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魔王(よしこ62歳)と勇者パーティ  作者: 歩人
Arc4: 聖教会の子どもたち

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第37話: 裏切り者

◆レオン視点




 朝だ。


 目が覚めた。いつもの部屋。いつもの寝台。


 ——なのに、胸がざわつく。




 昨日、あの3人が来た。白い鎧のガキども。教会が送り込んだ「第二勇者パーティ」。




 裏切り者。


 あいつらはそう言った。聖教会の報告では、俺は「任務を放棄し、魔王側についた裏切り者」だそうだ。




 ……裏切り者、か。




 食堂に向かった。


 廊下にパンの匂いが漂ってる。ガルドが朝から焼いてるんだろう。あいつ、最近パン作りにハマってて、朝5時から生地をこねてる。


 5時だぞ。何が楽しいんだ。




 食堂の扉を開けた。




 ——いつもの景色とは、少しだけ違った。




 いつもの席にリーゼがいる。パンをちぎって、バターを塗っている。いつも通り。


 ガルドが厨房からスープの鍋を運んできた。いつも通り。


 よしこがテーブルを拭いている。いつも通り。




 そして——テーブルの端に、白い鎧の3人が座っていた。




 シオンが背筋を伸ばして直立するように座っている。スプーンを持っていない。皿の前で微動だにしない。


 トールは——もう食べてる。皿が半分空だ。朝からすげぇ食欲。


 ミーナは小さく頭を下げて、静かにスープを飲んでいた。笑顔のまま。目が笑ってない笑顔のまま。




「おはよう、レオンくん(^^) 早いなぁ。席座り」




 よしこが声をかけてきた。


 いつも通りだ。何もかもいつも通りだ。


 白い鎧が3人増えただけで——魔王城の朝は変わらない。




 席に着いた。


 ガルドが目の前にスープを置いてくれた。




「あ、あの……今日はかぼちゃのスープです。レオン、かぼちゃ好きでしたよね」


「……べつに。嫌いじゃねぇだけだ」


「……えへへ」




 スプーンを持った。




 ——持っただけだ。口に運ばない。




 なんでだ。腹は減ってる。いつもなら3分で空にする。


 なのにスプーンが重い。




 向かいの席でシオンが俺を見ている。


 灰色の目。何も映してない。報告書を読むみたいに、俺の顔を見ている。




「……先代勇者殿」




 来た。




「自分は改めて確認したい。——あなたは任務を放棄したのですか」




 食堂が一瞬、静かになった。


 ガルドのスプーンが止まる。リーゼが目を上げる。




「…………」




 放棄。


 任務を、放棄した。


 そう言われると——否定できない。




 俺は勇者だ。勇者として聖剣に選ばれた。魔王を倒すために送り出された。


 それなのに今、魔王城で飯を食って、パン焼いてるガルドの横で暮らしてる。


 リーゼと一緒に図書室で本を読んでる。あのおばちゃんに「廊下は走らない」って怒られてる。




 任務を——放棄、している。




「……そうだよ」




 声が出た。自分でも驚いた。




「そうだ。俺は——魔王を倒してない。倒すつもりもない。あんたらから見たら裏切り者だろ」




 スプーンを置いた。


 かぼちゃのスープの湯気が立っている。食べたいのに、喉が詰まって飲み込めない。




 シオンが一拍、間を置いた。




「理由を聞いてもよろしいですか」


「…………」


「教会の記録では、あなたには聖剣が反応した。勇者としての資質がある。正規訓練は受けていないが、実戦での戦闘力は認められている。——なぜ、任務を遂行しなかったのですか」




