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魔王(よしこ62歳)と勇者パーティ  作者: 歩人
Arc4: 聖教会の子どもたち

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第38話: ヴェルザの選択

◆ヴェルザ視点




 夜が更けた。




 城は静かだ。


 勇者たちも新勇者たちも、それぞれの部屋で眠っている。ティアが布団の数を揃え、ガルドが夜食のスープを温め直し、よしこが全員の部屋を一つずつ覗いて「おやすみ(^^)」と言って回った。




 ——保育園の消灯確認と同じだ。




 私は執務室にいた。ランプの灯が書類の上に影を落としている。


 読んでいるのは報告書ではなく、聖教会の動向をまとめたメルの情報だった。




「第二勇者パーティ。正式な討伐令。教会公認の装備。——本気だ」




 先代勇者レオンの時とは違う。あの少年は使い捨ての駒だった。装備もろくになく、補給もなく、死んでも構わない兵隊。


 今回は違う。正規訓練、最高級の装備、帰還の見込みを前提とした編成。




 聖教会は——レオンが生きていると知って、焦った。


 魔王側についた勇者。それは教会の権威を根底から揺るがす事実だ。




 だから次は失敗できない。


 だから「完璧な勇者」を送り込んだ。




 扉が鳴った。




「失礼いたしますわ」






◆メル視点




 ヴェルザの執務室。


 いつもの場所。いつもの時間。




 わたくしは椅子に腰かけ、足を組んだ。ヴェルザは机の向こうに座ったまま、金色の目でこちらを見ている。




「——報告の追加がございますわ」


「聞こう」


「聖教会は第三の手を打つ用意があります。シオンたちが失敗した場合——今度は枢機卿クラスが直接動く可能性がございます」


「……枢機卿か」


「ええ。つまり、シオンたちもまた『使い捨て』でございます。レオンと同じ。成功しても失敗しても、教会の手は汚れない」




 ヴェルザが目を閉じた。




 この男の考えていることは、わたくしにはよくわかる。


 300年仕えてきた忠臣。先代魔王の時代から、ただひたすら「魔王の盾」であり続けた男。




 だが今、その忠誠は——複雑な形をしている。




「ヴェルザ殿」


「……なんだ」


「利で考えれば、新勇者は排除すべきです」




 沈黙が落ちた。




 ランプの炎が揺れている。




「聖教会の目的は明白。魔王の排除。——あるいは、魔王の取り込みに失敗したレオンの回収。いずれにせよ、シオンたちを生かして帰せば、城の内情が教会に筒抜けになります」


「……わかっている」


「レオンを含む先代勇者パーティの存在、四天王の戦力配置、城の防衛体制。加えて——魔王様のお人柄」




 最後の一語に、ヴェルザの眉がかすかに動いた。




「魔王様のお人柄が知られることは、わたくしたちにとって最大のリスクですわ。敵にしゃがんで目線を合わせる魔王。ごはんを出す魔王。おやすみを言って回る魔王。——人間の教会がこれを知れば、『弱い魔王』と見なし、攻勢に出るでしょう」


