第4話 魔王、強さを知る
病院からの帰り道。
商店街から少し外れた路地を、誠司はタクの後ろを歩いていた。
人の流れ。
俯きながら歩く会社員。
スマートフォンを睨みつける女子高生。
友人と笑いながらも、どこか目の笑っていない学生。
それらを無言で観察している。
⸻
「あの、若頭」
タクが振り返る。
「何だ」
「さっきから人の顔ばっか見てますよね」
「ああ」
「誰か探してるんすか」
⸻
誠司は少し考えた。
(食料はある)
(住む場所もある)
(魔物もいない)
(戦闘も見当たらん)
「なあ、タク。この世界は“平和”だと言ったな。」
「なぜ、奴らは辛そうな顔をしているのだ?」
タクは頭をかいた。
「いやぁ……」
しばらく考え込む。
「仕事とか、勉強とかっすかね」
「仕事?」
「みんな、生きるために働いているんすよ」
「働かなければ死ぬのか?」
「いや、そういう訳じゃないんすけど」
誠司の眉がわずかに動く。
「死なないのに苦しむのか」
「まあ……そういう奴らは多いんじゃないっすかね」
誠司は黙った。
⸻
理解できない。前世では単純だった。
腹が減る。奪う。
敵が来る。倒す。
敗れれば、殺され、奪われる。
苦しみには理由があった。
だが、この世界の人族は違う。
理由が見えない。
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その時だった。
路地の奥から怒鳴り声が聞こえた。
タクが眉をひそめる。
「げっ」
高校生くらいの少年が、三人組の不良グループに囲まれている。
財布を握りしめている。
逃げ場はない。
「だから全部出せって言ってんだろ!」
少年の顔は青ざめていた。
タクはため息を吐く。
「若頭、ちょっと行ってきます」
誠司も後ろから付いていく。
「おい」
タクが声を掛ける。
三人が振り返った。
「あ?」
「何だよ」
その中の一人がタクを見るなり顔色を変えた。
「あっ……タクさん」
空気が変わる。
高校生も不良も驚いた。
「何してんだ」
タクが静かに聞く。
「いや、その……」
「遊んでただけっす」
タクはため息を吐く。
「そう見えるか?」
男は視線を逸らした。
「帰れ」
タクが言う。
「はい……」
「少年、お前も気を付けろよ」
少年はお礼もせずに走り去り、不良グループの二人は慌てて去ろうとする。
しかし、リーダー格の鋭い目の男は動かなかった。
妙に落ち着いている。
男はタクを睨む。
「関係ねえだろ」
「何がだ」
「アンタが強いのは知ってる」
「だから?」
男は舌打ちした。
空気が張り詰める。
仲間の二人が青ざめる。
タクは怒らなかった。
「お前らだって同じことしてんだろ、何で止めるんだよ」
「そうかもな」
タクは少し考える。
「ただ、嫌なんだよ」
「は?」
「弱い奴から取るのが嫌いなんだよ」
男は鼻で笑った。
「綺麗事か」
「そうかもな」
タクは肩をすくめた。
「でも強い奴ってのはさ」
「取る側じゃなくて止める側でいた方が楽しんだよ」
男の目が細くなる。
「意味分かんねぇ」
「だろうな」
タクは笑った。
「だからお前はまだ弱いんだ」
男の拳が震える。
しかし、手は出せない。
やがて、男は舌打ちして背を向けると
「……覚えとくわ」
不良グループは去っていった。
その時、何か黒いものが男の足元で揺れた気がした。
誠司だけがそれを見ていた。
「ちょっと組長っぽかったすかね」
タクが言う。
二人は再び歩き出す。
しばらくして、誠司が口を開いた。
「なぜ殴らなかった」
「え?」
「従わせる方が早い」
「そっすかね?うちの組って、いつもこんな感じじゃないっすかね」
タクを見る。
「力は相手を潰すためにあるんじゃない」
「?」
「相手が自分で考える時間を作るために使うんだって、いつも組長が言ってますよ」
誠司は黙る。
タクは続ける。
「怖がらせて終わりなんて、簡単っすからね」
「変わると思うのか」
「さあ?」
「分からんのか」
「分からないっす」
誠司が眉をひそめる。
「分からないのに放置するのか」
タクは笑った。
「だから待つんすよ」
「待つ?」
「変わる奴もいるし、変わらない奴もいるっす」
「でも、自分で決めたことじゃないと意味ないじゃないっすか」
⸻
誠司は先ほどの男を思い出す。
怒り。
反発。
嫉妬。
劣等感。
あれほど黒い感情を抱いていたのに。
タクは潰さなかった。
消そうともしなかった。
変わる可能性だけを残した。
誠司には理解できなかった。
理解できないのに。
なぜか目が離せない。
妙に興味を引かれた。
前世なら斬る。
従わせる。
幽閉する。
それで、終わりだった。
だが、この世界の人間は違う。
黒を認めたまま生きる。
そして、変わろうとする。
誠司は空を見上げた。
夕焼けが滲んでいた。
「理解できん」
タクが振り返る。
「何がっすか?」
誠司は小さく笑う。
「人間は――」
少し考える。
「面白い」
「だから、何がっすかー!」




