を緩められない。




「結論」




 声を出した。私の声だ。震えていない。震えてはいない。




「これは討伐任務ではない」




 テーブルの上の紙束を見下ろした。インクと羊皮紙。数字と記録。47人分の名前と、47個の「帰還——なし」。




「——処分」




 言った。




 食堂の空気が凍った。




 よしこがスープの鍋を持ったまま立っている。いつもの笑顔が——ない。深紅の目が、静かに私を見ている。




「……リーゼちゃん」




「……まだ続きがある」


「もうええよ」




 よしこが鍋をテーブルに置いた。私の器にスープを注いだ。




「先にスープ飲み(^^) 手ぇ、白なっとるで」




 ……見られていた。




 スプーンを持ち直した。一口飲んだ。


 温かい。玉ねぎが甘い。




 ——47人は、こんなスープを飲んだことがあっただろうか。




 飲んだことがなかっただろう。だから帰ってこなかった——のではなく。


 帰る場所が、最初からなかった。






◆レオン視点




 知ってた。




 全部——知ってた。




 装備がボロボロだったこと。鎧は継ぎ接ぎだらけで、剣は刃こぼれしてて、マントは破れてた。


 補給がなかったこと。食料も水も地図も、何もくれなかった。「勇者なんだから自分で何とかしろ」って言われた。


 帰り道を教えてもらえなかったこと。行きの道順だけ渡されて、帰りのことは——一言もなかった。




 知ってた。14歳の時から、薄々。


 でも——名前をつけなかった。




 「使い捨て」って言葉は知ってた。でも自分に当てはめなかった。


 「処分」って言葉も知ってた。でも自分のことだとは——思わないようにしてた。




 リーゼの声が、その蓋をこじ開けた。




「……知ってた」




 声が出た。




 全員が俺を見た。ガルドの目が潤んでる。トールは固まってる。ミーナは——笑顔のまま、目だけが揺れてる。


 シオンの灰色の目が、初めて——何かを映してる。




「知ってて、目を逸らしてた」




 スープの器を見下ろした。湯気が顔にかかる。目が熱いのはそのせいだと思いたい。




「だって——認めたら、俺たちは最初から、誰にも必要とされてなかったってことだろ」




 孤児院を飛び出して。


 ストリートで生きて。


 聖剣に選ばれた時——初めて「必要とされた」と思った。


 勇者だ。世界を救う勇者だ。俺は——必要とされてる。




 違った。




 必要とされてたんじゃない。ちょうどよかっただけだ。死んでも困らない。帰ってこなくても困らない。予算はゼロ。受け入れ計画は白紙。




 最初から——捨てる前提で送り出されてた。




「……レオン」




 リーゼの声だ。静かだ。いつも通りだ。でも——スプーンを握る手が、まだ白い。




「おまえも、知ってたのか」




「……私たちは。最低限の装備だった。食料はなかった。帰り道は教えてもらえなかった」




 リーゼが目を伏せた。




「……知っていた。でも、認めたら——歩けなくなると思った」




 そうだ。


 認めたら終わりだと思った。「勇者」って肩書きが嘘だと認めたら——俺たちには何も残らない。




 ガルドが立ち上がった。大きな体が、震えている。




「ぼ、僕……パン、追加で焼いてきます……」




 泣きそうな声だ。でもガルドは泣く代わりに——厨房に走った。


 あいつはいつもそうだ。泣きたい時に、パンを焼く。




 よしこが黙って俺の器にスープを足した。




「……食べな、レオンくん(^^)」




 声がいつもより——少しだけ、低かった。




 食べた。一口だけ。




 ——あの日。


 ボロボロで魔王城にたどり着いた日。


 よしこが「ごはん食べた?」って聞いてくれた。




 あの一言が——どれだけ救いだったか。


 47人の勇者は、聞いてもらえなかったのだ。誰にも。




 スープが喉を通った。温かい。




 ……くそ。目が熱い。






◆シオン視点




 処分。




 リーゼ殿が読み上げた資料の内容を整理する。


 歴代勇者47名。帰還者ゼロ。予算ゼロ。受け入れ計画なし。




 これは——。




「……処分……?」




 声が出た。


 自分の声だと——認識するのに、一拍かかった。




 教会で教わったことを思い出す。


 「お前は選ばれた戦士だ」。聖剣に選ばれ、訓練を受け、最高級の装備を与えられた。食事は——冷たいパンとスープだった。




 装備は最高級。


 食事は最低限。




 レオン殿には装備すら与えられなかった。


 自分には装備が与えられた。——それは「期待」ではなく「成功確率を上げるための投資」だったのか。




 帰還率ゼロ。


 47人が送り出され、47人が帰ってこなかった。自分は48人目だ。




 48人目。




 トールを見た。大きな体が固まっている。パンを握ったまま、噛むことを忘れている。


 ミーナを見た。笑顔のまま——唇が震えている。




 自分たちは——。




「自分たちは……処分対象だった……?」




 声が震えた。


