26 絆
わたしの三つ年上のジュヴィお姉様は生来身体が弱い。常々、亡くなったお母様と同じ病気になるかも知れないと仰っていた。他ならぬわたしがそういう運命にあるとわかった今、尚更心配になるのだ。
第一王女の立場にあるお姉様は、定期的にフレアランスを訪問される。明日が丁度その日に当たる。
フレアランスに招かれている形になっているわたしは、会食の場に出席する必要がある。
ブラウンは当然のように、自分が変装して対応すると訴えた。しかし、お姉様と会える機会は限られている。考えたくはないが、お姉様にも同じ病気が発症する可能性も否定出来ない。
「お願い。お姉様とはきちんとお話ししておきたいの」
「しかし、肉体への影響が」
「ナディアさんも仰っていたわ。身体が成長するまでは、普通に過ごすようにと」
ブラウンは厳しい表情のまま、中々首を縦に振らない。
「いいでしょ? わたしはもう、自在に変身出来る自信もあるわ」
正直に言うと、これは少し怪しかった。少女の姿に変身してから、こちらでは一度も元の姿に戻っていないからだ。
「仕方ありません。確かに、ジュヴィ様と過ごされる時間はかけがえのないもの。万が一の場合は、アイレン先生のお力をお借りすることでよろしければ」
「……それでいいわ」
ラスターハートを飛び出した時、お姉様とも二度と会えないかも知れないと思っていた。それくらいの覚悟はあったつもりだった。
自分の命と向き合った事で、それが浅はかな考えだったと今は思える。お姉様はわたしの母親代わりでもあった、大切な人。明日、お会いしたら、わたしの中で決心が揺らいでしまうかも知れない。
わたしはフレアランス城の控室にいた。姿見に映るのは、白いドレスを着た十六歳の姿。変身の魔法をコントロールすることはなんとか出来た。
今は、お姉様とのひとときを大切にしたい。
「リシェット様、ジュヴィ様がお見えになられたようです」
「ええ、行きましょう」
わたしを迎えに来たブラウンと共に、晩餐の間へ向かう。開かれた金縁の扉の先には、柔らかな笑みをたたえたお姉様が座っていた。
「あら、リシェ。しばらく見ないうちに、雰囲気が変わったかしら」
お姉様は座ったまま、わたしを迎えた。相変わらず美しく、そして儚げな佇まい。わたしはお姉様の隣に座り、その手を取った。
「お体は大丈夫ですか?」
「ええ。今日は調子がいいのよ」
お姉様がわたしの手を握り返してきた。一年の三分の一はベッドで過ごすお姉様。こうして他国へ出かけるだけでも負担は大きいはずだ。
「心配しないで。あなたは、自分のこれからの事をきちんと考えていればいいの」
「でも……」
わたしはそれ以上、言葉が出てこなかった。国を一度逃げ出したわたしには、何も言う資格はないと思ったのだ。
「こちらでの生活はどう? 楽しく過ごせているかしら」
お姉様は自分の事よりわたしの事を心配してくださる方だ。それは幼い頃からずっと変わらない。
「ええ、とても良くして頂いています。初めて体験するものもたくさんあって」
話者となった事や、魔法の事をお姉様と共有したくなる。そんなわたしの気持ちを察して、近くに控えるブラウンが視線で制してくる。お姉様は、わたしが婚約を交わしてこの国に来ていると信じている。
胸が締め付けられる。自ら望んだ結果とはいえ、お姉様にも気持ちを偽らなければならない事が辛い。
「リシェ、あなたには、わたしの分まで幸せになって欲しいの」
お姉様はささやくようにわたしに告げた。それは、自身が長く生きられない事を暗に示しているように聞こえた。直接言葉にはしないけれど、お互いに意識してきた事だった。
「……お姉様だって、幸せになれます」
わたしは耐えられなくなって、目を伏せた。
「笑って、リシェ」
お姉様の少し冷たい手が、わたしの頬に触れる。
「今日はあなたに会いに来たのよ。あなたがそんな顔をしているのが、わたしは一番辛いわ」
お姉様はどうしてこんなに優しいのだろう。わがままばかり言っていたわたしを、ずっと見守ってくださった。きっとお姉様もわたしのように自由に憧れているに違いないのに。
魔法の力で、お姉様の身体を治すことが出来たら。そう考えた時、恐ろしくなった。お姉様の病気は、わたしと同じものである可能性が高い。魔法で治せるのなら、変身による延命など必要ないはずだからだ。
お姉様を見送った後、わたしはすぐにアイレンさんに相談を持ちかけた。わたしが知りたいのは、病気を治す魔法が存在するかどうか。
「魔法であろうと、病の原因を取り除く術がなければ効果はない。一般的な医療となんら変わらぬのじゃ。医療に特化した魔法などは存在せぬしな」
暖炉の部屋で、アイレンさんは腕を組み、小さくうなった。
「話を聞く限り、ジュヴィ王女の病はかなりの難病なのであろう。医療に精通した者が魔法を操ることが出来れば、まだ可能性もあろうが」
「それでは、お医者様の話者がいらっしゃれば、治せるかも知れないんですね?」
「そういう事になるが、少なくとも、我には心当たりはないぞ」
「探してみます。もしかしたら、ナディアさんならご存知かも知れないし」
「そうは言ってものう……」
アイレンさんは何かを言いかけたようだったが、わたしを見て小さくうなずいた。
「お主の気の済むまでやってみるがよい」
「ええ、そのつもりですわ」
可能性は低くとも、ゼロではないのなら、諦めたくない。わたしは精一杯、足掻いてみることにした。お姉様を救う為に。