「…………」


「合理的に考えれば。新勇者を拘束し、記憶を消し、教会には『全滅した』と報告する。それが魔族の利益を最大化する判断です」




 わたくしは言い切った。




 冷たい言葉だ。自分でもそう思う。


 だが——わたくしの役割はこれだ。策士として、最悪の選択肢を提示する。合理の刃を差し出す。




 それを握るか、置くかは——この男が決める。




「……メル」


「はい」


「お前の言うことは、正しい」




 ヴェルザが目を開けた。金色の瞳がランプの光を映している。




「合理的に考えれば、そうだ。魔族の存亡がかかっている。300年、私はそのために戦ってきた」




 静かな声だった。




「だが——」




 扉が開いた。






◆ヴェルザ視点




「ヴェルちゃん、まだ起きとるん?(^^)」




 ——魔王様。




 よしこが、盆を持って立っていた。


 湯気が立っている。茶だ。薬草茶。




「ついでにメルちゃんもおるやん。二人分持ってきてよかったわ(^^)」


「……魔王様。もうお休みになられたのでは」


「トイレに起きたら、ヴェルちゃんの部屋の灯りがついとったからな。夜更かしはあかんで(^^)」




 ——トイレ。


 魔王が夜中にトイレに起きる。その帰りに臣下の部屋を覗く。


 先代魔王には、ありえない行動だった。




 よしこが盆をテーブルに置いた。


 茶器が二つ。小さな皿に、蜂蜜飴が三つ。




「メルちゃんには飴ちゃんな(^^)」


「あら。……いただきますわ」




 メルの目が一瞬、柔らかくなった。


 ——この策士が、甘いものの前では無防備になる。何度見ても信じがたい光景だ。




「ヴェルちゃん、お茶飲み(^^) こないだと同じ薬草茶。覚えとる?」




 覚えている。




 あの日も——よしこは盆を持ってきた。


 私が夜遅くまで書類仕事をしていて。城は静かで。よしこが「ヴェルちゃん、肩凝るで(^^)」と言って茶を淹れてくれた。




 何でもない夜だった。


 特別な会話もなかった。よしこは黙って茶を飲み、私も黙って飲み、しばらくして「ほな、おやすみ(^^)」と帰っていった。




 ——それだけだった。




 なのに、あの夜のことを覚えている。


 茶の温度。湯気の匂い。よしこが椅子に座った時の、微かな衣擦れの音。




「座りぃや、ヴェルちゃん(^^) ほら、固まっとる」




「……かしこまりました」




 椅子に座った。




 茶を手に取った。両手で包む。温かい。




 一口。




 苦い。だが、後味に甘みがある。この世界の薬草——ミュラの葉だ。よしこが「裏山」で摘んできたもの。




「ええ味やろ(^^) ティアちゃんに教えてもろた淹れ方やねん」




 よしこがもう一つの茶器を持ち上げて、ふーふーと息を吹きかけた。




 魔王が茶を冷ましている。


 300年の忠誠が、こんな光景を見ることになるとは。




「……魔王様」


「ん?(^^)」




 聞くべきことがあった。


 メルの前で。今、この場で。




「新勇者の処遇について——お考えをお聞かせ願えますか」




 よしこが茶器を下ろした。




「処遇って何の話?(^^)」


「シオンたちを——今後どうなさるか、です。帰すのか。留め置くのか。……あるいは——」




「あるいは?」




 よしこの目が、一瞬だけ——赤く光った。


 本人は気づいていない。感情が魔力に触れただけだ。




「……いえ。失言でした」


「ヴェルちゃん」




 よしこが茶器をテーブルに置いた。




「あの子ら、ちゃんとごはん食べて、ちゃんと寝て、それから考えたらええやん(^^)」


「……しかし、聖教会は——」


「聖教会がどうとか、魔族がどうとか、わてにはようわからん(^^) でもな」




 よしこが微笑んだ。




「あの子ら、シチューおかわりしたやろ(^^) おかわりする子は大丈夫や」




 ——そうだ。


 この方は、いつもこうだ。




 合理的な計算ではない。


 魔族の利益でもない。


 目の前の子どもが、ごはんを食べたかどうか。




 それだけが、この魔王の判断基準だ。




「ほな、わて寝るわ(^^) お茶飲んだら二人も寝ぇや。夜更かしはお肌に悪いで」




 よしこが立ち上がった。


 扉の前で振り返った。




「おやすみ(^^)」




 ——扉が閉じた。




 薬草茶の香りだけが残った。






◆メル視点




 魔王が去った後。


 執務室に二人が残った。




 わたくしは蜂蜜飴を口に含んだ。甘い。腹立たしいほど甘い。




「……ヴェルザ殿」


「……」


「答えは、もう出ているのでしょう?」




