表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/49

20 歌声

 姿見に自分の姿を写しながら、黒猫に変身した時の感覚を思い出そうとした。あの時は、空を飛ぶ鳥を見て、羨ましいと思っただけなのだ。

 呪文(スペル)だって唱えていないし、魔法を使おうとも考えていなかった。無意識下で発動した魔法に過ぎない。


「アイレン先生が試練を合格と仰ったのは、王女様の才能を認めたからなんですよ」

 鏡の中でカナさんと目が合う。

「王女様は、自信さえお持ちになれば、変身の魔法を使えるんです」

 自信と言われても、わたしに誇れるものなど何もない。そんな考えを読んだかのように、ブラウンが側に現れた。

「王女様。これまで様々な修練を積まれているのは、私も知るところです。今や、同世代はおろか、大人にも引けを取らない素養を身につけられております」

「そんなもの、やらされて身につけたにすぎないわ」

 わたしは生まれた家柄に相応しい教育を受け、こなしただけ。そして、その家柄すら、わたしは捨てようとしている。

「そう、わたしは自分の事で精一杯の、小さな人間に過ぎないの」

「そんなことありませんよ。わたしは、ずっと王女様に憧れていたんですから」

 鏡の中のカナさんが優しい笑顔を向けてくる。

「もう大分前になりますけど、ラスターハートの音楽祭、拝見したんですよ。王女様の歌声、美しくて、伸びやかで、とても優しかったです」

 わたしが幼少の頃に国が開いた音楽祭。沢山の人が聞いていただろう。その中にカナさんもいたのだ。

 あの日、わたしは失いかけていた自信を奮い立たせて歌った。ある人に届けるために。


 *  *  *


 音楽祭の舞台で歌い終わったとき、大きな拍手が鳴り響いた。内心、上手く歌えたか自信がなかったわたしは、救われた気持ちになった。

「良かったわよ、リシェ。これなら褒めて頂けると思うわ」

 舞台袖でお姉様がわたしの手を取って迎えた。

「わたしは別に……」

 と言いかけた時、お姉様の背後の人影に気づいた。優しい眼差しを送る、ヘーゼルの瞳。

「素晴らしい歌声でした。大変な努力をなさったんでしょうね」

 王子がわたしに微笑みかけている。全身が熱くなって言葉が上手く出てこない。そんなわたしの代わりに、お姉様が返事をした。

「この子は毎日レッスンを受けているのですよ」

「やはり、そうですか。あの心に響く歌声は、日々磨き上げられたものなのですね」

 王子がわたしを褒め称える。それから先、どんな話をしたか、よく覚えていないが、一つだけ記憶に残っている言葉がある。


「努力出来ることは、誇っていいのですよ」


 その言葉を掛けられたとき、胸の内側が温かくなったのだ。


 *  *  *


 音楽祭用のドレスを着た、八歳のわたしの姿が鏡に映っている。まさか、こちらの世界でも、この姿に変身してしまうとは。


「王女、変身の魔法を使われたのですか」

 ブラウンが目を丸くしている。

「どうなのかしら、カナさん」

 わたしとしては、音楽祭の日、王子に掛けられた言葉が呪文(きっかけ)となって、魔法が発動した。そう考えられなくもない。

「そう、そのお姿でしたよね。よく覚えています。王女様は、音楽祭に特別な思い出があるんですか?」

「まあ……印象深い記憶ではあるわね」

 脳裏に王子の顔がちらついて、気恥ずかしくなってしまう。ブラウンもそれに気づいたはずだが、ニヤつくどころか、真剣な顔をしてカナさんに迫った。

「王女のこの状態ですが、変身の魔法を使っていると考えて差し支えないですか?」

「え、ええ。ご覧の通りです」

 カナさんが気圧された様子で答えると、ブラウンはひとつ息を吐いた。

「王女、しばらくそのお姿でいらっしゃってみては如何ですか。魔法の修行にもなるのでは」

「……ええ、そうね」

 変身している間は、肉体の加齢を抑えられる。ブラウンは病気の事を悟られないようにしようとしているのだ。

 すると、今度はカナさんが真剣な顔をして、わたしの全身を確かめ始めた。

「まさか、そのお姿で生活されるのですか?」

「……いけないかしら」

 何か気取られてしまったのかと心配していると、カナさんは急にそわそわしながら、わたしの前にしゃがみ込んだ。

「大変失礼なのですが、少しだけ、ハグをしても」

「はい?」

「王女様のお姿が余りにも可愛らしくて、我慢出来なくて」

「……どうぞ、ご自由に」

「では、失礼して」

 カナさんは嬉しそうにわたしをハグしてきた。身体も縮んでいるし、別に悪い気はしないが、なんだか不思議な人だと思った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