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魔王(よしこ62歳)と勇者パーティ  作者: 歩人
Arc4: 聖教会の子どもたち

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第36話: この子も

◆よしこ視点




 食堂の窓から見える木々が、少しずつ色づいてきとる。朝晩は冷え込むようになった。秋が深まってきたな。


 食堂にお客さんが増えた。




 3人。白い鎧の子たち。


 一番前の男の子——シオンくん。黒い髪を短く切りそろえて、灰色の目をしている。表情がない。声にも色がない。報告書みたいにきっちりした喋り方をする。


 後ろの女の子——ミーナちゃん。金髪で、きれいな顔をしてる。笑ってる。ずっと笑ってる。




 ——目が笑ってない。




 わかる。保育園で40年おったら、わかる。


 「笑いなさい」って教えられた笑顔や。自分で笑い方を選んだんちゃう。大人が決めた「正しい顔」を貼り付けとる。




 大きい子——トールくん。ガルくんと同じくらいでかい。185cmはあるな。赤銅色の短い髪。まっすぐな目。でも——硬い。体も、顔も、全部強張ってる。




 この子ら——。




 レオンくんたちがボロボロで魔王城に来た日を思い出す。


 あの子らは——怒ってた。怯えてた。意地張ってた。でも生きとった。感情が、あった。




 この3人は——静かすぎる。




 機械みたいに正確で、きれいで、整ってて。


 でもそれは「ちゃんと育てられた」やない。


 「ちゃんと作られた」や。




 ——あかん。泣きそう。




 泣くのは後や。今はごはん。


 ごはんは万能やねん。保育園でも、泣いてる子も怒ってる子も、温かいスープを出したら一回止まる。




「はい、座って座って(^^) ティアちゃん、お皿3つ追加してくれる?」


「は、はい! 今すぐ……!」




 ティアちゃんが尻尾パタパタさせながら食器を並べる。この子もよう気がつく子や。




 シオンくんは立ったままだ。聖剣を腰に差して、直立不動。




「座りぃや。立って食べる子はおらんよ(^^)」


「……これは作戦の一環ですか」


「作戦って何の話? シチューが冷めるよ(^^)」




 ヴェルちゃんが食堂の入り口で腕を組んで立っている。目が「自分はもう何も言いません」って言うてる。300年仕えてきた四天王も、もう慣れたんやな。




 レオンくんが先にテーブルについた。いつもの席。




「おい。座れよ。立ってたら邪魔だ」


「……先代勇者殿。自分たちは敵対——」


「うるせぇ。飯の前に敵も味方もねぇんだよ。あのおばちゃんがそう決めた」




 レオンくんがシチューの器を手に取った。湯気が立つ。




 ——あの子も最初はこうやった。


 「俺は勇者だぞ!」って吠えて、腕組みして、座らへんかった。


 でもシチューの匂いがしたら——座った。




「トール。ミーナ。座る」




 シオンくんが言った。命令口調。でも——座った。




 自分から。




 よっしゃ。一歩目。






◆ミーナ視点




 席に着いた。


 木のテーブル。木の椅子。壁に魔法灯が灯っている。温かい色の光。




 食堂だ。




 教会にも食堂はあった。石のテーブル。石の椅子。光源は小さな窓だけ。食事は一日二回。冷たいパンとスープ。「栄養は回復魔法で補えます。食事は最低限で構いません」と教わった。




 ——ここは違う。




 匂いが違う。


 何かが煮込まれている。玉ねぎ。にんじん。じゃがいも。肉。知っている食材。でも——組み合わさると、こんな匂いになるのか。


 知らなかった。




 魔王が——エプロンをしている。




 黒と紫のローブの上に、白いエプロン。違和感しかない。わたしの常識では、魔王はエプロンをしない。だが目の前の魔王は、大きな鍋から木のおたまでシチューをよそっている。