 ——なぜ。




 なぜって聞かれると、困る。


 理由なんか——。




「あのおばちゃんのシチューが美味かったからだよ」




 リーゼが横で小さく吹いた。




「……ちげぇ。そうじゃねぇけど——そうでもある」




 シオンの灰色の目が微かに動いた。理解できないものを見る目。




「レオンくん(^^)」




 よしこがスープのおかわりを持ってきた。




「食べな。冷めるよ(^^)」


「……食欲ねぇんだよ」


「あらぁ。体調悪い? 熱ある?(^^)」




 額に手を伸ばそうとする。




「ねぇよ! 触んな!」




 反射的に身を引いた。——17歳の反応としては正しい。


 でもよしこは引かない。




「食欲ないのは心が重いからやな(^^) そういう時でも一口は食べとき。体が動かんくなるよ」




 ……わかってんだよ。そんなこと。




 スプーンを持ち直した。一口だけ飲んだ。


 かぼちゃの甘さが舌に広がる。——くそ。美味い。




 でも二口目は飲めなかった。




 裏切り者。


 先代勇者。


 任務放棄。


 全部——全部事実だ。






◆シオン視点




 先代勇者が食事を残した。




 注目すべき情報だ。昨日の夕食では完食していた。体調の問題ではない。——自分の質問が原因と推測される。




 自分は「なぜ任務を遂行しなかったのか」と聞いた。


 先代勇者は「シチューが美味かったから」と答えた。




 冗談だと判断した。だが直後に「そうでもある」と修正した。




 理解できない。




 食事の味と任務遂行の間に、論理的な因果関係はない。美味しい食事を提供されたとしても、それは任務を放棄する理由にならない。教会の教えでは「いかなる誘惑にも屈するな」と——。




