第7話 勇者(転生4日目)、目覚める
四日前。勇者リョウは死んだ。
そして――。
「……朝か」
涼は目を開いた。
目覚まし時計が鳴る三分前だった。
天井を見つめる。
まだ見慣れない。
勇者として魔王を討った記憶。
仲間達との旅。
そして、最後の戦い。
その全てが鮮明に残っている。
同時に、この身体の記憶もあった。
日本。
高校二年生。
性別は女性。
名前は水瀬 涼。
父と母。
そして、妹。
十七年間の記憶は、まるで自分のもののように理解できる。
だが不思議な感覚だった。
他人の人生を覗き見ているようでもあり。
僕の人生でもあるようでもある。
「難しいな……」
そう呟いてから苦笑する。
考えても仕方がない。
今は、涼なのだから。
布団から起き上がる。
時計を見る。
六時二十八分。
勇者時代なら、むしろ遅いくらいだ。
そのまま制服を取り出し、着替えを始める。
すると。
コンコン。
「お姉ちゃん?」
ドアがの向こうから声がした。
妹の澪だ。
「起きてるよ。澪」
「え?」
一瞬の沈黙。
そして、勢いよくドアが開いた。
「起きてる!?」
「起きてるけど?」
「なんで?」
「なんでって……」
涼は首を傾げた。
妹は本気で驚いている。
「だってお姉ちゃんだよ?」
「うん?」
「いつも三回は起こさないと起きないじゃん」
「そうだっけ?」
「そうだよ!」
妹は頭を抱えた。
涼は記憶を辿る。
確かに。
以前の涼は朝が弱かったようだ。
目覚ましを止めて二度寝。
母が起こす。
妹が起こす。
最後は父が起こす。
そんな日も珍しくない。
「まぁ、たまたまかな」
「絶対、違う!」
妹はジト目になった。
「最近のお姉ちゃん変!」
「そう?」
「変!」
断言された。
だが、理由までは分からないらしい。
涼は内心で安堵する。
さすがに転生したなど説明できない。
「朝ご飯できてるよ」
「うん」
妹は部屋を出ていく。
ドアが閉まる。
そして小さな声が聞こえた。
「……やっぱり変なんだよなぁ」
聞こえているよ。
だが、涼は聞かなかったことにした。
⸻
リビングへ行くと、父は既に新聞を読んでいた。
「おはよう、涼」
「おはようございます」
「珍しいな」
父は笑う。
母はキッチンで味噌汁をよそっていた。
「りょーちゃん起きてるー」
「起きてるよ」
「えらーい!」
何が偉いのだろう。
どうやら家族全員が同じ感想らしい。
記憶を辿ると、どうやら本当に偉いらしい。
「お母さん」
「なにー?」
「味噌汁こぼれそう」
「えっ」
母は慌てて鍋を見る。
鍋の蓋から泡が吹き出した。
「あ、ありがと、涼」
妹が呟いた。
「お母さんよりお姉ちゃんの方がしっかりしてる……」
「失礼だなぁ」
「事実だよ」
父は笑いを堪えていた。
随分と平和な家族だ。
勇者だった頃にはなかった時間。
悪くない。
そう思う。
⸻
「行ってきます」
学校へ向かうため、家を出る。
しばらく歩くと、
「おーい、涼ー!」
後ろから声が飛んできた。
振り返と、朝比奈 陽菜がいた。
同じ高校に通う幼馴染。
涼の記憶にも当然存在している。
「おはよう。ヒナ」
「おはよー」
ヒナは自然に隣へ並んだ。
「聞いてよ」
「うん」
「昨日さー」
そこから、電車とバスを乗り継ぎ学校へ向かう1時間弱。
恋愛。
友達。
SNS。
好きなアイドル。
話題が次々変わる。
勇者だった頃には経験したことのない戦いだった。
「それでさー」
「うん」
「マジありえなくない?」
「ありえないね」
気付けば普通に会話している。
順応スキルは、前世のままのようだ。
「最近の涼、なんか話しやすい」
「そう?」
「前より柔らかくなった感じ」
ヒナは笑う。
涼も笑った。
獲得したスキル「女子トーク」のおかげで、時間はあっという間に過ぎる。
そして。
学校が見える。それと同時に違和感を覚えた。
涼の視界の端に、白と黒が映った。
人々の感情。
善意と悪意。
なぜだろう。昨日よりも、
今日は黒が濃い。
勇者の固有スキル【真理の瞳】が、確5かにそう映し出していた。