「はい、ミーナちゃん(^^)」




 皿が目の前に置かれた。


 茶色いシチュー。湯気。




 訓練が言う。毒物検査。味覚分析。敵の食事を無警戒に摂取してはならない。




「……あの。毒の可能性を分析——」


「毒なんか入れへんよ(^^) 先にレオンくんが食べとるやろ」




 向かいの席で、赤毛の少年——先代勇者がシチューをすすっている。任務対象のはずだ。まだ警戒を解くべきではない。でも——食卓の上の先代勇者は、ただの少年に見えた。隣の銀髪の少女——リーゼ殿が、静かにパンをちぎってシチューに浸している。その隣に、大きな少年——ガルド殿。




 ガルド殿がトールの方を見ていた。トールもガルド殿を見ていた。二人の体格がほぼ同じだ。180cm台後半。がっしりした体。




「……3杯目、いいですか」




 トールの声だ。——もう食べている。いつの間に。皿が空だ。




「もちろん(^^) おかわりは何杯でもええよ。ガルくんもそうやったなぁ」


「……あ、あの……僕は4杯でした……」




 ガルド殿が小声で言った。顔が赤い。




 トールが3杯目のシチューを受け取った。湯気の向こうで、トールの顔が——緩んでいる。任務中には見たことのない表情だ。




 シオン隊長はまだ食べていない。


 皿の前で座ったまま、シチューを見ている。灰色の目が、湯気を追っている。




「冷めるよ(^^)」




 魔王がシオン隊長の横にしゃがんだ。また、しゃがんだ。




 なぜこの人はしゃがむのだ。


 魔王は上から見下ろす存在のはず。教会ではそう教わった。魔族の長は傲慢で、残虐で、人間を見下す。




 なのに——目線を合わせている。




「……毒物の検査が必要です」


「ほな匂いだけ嗅いでみ(^^)」




 シオン隊長が——匂いを嗅いだ。




 鼻が微かに動いた。本当に微かに。


 でもわたしは見た。




 シオン隊長のスプーンが動いた。


 一口。




 咀嚼。




「……分析結果。毒物は検出されません」


「そうやろ(^^)」


「味覚情報。……温度、適正。塩分、適正。——」




 シオン隊長の声が、止まった。




「——おいしい……?」




 疑問形だった。自分の感覚に、名前をつけられないように。




「おいしいなぁ(^^) ガルくんの特製シチューやからな」


「あ、あの……えへへ……」




 ガルド殿が照れている。




 わたしは——まだ食べていない。


 皿を見ている。湯気を見ている。




 スプーンを持った。手が——震えている。なぜ。回復魔法の使いすぎでもない。疲労でもない。これは——。




 一口。




 温かい。




 ……温かい。




 教会のスープは冷たかった。栄養を摂取するためのもの。温度は重要ではないと教わった。味も重要ではない。回復魔法で補えるから。




 でも——これは。




「……このスープ、温かい、ですね……」




 声が出た。自分でも予想しなかった声だ。


 いつもの声じゃない。「正しい報告」の声じゃない。




 笑っている。いつも通り笑っている。教わった通りの笑顔だ。


 なのに——目から何か落ちた。




 え。




 涙が出ている。笑顔のまま。笑顔が崩れない。崩し方を知らないから。でも涙が止まらない。教わってない。こんなの教わってない。




「あ、いえ。何でもありません。任務に支障は——」


「ミーナちゃん」




 魔王が——わたしの前にしゃがんだ。




 深紅の目。怖い目のはずだ。魔王の目だ。


 なのに——温かい。スープみたいに温かい。




「無理してへん?(^^)」




 ——訓練が。崩れる。


 14年分の「泣くな」「笑え」「任務に集中しろ」が、この一言で——。




「……わたしは、大丈夫——」


「大丈夫やなくてもええんよ(^^)」




 笑顔のまま、泣いた。


 崩し方がわからないから、笑ったまま泣いた。