 ヴェルザが茶器を両手で包んだまま、静かにこちらを見た。




「私は——魔王の意志に従う」


「それは魔族の利益に反する可能性がございますわ」


「わかっている」


「シオンたちを生かして帰せば、聖教会は次の手を打つ。戦力を増強し、魔王城に軍を送り込むかもしれない。あなたの300年が——水泡に帰すかもしれない」


「わかっている」




 ヴェルザの声は揺れなかった。




「だが——先代魔王に300年仕えてきて、わかったことがある」




 金色の目が、ランプの灯を映して輝いた。




「恐怖と力で支配する300年は——何も残さなかった。城は空虚だった。兵は怯え、四天王は互いを警戒し、誰も『おやすみ』とは言わなかった」


「…………」


「今の城は違う。廊下を子どもが走り回る。厨房からパンの匂いがする。侍女の尻尾がパタパタ揺れる。——くだらないと思うか?」




 わたくしは答えなかった。




「くだらない。300年前の私なら、そう言っただろう。だが——今の魔王城を失いたくないと思う自分がいる。それが、300年の結論だ」




 ヴェルザが茶を一口飲んだ。




「魔族の利益を最大化すること。それはお前の仕事だ、メル。お前は正しい」


「…………」


「だが、私の仕事は——この方の意志に従い、この方が守りたいものを守ることだ。たとえそれが合理的でなくとも」




 わたくしは蜂蜜飴を噛み砕いた。甘い。甘すぎる。




「……あなたは甘い」




 言ってやった。




 知略担当としての、精一杯の抗議。




「ええ」




 ヴェルザが——微かに、笑った。




 この男が笑うところを、わたくしは数えるほどしか見たことがない。




「——このお茶のように」




 茶器を傾けた。最後の一口を飲み干した。




「…………」




 わたくしは立ち上がった。


 蜂蜜飴をもう一つ手に取った。——取ってしまった。よしこの飴は、一つでやめられない。




「……ヴェルザ殿」


「なんだ」


「わたくしは策士でございます。合理と利を追う者です。あなたの判断に賛同したわけではございませんわ」


「わかっている」


「——ですが」




 扉に手をかけた。




「あの方の焼き菓子を楽しみにしているのは、わたくしも同じです」




 背を向けたまま言った。


 振り返らなかった。振り返ったら、顔に出る。




「……おやすみ、メル」


「おやすみなさいませ、ヴェルザ殿」




 扉を閉じた。




 廊下は暗い。


 蜂蜜飴が口の中で溶けていく。




「……甘いのは、あなたではなくこの飴ですわ」




 誰にも聞こえない声で、そう言った。






◆ヴェルザ視点




 一人になった。




 茶器を見下ろす。空になった器の底に、薬草の葉が一枚、残っている。




 300年。


 先代魔王に仕えた歳月。恐怖と力の時代。あの頃は——何のために戦っているのか、わからなくなることがあった。




 今は、わかる。




 よしこの淹れた茶の温度。


 ティアの尻尾がパタパタ揺れる音。


 ピプの笑い声。ガルドの「えへへ」。レオンの「うるせぇ」。リーゼの静かなページをめくる音。




 守りたいものが、こんなに増えた。




 300年で、初めてだった。




「……かしこまりました、魔王様」




 誰もいない執務室で、そう呟いた。




 ランプを消した。


 薬草茶の香りが、暗がりに残っていた。





最後まで読んでいただきありがとうございました。


第38話「ヴェルザの選択」。ヴェルザとメル、大人組の夜の会話でした。


メルの進言は正しいんです。合理的に考えれば、新勇者は排除すべき。情報が漏れる。聖教会が強気に出る。魔族の存亡がかかっている。


でもヴェルザは——よしこのお茶を飲んで、答えを出しました。


「このお茶のように」。書きたかった台詞の一つです。メルの「あなたは甘い」という言葉を、否定せずに受け止める。甘くていい。この城が甘くなったのは、よしこが来てからだ。パンの匂いがして、子どもが走り回って、侍女の尻尾がパタパタする。——300年の忠臣が守りたいのは、そういう日常でした。


メルがこっそり蜂蜜飴をもう一つ取るシーン、好きです。策士の鎧が甘いもので剥がれる。この人もまた、よしこの城に絆されている。本人は絶対に認めないでしょうけど。


次話「本当の敵」では、リーゼが聖教会の資料を分析します。「帰還率ゼロ。予算はゼロ。これは討伐ではない。処分だ」——静かで、冷たい真実が明かされます。


ブックマーク・評価をいただけると、ヴェルザがこっそりビスケットを食べます(^^) 感想もお待ちしています!

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