第8話 勇者、嫉妬を知る
学校に着き、涼は下駄箱を開けた。
一枚の紙が落ちる。
それを拾い上げた。
そこには乱暴な文字で、『いい子ぶるな』と書かれていた。
ヒナも横から覗き、心配そうにこちらを見ている。
周囲もざわつく。
誰かが目を逸らす。
だが、涼は怒っていない。
悲しくもない。
ただ、不思議だった。
何故、そんな言葉を書くのだろう。
涼は転生し、現状を受け入れようと過ごしてきただけ。
紙に触れていると、指先に冷たい感覚が走る。
小さな黒い影が見える。
残された感情の痕跡。
黒い感情。
しかし、憎しみではない。
もっと弱く、もっと脆い何か。
涼は、紙をスカートのポケットに入れた。
「気になるな」
そう呟き、教室へ向かう。
⸻
教室ではすでにの多くの生徒たちが各々に過ごしていた。
涼は、その中にある女子生徒の輪に向かった。
中心にいるのは白石莉乃。
明るく、人を惹きつける少女だ。
その隣では小坂美羽が笑顔で菓子を配っている。
「これ昨日発売されたやつ!」
「えー! 買えたの!?」
「すごーい!」
楽しそうな声が響く。
涼は美羽を見る。
黒い蔦が莉乃へ伸び、その根元には白いスジが見える。
嫌悪ではない。
憎しみとも違う。
涼は、首を傾げた。
どこか寂しそうな形をしている。
涼は確認するために、美羽の前に立った。
「美羽」
「ん?」
「ボクの下駄箱に、この紙を入れたのは、君か?」
『いい子ぶるな』と書かれた紙。
グループの会話が止まる。
美羽の笑顔が固まった。
「は?知らないし」
「そうか」
涼は頷く。
責めるつもりはなかった。
ただ知りたかった。
だから、静かに質問を続ける。
「ボクは、君に何かいけないことしたか」
美羽の顔色が変わる。
「なに言ってるの?」
「そうか、悪かった」
これ以上の質問は、お互いに良くないと感じた。
しかし。
「ふざけないで!」
美羽の声が大きくなる。
周囲もざわつく。
その時だった。
教室の後ろから声がした。
「俺、昨日聞いたぜ」
全員が振り向く。
神宮寺蒼真だ。
女子生徒たちがざわめく。
蒼真は気にした様子もなく歩いてくる。
美羽の肩が震えた。
「昨日、水瀬の下駄箱の前で言ってただろ」
静寂。
「最近、あいつばっかり注目されてるって。いい子ぶるなって」
美羽は何も言えなかった。
蒼真は続ける。
「確かに聞いたぜ」
沈黙。
長い沈黙。
「そういうところよ!」
美羽が叫ぶ。
「そうやって誰にでも優しくて!」
「何でも分かってるみたいな顔して!」
「みんな、涼ばっかり!」
美羽の目から涙が零れた。
「だって……」
小さな声だった。
「だって最近……」
莉乃も。
蒼真も。
先生も。
みんな。
涼の話をしている。
優しくて。
正しくて。
困っている人を放っておけなくて。
そんな涼が、羨ましかった。
まわりから認められているように見えた。
ただ、それだけだった。
そして、莉乃が静かに、美羽の隣に立った。
怒らない。
責めない。
ただ、「馬鹿だなぁ」
そう言って笑い、美羽の頭を自分に寄せた。
美羽は泣いた。
(ああ、認められたかったのか)
涼は、それを黙って見ていた。
正しい言葉が見つからなかった。
だから何も言わない。
今はそれが正しい気がした。
この世界の人間は、不思議だった。
白も、黒も、不思議な形で混ざり合っている。
嫉妬の中にも願いがあり。
黒の中にも白がある。
前世の勇者だった頃も、様々の人を見てきた。
だが。
この世界の人間たちはもっと複雑だった。
⸻
その日の放課後。
ヒナと帰宅するため、涼は昇降口に向かった。
下駄箱を開く。
一枚の紙が入っていた。
取り出す。
『ごめんなさい』
短い文字。
誰が書いたのかは分かっていた。
だが。
それで十分だった。
涼は、その紙を丁寧に折る。
そして、小さく呟いた。
「よかった」
ヒナも横で、同じことを呟いていた。
夕焼けが校舎を赤く染める。
そして、下駄箱の奥にもう一枚、紙があることを気づく。
涼は首を傾げる。
取り出す。
震える文字で書かれていた。
『助けてください』
涼の表情が変わる。
風が吹く。
黒い影が揺れる。
そして、涼は紙を握りしめる。
「大丈夫だ」
誰に向けた言葉かは分からない。
だが、助けを求める声があるなら。
応えたいと思った。
その先に待つものが、どんなことであっても。
「みう、そんなに気を使わないで」
「りの、、、。」