 スープの湯気で誰にも見えないと思った。でも——見えているのだろう。この人には。




 リーゼ殿が立ち上がった。静かに、パンを一切れ、わたしの皿の横に置いた。




「……シチューに浸すと美味しい」




 それだけ言って、座った。




 ——なんだ、この城は。


 魔王がしゃがむ。勇者がおかわりする。前衛が料理を作る。魔法使いがパンを勧める。侍女の尻尾がパタパタする。




 わたしは笑顔のまま泣きながら、パンをシチューに浸した。




 温かかった。






◆よしこ視点




 食事が終わった。




 トール、4杯。ガルくんの記録に並んだ。ガルくんが「ぼ、僕の記録が……」って悔しそうにしてた。悔しがるところそこちゃうやろ。




 シオンくんは1杯を完食した。静かに。表情は変わらなかった。でも——皿は空だった。残さなかった。




 ミーナちゃんは——泣いた。


 笑いながら泣いた。


 あの泣き方、知ってる。保育園にもおった。「泣いたらダメ」って教わった子。泣き方がわからへんから、笑顔のまま泣く。




 ——大丈夫。


 今日すぐには無理や。でも、ちゃんとごはんを食べて、温かいもの飲んで、安全な場所で眠れたら。


 いつか、ちゃんと泣ける日が来る。




 リーゼちゃんがパンを渡してたのが——よかった。


 あの子も最初は食べへんかった。今はおかわりする。


 人は変われる。ごはんの力を舐めたらあかん。




 ヴェルちゃんが後片付けの指示を出してる。ティアちゃんが皿を下げてる。日常が回ってる。




 シオンくんが立ち上がった。




「……食事は完了しました。作戦を再開——」


「今日はもう遅いやろ(^^) 客間用意するから泊まっていき」


「自分たちは敵——」


「敵とか味方とか、そういうのは明日の朝考えよ(^^) ほら、ミーナちゃん泣き疲れとるやん。この子このまま歩かせるん?」




 シオンくんがミーナを見た。


 ミーナちゃんは椅子に座ったまま、目が赤い。笑顔は貼り付いたままだ。




「……宿営は任務遂行に必要な判断です」


「そうそう(^^) 任務のためや。ちゃんと寝なあかん」




 シオンくんが少しだけ——ほんの少しだけ——眉を動かした。


 困惑、だろうか。感情を消されてても、体は正直や。




「ヴェルちゃん、客間の準備お願い(^^)」


「……かしこまりました。……客間が足りるか確認いたします」




 ヴェルちゃんのため息が聞こえた。でも足音は穏やかだ。怒ってへん。呆れてるけど、怒ってへん。




 ティアちゃんがシーツを取りに走っていった。尻尾がピーンと立ってる。張り切っとるな。




 さて。




 明日の朝。


 起きたら。




 いつもの園児に加えて、新しい園児が3人。




 シチュー、多めに作っとこ(^^)





最後まで読んでいただきありがとうございました。


第36話「この子も」。タイトルの「この子も」は、よしこの心の声です。レオンくんたちを見た時と同じ——「この子も、ごはん食べてへん」。


ミーナが笑顔のまま泣くシーン。このシーンが書きたくてArc4を始めたと言っても過言ではありません。


「笑いなさい」と教えられた子は、泣き方を忘れます。でも体は覚えています。温かいスープを飲んだ時、体が先に泣く。顔はまだ笑ったまま。表情の崩し方を知らないから。


リーゼがパンを差し出すシーンも大事でした。かつて「食べない」少女だったリーゼが、「食べ方」を教える側に回る。よしこの言葉はこうやって伝染していきます。


そしてトール4杯。ガルドの記録に並びました。次は5杯か。食堂のシチュー鍋が足りなくなる日も近いです。


次話「裏切り者」では、シオンがレオンに「あなたは任務を放棄したのですか」と問います。レオンが初めて「自分で選んだ」と答えます。


ブックマーク・評価をいただけると、ミーナの目が少しだけ笑います(^^) 感想もお待ちしています!

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