第5話 魔王(転生6日目)、キレる
誠司がこの世界に来て、数日が過ぎた。
誠司は公園のベンチに腰掛け、空を眺めている。
夕暮れ。
雲が赤く染まる。
ただそれだけの光景。
前世なら価値などなかった。
空を見ても力は増えない。
敵も倒せない。
生き残ることにも繋がらない。
なのに最近は違う。
足を止めてしまう。
風が吹けば心地良いと思う。
空を見れば綺麗だと思う。
理解できなかった。
今の俺は、無駄が多すぎる。
俺は変わったのか。
誠司は自分の掌を見る。
魔力は戻らない。
いや、正確には不安定だった。
集まる時は集まる。
だが維持できない。
まるで意思を持っているように散っていく。
この器、不快だ。
それなのに。
どこかで受け入れている自分がいる。
この身体の記憶が蘇る。
◇
煙草の匂い。酒の匂い。大きな背中。
『強い奴はな』
組長が言う。
『弱い奴を守るもんだ』
当時の誠司には意味が分からなかった。
だから聞いた。
『何でだよ。親父』
親父は笑った。
『格好いいだろ』
その時の俺は、親父を確かに恰好いいと思っていた。
◇
「若頭―!」
声が飛んだ。
振り向く。
タクがいつものように纏わりついてくる。
「また空、見てたんすか」
「ああ」
「なんか悩みでもあるんすか?」
「そうなのかもしれん」
タクは少し驚いた顔をした。
「……、最近の若頭、変わったすね」
「ん、何が変わったというのだ」
「うぅ……。前はこう、考えるってより、突っ込むって感じだったっす」
「……、」
確かに、以前のこの器も、余も、悩むことなど必要なかった。
力が全てだった。
しかし、変わってきた。
少しずつ。
確実に。
二人は並んで歩いた。
取り留めのない会話をしながら。
以前なら沈黙を選んでいた。
今は違う。
タクが話し続けることを当然のように受け入れていた。
気付けば日も落ちていた。
⸻
人通りの少ない路地に入った。
その時だった。
前方に人影が見える。
後ろからも足音が聞こえる。
誠司は足を止めた。
タクも止めた。
「……あー」
タクが頭を掻いた。
「そういう感じか」
前方には鋭い目つきの男。
数日前。
少年を脅していた男だった。
その後ろには数人。
後ろにも数人。
完全に待ち伏せだった。
男は笑う。
「待ってたぜ。お前らいつも同じところを通るからな」
タクがため息を吐く。
「ガキは、暇なんだな」
「舐めた口きいてんじゃねぇぞ!」
男の顔が歪む。
恨み。
怒り。
屈辱。
そんな感情が見えた。
タクは肩をすくめた。
「悪いことしたとは思ってねぇよ」
その一言が合図のように、男たちが一斉にタクへ襲いかかる。
数は力だ。
確かに、タクは強い。
だが限界がある。
一発。
二発。
三発。
タクの体に、鈍い音が響き始める。
誠司は、ただ見ていた。
地面に倒れるタクを。男たちの笑い声を。
胸の奥が軋んだ。
嫌な感覚だった。
呼吸が乱れる。
わずかな魔力がざわつく。
なぜだ。
理解できない。
前世なら興味もないこと。
弱者が倒れようが知ったことではない。
なのに。
目の前の光景が不快だった。
酷く。酷く不快だった。
組長の声が蘇る。
『弱い奴を守るもんだ』
意味は分からない。
今も…。
だが。
男たちを見ていると。
妙に腹が立ってきた。
誠司は一歩前に出る。
男たちが振り向いた。
誠司の纏う空気が変わっていく。
男たちの笑いが、余裕が消えていく。
誠司は自分でも分かっていた。
怒っている。
他者のために心の底から、怒っている。
そして、その感情が、どこか心地良かった。
口元が歪む。
笑っていた。
魔王の笑みだった。
「面白いじゃないか」
その声に。
男たちは本能で悟った。
自分たちは今。
絶対に怒らせてはいけないものを怒らせたのだと。