 震えたことに気づいた。




 これは何だ。


 体の奥から、何かが込み上げてくる。名前のつかない反応。教会では——こんなものを教わらなかった。




 怒り、だろうか。


 悲しみ、だろうか。


 わからない。自分の中で名前のついていない感情が、胸を突き上げている。




「……命令に従ってきた」




 独り言だった。自分に向けて言っている。




「訓練を受けた。聖剣を授かった。魔王を倒せと命じられた。——全て、命令に従ってきた」




 レオン殿が俺を見ている。緑の目が——痛そうだ。


 自分と同じ目をしている。知っていた人間の目。




「それは——命令ではなく。処分の、ための——」




 言葉が途切れた。


 喉が動かない。




 トールが——立ち上がった。


 黙って全員の器を集め始めた。空になった器。まだ残っている器。




「……トール?」




「……おかわり。取ってくる」




 トールの声は低かった。震えていた。でも——手は動いていた。


 全員分の器を大きな手で器用に重ねて、厨房に向かった。




 ガルドが厨房から顔を出した。目が赤い。パンの粉が頬についている。




「あ……ト、トールくん……パン、焼けたよ……」


「……ありがとう。ガルド」




 二人の大きな背中が、厨房の入り口で並んだ。185cmと190cm。


 トールが器を渡した。ガルドが受け取った。二人とも何も言わなかった。




 ——自分は。




 動けなかった。椅子に座ったまま、動けなかった。


 命令がないからではない。


 体の中で——名前のない何かが、暴れていた。




「シオンくん(^^)」




 よしこが——しゃがんだ。


 また、しゃがんだ。自分の目線まで身を下げて。深紅の目が、近い。




「スープ、ぬるなってもうたな。温め直すわ(^^)」




 自分の器を手に取った。それだけだった。何も言わなかった。


 「処分」について何か言うのかと思った。教会を責めるのかと思った。




 ——スープを温め直しただけだった。




「はい。あったかいの(^^)」




 新しい湯気が立つ器を、目の前に置かれた。




 スプーンを持った。




 持っただけだ。口に運ばない。




 47人の勇者は、温かいスープを飲んだことがあったのだろうか。


 リーゼ殿と同じことを考えている自分に気づいた。




 ——飲んだことがなかっただろう。




 スプーンを口に運んだ。




 温かい。


 玉ねぎが甘い。にんじんが柔らかい。ガルド殿が作ったスープ。よしこが温め直したスープ。




 飲んだ。




 もう一口。




 もう一口。




 器が空になった。




「……もう一杯」




 声が出た。




 自分の声だった。命令ではない。任務でもない。分析結果でもない。




 名前のない感情のまま——スープを、求めていた。




「もちろん(^^)」




 よしこが笑った。いつもの笑顔だ。




 レオン殿が——小さく、笑った。苦い笑いだった。でも——温かい方の苦さだった。




「……おかわりか。やってんな、お前も」




「…………」




 やっている。


 自分も——やっている。




 命令ではなく。





最後まで読んでいただきありがとうございました。


第42話「本当の敵」。この作品で最も重い回だと思います。


帰還率ゼロ。47人の勇者が全員、帰ってこなかった。これが「制度」として46年間運用されていた。予算ゼロ。受け入れ計画は白紙。——最初から、帰ってくることを想定していなかった。


リーゼが数字を読み上げるシーンは、感情ではなく数字で真実を突きつける形にしました。リーゼの強みは分析魔法です。感情で語らない。データで語る。だからこそ重い。でもスプーンを握る手が白くなっている。感情を出さないこの子が、体で怒っている。


レオンの「知ってた。知ってて、目を逸らしてた」。これが一番書きたかった台詞です。14歳で送り出された時から薄々気づいていた。装備がボロボロだったこと。帰り道を教えてもらえなかったこと。でも名前をつけなかった。名前をつけたら——自分が「必要とされていなかった」ことを認めることになるから。


そしてシオン。「処分」という言葉に、命令以外の理由で初めて動揺しました。自分の中に名前のない感情があることに気づいた。怒りなのか悲しみなのかわからない。でも——スープを求めた。「もう一杯」と言った。感情の名前はわからなくても、温かいものを求める体は正直です。


トールが黙って全員の器を集めたシーン。EP039でガルドに「無理しなくていいんだよ」と言ってもらった少年が、今度は自分から動いた。言葉ではなく、行動で。大きな体が、誰かのために動いている。


次回、第43話「よしこ、叱る」。この作品で、ただ一度だけの「叱り」です。よしこが保育士として、大司教に正面から向き合います。——怒るのではなく、叱る。その違いが、よしこの40年です。


ブックマーク・評価をいただけると、47人の勇者たちの名前が少しだけ温かくなります。感想もお待ちしています。

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