28 制限
少女の姿に変身するきっかけは、自分自身がそうありたいと思うこと。しかし、他人を変身させるとなると、同じ魔法でも全く原理が異なってくる。
「一応聞くけれど、ブラウンは変身してみたい姿はあるの?」
「私は特に。そもそも変装で事足りますしね」
「じゃあ、何に変わっても文句は言わないでね」
わたしはブラウンを見上げて、その手を取った。その姿を変えるように、イメージを膨らませる。
「んーっ」
変身の魔法にも呪文があるのかも知れないが、どのみちわたしには扱えない。わたしはひたすら唸ってみたが、ブラウンはずっとブラウンのままだ。
結局、十分ぐらい頑張ってみたが、上手くいく気配はなかった。
「王女、その辺りにしましょう。お顔が真っ赤です」
ブラウンはしゃがみ込んでわたしの顔を覗き込むと、クスリと笑った。
「あ、笑ったでしょう。また、馬鹿にして」
「いえいえ、違います。昔を思い出してしまったんですよ」
「昔って?」
「ちょうど、今のお姿ぐらいの頃です。城を出ると仰って、馬車を無理やり動かそうとされたことがありましたよね」
わたしが城を飛び出そうとしたのは、何も今回が初めてではない。幼い頃から、何度も試みてはブラウンに連れ戻されていたのだ。
「あの時も力一杯馬車を引っ張られて、真っ赤なお顔をされていました」
「意地悪ね。そんな昔の話を覚えているなんて」
「大切な思い出ですよ。あの頃の可愛らしいお姿をまた見られるなんて、思ってもみませんでした」
ブラウンはそう言って、わたしの髪をそっと撫でた。
「……やめてよ。また赤くなるでしょう」
ブラウンはどんなときも、傍らにいて見守ってくれていた。彼はわたしにとって、家族同然なのだ。
「今日はミートパイを焼いてみたぞ」
暖炉の部屋に入ると、アイレンさんが待ち構えていた。
食卓の上で、網目状の生地のミートパイが湯気を立てている。美味しそうな香りを嗅ぐだけで、お腹が空いてきてしまった。
「沢山食べて感想を述べるのじゃ」
そう言ってアイレンさんが指を振る。空中で料理が切り分けられる様は、何度見ても心が踊ってしまう。それはそれとして。
「あの、こんなに食べ切れないのですが」
例のごとく、アイレンさんはわたしの分だけ、多めに取り分けた。隣のカナさんの倍はある。
「おお、そうか。育ち盛りじゃからと思うての」
アイレンさんは、今のわたしの姿が変身したものだと理解されているのだろうか。
「時に、王女。姉上の事は上手く行きそうなのかの」
「ええ、ナディアさんに相談しようと思ったんですが、ご不在だったので。今度相談してみます」
そこまで言って、アイレンさんの顔を見た。話者は肉体に制限がかかる事を、彼女は知っているはずだ。それならば、わたしやお姉様の事情も察しているのでは。
「あの、アイレンさん。お話したい事が……」
「王女よ、食後にタルトはいかがかな」
アイレンさんはわたしの言葉を遮るように、空中から大きな皿を取り出した。様々なフルーツが載ったタルトが並んでいる。
「え、ええ。いただきますわ」
「おすすめはスターベリーのタルトじゃ。まあ、全種類食べてみるとよい」
「全種類ですか」
いつの間にか、わたしの皿にタルトが敷き詰められていた。
結局、タルトを頂くので精一杯で、その場では詳しい話は出来なかった。何となく、アイレンさんが話題を避けていたような気がしたのだ。
その日の夜、目が覚めてしまったわたしは、暖炉の部屋に向かった。
「おや、眠れぬのかな、王女」
アイレンさんの声がする方を目で追う。彼女はロッキングチェアの上で、猫の姿で丸くなっていた。
「すみません、起こしてしまいましたか」
「いや、まどろんでいただけじゃ。温かい飲み物でも飲むかの」
彼女は大きく伸びをして、少女の姿に戻った。そのまま指を振って、空間からティーセットを取り出す。
「リラックス効果のあるハーブティーじゃ」
「いただきます」
一口飲むと、温かさが身体に染み渡るようだ。ほっと一息つくと、アイレンさんはわたしの向かいの椅子に腰掛けた。
「王女、我に聞きたいことがあったのであろう」
「……はい。話者に課せられるという、制限の事なのですが」
わたしが聞くと、アイレンさんは廊下に続く扉に向けて指を振った。ガチャリと鍵が掛かる音がしたようだ。
「ナディア様から聞いたのかの」
「いえ、フィオナからです」
「ナディア様と共におるというお主の娘じゃな」
アイレンさんは大きく息を吐くと、もう一度扉の方を見やった。
「……王女。この事は、カナには決して話さぬと約束頂けるかの」
「ええ、それはお約束しますが」
カナさんにも伝えられていないというのは意外だった。彼女は生まれつき身体が弱いと聞いていた。当然、アイレンさんが何かの対策を考えられていると思っていたのだが。