「シオンくん(^^) 食べてへんやん。スープ冷めてまうよ」




 魔王が自分の前にしゃがんだ。また。




 この行動パターンは興味深い。魔王ヴォルグラーナは常に対話する相手の目線まで身を下げる。戦術的な意図が読めない。


 教会では「魔王は高圧的で残虐」と教わった。この個体は——適合しない。




「……自分は食事中に思考を整理していました」


「思考の整理は食べてからでもできるよ(^^) ほれ、パンも食べ」




 パンを差し出された。焼きたてだ。表面が茶色く、湯気が出ている。


 昨日の大柄な少年——ガルドが焼いたものらしい。




 受け取った。


 一口、噛んだ。




 外はかりっとしていて、中はふわふわしている。


 小麦の甘さが広がる。バターの香り。塩味が微かにある。




「…………」




 おいしい——という感覚が、また来た。


 昨日のシチューの時と同じだ。胸の奥に、名前のつかない反応がある。




 教会のパンは硬かった。保存性を重視した製法で、味は考慮されていなかった。栄養を摂取するための手段。


 このパンは——違う。




「ガルくん(^^) シオンくんもパン気に入ったみたいやで」


「え、えぇ!? ほ、本当ですか!? あ、あの、もう一個焼きましょうか……!」




 大柄な少年が——顔を赤くして厨房に走っていった。




 理解できない。


 敵の隊長にパンを気に入られたことを、なぜ喜ぶのか。




 トールがパンを4つ目に手を伸ばしている。


 ミーナがパンをちぎって、スープに浸している。——昨日、銀髪の少女に教わった食べ方だ。




 全員が食べている。


 敵も味方もなく、同じ食堂で、同じパンを食べている。




 これは——何だ。




「先代勇者殿」




 レオンが顔を上げた。目が暗い。自分の言葉が彼を動揺させたことは認識している。


 だが確認しなければならない。




「もう一つ聞いてもよろしいですか」


「…………」


「あなたは——なぜ、命令なしで動けるのですか」




 レオンの目が揺れた。




「自分は教会の命令で動いています。魔王討伐。先代勇者の身柄確保。全て命令です。自分の判断で行動を変更することはありません」




 それが正しい在り方のはずだ。教会に育てられ、任務を与えられ、遂行する。それだけだ。




「でもあなたは違う。誰の命令も受けていない。教会に逆らっている。——なのに迷わない。なぜですか」




 レオンが黙った。




 長い沈黙だった。


 かぼちゃのスープの湯気が、ゆっくりと消えていった。




 リーゼが横を向いた。「……私も聞きたい」という顔をしていた。




「……知るかよ」




 先代勇者が、吐き捨てるように言った。




「気づいたらこうなってた。命令で来た。魔王を倒すつもりだった。でもあのおばちゃんが飯を出して、布団で寝かせて、『おはよう』って言って——」




 声が詰まった。




「——気づいたら、ここが居場所になってた。選んだつもりはねぇ。でも、振り返ったら——俺は自分で選んでた」




 自分で選ぶ。


 自分で。




「……その概念は、自分には理解できません」


「だろうな」




 レオンがスプーンを持った。


 残していたスープを——一口、飲んだ。




「……でもお前、さっきパン美味そうに食ってたろ」


「……食味の分析です」


「誰に命令された?」


「…………」




 命令されていない。


 パンを食べたのは、自分の——。




「……命令では、ありません」


「な。もうやってんだよ。お前も」




 先代勇者が不敵に笑った。パンをちぎって、スープに浸して、口に入れた。




 先ほどまで残していた食事を——食べている。


 動揺が消えたわけではないのだろう。だが、食べている。




「レオンくん、全部食べや(^^) 残したらガルくん泣くで」


「うるせぇ! 食ってるだろ!」


「よう食べた、えらいえらい(^^)」


「ガキ扱いすんな!」




 魔王がレオンの頭に手を伸ばした。レオンが身をよじって逃げた。だが——耳が赤い。




 自分は観察している。


 理解はできていない。




 だが——パンがまだ一口残っていた。




 食べた。




 命令ではなく。






◆レオン視点




 食事が終わった。




 結局、全部食べた。残すつもりだったのに。


 よしこが「えらいえらい」って言ったのが——くそ。あの反応はずるい。




 シオンの質問が頭に残ってる。


 「なぜ命令なしで動けるのですか」。




 ——そんなの、俺だってわからない。




 食堂を出ようとしたら、ガルドが小走りで追いかけてきた。




「レ、レオン。あの……シオン殿に、パンを……」


「なんだよ」


「朝のパン、あの人……全部食べてくれたんです。教会の人なのに。あの……嬉しくて……」




 ガルドの目が潤んでる。こいつはすぐ泣く。




「……お前が焼いたパンは美味いんだから、そりゃ食うだろ」


「え……レ、レオンが褒めてくれた……!」


「褒めてねぇ! 事実を言っただけだ!」




 ガルドが「えへへ」と笑った。


 ——こいつも、最初はまともに笑えなかったのにな。




 廊下の窓から中庭が見えた。花壇のマリーゴールドが朝日に照らされてる。


 あの花壇は、よしこが「殺風景やなぁ」と言って植えたやつだ。




 魔王城に花壇。


 勇者がパンを焼いて、魔王が「えらいえらい」って褒める。




 ——裏切り者、か。




 裏切ったのかもしれない。勇者としての任務を、教会の期待を、世界がくれた「肩書き」を。


 でも——。




 食堂の中から、トールの「5杯目いいですか!」という声が聞こえた。


 ガルドが「ぼ、僕の記録が……!」と叫んでる。


 よしこが「食べ盛りやなぁ(^^)」と笑ってる。


 ミーナが——笑顔のまま、小さく「……おかわり、ください」と言ってる声がした。


 リーゼの「……私も」という声も。




 シオンの声は聞こえない。


 でもたぶん、あいつも——食べてる。




 命令じゃなく。




 俺は振り返らなかった。


 窓のマリーゴールドを見て——小さく、笑った。




「……裏切り者で、いいよ」




 誰にも聞こえない声で、そう言った。





最後まで読んでいただきありがとうございました。


第37話「裏切り者」。レオンが初めて「裏切り者」という言葉と正面から向き合った話でした。


シオンの質問は純粋です。本当にわからないから聞いている。「なぜ命令なしで動けるのですか」。教会で「命令に従え」としか教わらなかった少年にとって、レオンの自由さは異星人のようなものです。


レオンの答え「知るかよ。気づいたらこうなってた」は、不器用だけど正直です。選んだつもりはなかった。でもシチューを飲んで、布団で寝て、「おはよう」と言われて——気づいたら居場所になっていた。意志で選ぶ前に、体が先に選んでいた。


そしてシオンも同じ道を歩き始めています。パンを食べた。命令ではなく。レオンに指摘されて、初めて気づく。「もうやってんだよ。お前も」。


レオンが朝食を残しかけて、結局全部食べるシーン。動揺は消えていない。でも食べた。ガルドのパンだから。よしこの「えらいえらい」があるから。食べることは「ここにいる」ということだから。


次話「ヴェルザの選択」では、300年の四天王筆頭が、魔王の意志と魔族の利益の間で揺れます。メルとのお茶が——いいです。


ブックマーク・評価をいただけると、ガルドがパンを追加で焼いてくれます(^^) 感想もお待ちしています!

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― 新着の感想 ―
マリーゴールドの花言葉を知って更に涙しました(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)
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