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果てしない海 ~終焉の魔眼と真理の瞳~  作者: kooy
第2章 この世界の闇

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第40話 おんぶ

涼から、誠司の腕が離れる。

その瞬間、涼の身体は糸が切れた人形のように前へ倒れた。


「涼!」

蒼真は咄嗟にその身体を抱き止める。

軽かった。

あまりにも軽い。

「おい!」

「しっかりしろ!」

返事はない。


しかし、先ほどまで苦しみに歪んでいた表情は少しだけ穏やかになっていた。


「大丈夫……?」

ヒナと琴音も駆け寄る。

ヒナはしゃがみ込み、涼の頬へそっと手を添えた。

「リョー……」

弱々しく肩が上下している。

呼吸は荒く、額には大粒の汗が浮かんでいる。

それでも呼吸はしっかりしていた。

「よかった……」

まるで長い悪夢から解放されたように、静かな顔だった。


誠司はその様子を見下ろしていた。


すると。

「きゃあっ!」

突然、琴音の悲鳴が響いた。


「え?」


振り向くと、そこには。

力なく座り込んでいた橋本が、琴音へしがみついていた。


「琴音ちゃん……」

涙を流しながら震えている。

「ぼ、僕の琴音ちゃん……」


「ちょ、ちょっと!」

琴音の顔がみるみる青ざめた。

「離れてください!」


しかし、橋本は離さない。

「もうどこにも行かないで……」

「僕は君のためなら何でも___」


パシィィィーーーーン!!

乾いた音が辺りへ響いた。

橋本の顔が勢いよく横へ弾かれる。


「……え?」

橋本自身は理解できていない。


琴音は橋本を見下ろしていた。

そして。

顔を真っ赤にしながら叫ぶ。

「気持ち悪いんだよ、橋本ーーー!!」

住宅街へ響き渡る大声だった。


「…………」

誰もが言葉を失った。


橋本が呆然と琴音を見つめた。

「こ……琴音ちゃん?」

「お、大人しい琴音ちゃんは……?どこに……?」


琴音は我に返る。

「えっ……あ……」


自分でも驚いているようだった。

耳まで真っ赤に染めながら両手で口を押さえる。

「ご、ごめんなさい……」

「つ、つい……」


その姿に、ヒナは思わず吹き出した。

「ぷっ……」

蒼真も肩を震わせる。

「ぶっ……」


張り詰めていた空気が、一瞬だけ和らいだ。

だが、その空気をさらに壊すように。


「ちわーっす!」

聞き慣れた軽い声が飛んできた。


全員が振り向く。

スーツ姿の青年が大きく手を振りながら近付いてくる。


「若頭ぁ!」

タクだった。

「ったく、速すぎるっすよ!」

肩で息をしながら誠司の隣まで走ってくる。


そして。

橋本の横で固まっている少女を見て首を傾げた。

「あれ?」

「琴音?」

琴音も目を丸くする。

「……お兄ちゃん?」

「…………」


一同の時間が止まる。


「えぇぇぇぇぇぇぇぇーーーっ!?」

見事に全員の声が重なった。


タクは何事もないように頭を掻く。

「あれ? あー、そう言うことっすか」

「あ、若頭」

「こいつ、俺の妹っす」


「そうか」

誠司は短く返事をした。

誠司は興味なく、視線は涼へ向いている。

まだ苦しそうに呼吸をしている。


一方。

ヒナは混乱したままだった。

「えっ?」

「兄妹って……本当の?」


「本当っすよ。」

タクは笑いながら琴音の頭を軽く撫でる。

「昔からこんな感じで。」

「ちょ、ちょっと!」

琴音は恥ずかしそうに兄の手を払い除ける。

「外でやめてよ……」

「はは。」

「でも琴音。」

タクは嬉しそうに笑った。


「外でもそんな大声出せるようになったんだな。」


琴音はさらに顔を赤くする。

「うぅ……」

「恥ずかしい……」


その様子を見たヒナは、どこか安心したように微笑んだ。


「それよりさ」

タクは橋本を指差した。

「もしかして、こいつか?」

「琴音の体操着盗んで、ずっと付きまとってたヤツって」


琴音は小さく頷く。

「……うん。

「そうか」

タクは橋本を見下ろした。


橋本は地面へ膝をついたまま、虚ろな瞳で呟いている。

「僕の……琴音ちゃん……」

「どこへ行ったんだ……」


その姿を見たタクは顔をしかめた。

「うわぁ……、気持ち悪ぃ」

橋本には聞こえていない。

「若頭!」

タクは誠司へ振り返る。

「こんなヤツ、警察へ渡したって、また同じこと繰り返すだけっすから」

「うちの組で預かってもいいっすか?」


誠司は橋本を一瞥する。

そして短く答えた。

「ああ。好きにしろ」


それだけだった。

橋本がどうなるか。

そんなことには興味がない。

今、誠司の意識は別のところにあった。

『水瀬涼』

その少女だけだった。

(やはり)

(余の力を満たす存在)

胸の奥底で漆黒の渦が静かに脈打つ。

先ほど流れ込んできた負の力。

それはすでに自分の力へと変わり始めていた。

今まで感じたことのない充足感。

身体の隅々まで力が巡っていく。


だが。

それ以上に気になっていた。

この少女との出会いが、偶然とは思えなかった。


「若頭?」

タクが首を傾げる。

「聞いてます?」


「ああ」

誠司は短く返す。

返事はしたが、意識は完全に涼へ向いている。


その様子を見たタクは肩をすくめた。

「若頭、完全に上の空っすね」


その時だった。

「あの……」

近くから女性の声が聞こえた。

「大丈夫ですか?」

気付けば、いつの間にか数人の通行人が立ち止まっていた。

「叫び声が聞こえたけど……」

「誰か倒れてるぞ。」

「救急車呼んだ方がいいんじゃない?」

ざわざわと人が集まり始める。


タクは周囲を見回し、小さく舌打ちした。

「まずいっすね」

「人が集まってきた」


琴音は両手で顔を覆う。

「お兄ちゃん……」

「恥ずかしいよぉ……」


「悪い悪い」

タクは頭を掻いた。

「とりあえず場所変えよう」


ヒナも頷く。

「そうだね」

「ここにいたら説明も大変だし」


蒼真は横になっている涼を見る。

「でも涼は……」

まだ息が荒い。

一人で歩ける状態ではない。


その時。

涼がゆっくりと瞼を開いた。

苦しそうに呼吸を繰り返しながら、小さく呟く。

「……誠司。」


全員の視線が集まる。


「ボクを……」

「背負ってくれないか。」


その一言に。

場の空気が、一瞬止まった。


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