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果てしない海 ~終焉の魔眼と真理の瞳~  作者: kooy
第2章 この世界の闇

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第41話 勇者と魔王

「……誠司」

涼は浅い呼吸を繰り返しながら、小さく呟いた。

「ボクを……背負ってくれないか」


その一言に、その場の空気が止まる。


「え?」

蒼真が思わず声を漏らした。

「涼、俺が__」


言い終える前に、タクが慌てて割って入って来た。

「ちょ、ちょっと待って!」

「若頭にそんなこと頼んじゃ駄目っすよ!」

「普通、おんぶなんて頼める相手じゃないっすから!」


ヒナも誠司を見る。

確かに威圧感はある。

初対面なら、声を掛けるだけでも緊張する相手だ。


だが。

誠司は眉一つ動かさなかった。

「ああ」

ただ一言だけ答える。

「その程度、容易いことだ」

自然な足取りで涼の前まで歩くと、何の迷いもなく背中を向けた。


そして。

片膝を地面につく。

「乗れ」

その声には命令でも威圧でもなく、ごく自然な優しさがあった。


「えぇぇぇっ!?」

タクが大きく目を見開く。

「若頭がおんぶっすか!?」

「今日、槍でも降るんじゃないっすか!?」


誠司は反応しない。

涼は小さく息を整えると、ゆっくり身体を起こした。

まだ力は戻っていない。

ふらつく身体を支えながら、一歩ずつ誠司へ近付く。


「リョー」

ヒナが心配そうに手を伸ばす。

「大丈夫?」


涼は小さく笑った。

「うん」

「少し休めば、大丈夫だから」

その笑顔はいつもの優しい笑顔だった。

しかし、その顔色はまだ青白い。


涼はそっと誠司の肩へ手を置いた。

その瞬間だった。

(……やっぱり)

身体の奥に残っていた黒が動き出す。

橋本から吸収した負の感情。

苦しみ。

孤独。

絶望。

その残滓が、まるで居場所を見つけたかのように、誠司へ流れ始めた。

ゆっくりと。

しかし確実に。

黒は涼の身体を離れ、誠司の中へ吸い込まれていく。

(この人なら……。)

(受け止められる。)

涼は静かに目を閉じた。


一方。

誠司も同じことを感じていた。

(やはり……)

(余の力を満たす存在)

流れ込んでくる負の力は、少しも苦しくない。

むしろ乾いた大地へ雨が染み込むように、自分の力へと変わっていく。

魔王だった頃も、このような感覚を覚えたことはなかった。

(不思議だ)

(少女に触れると、力が満ちていくとは……)

誠司は静かに立ち上がる。

背中の少女は驚くほど軽かった。


「じゃあ……」

ヒナは周囲を見回した。

「とりあえず、琴音ちゃんを家まで送ろう」

「うん」

琴音も頷く。


蒼真は少しだけ悔しそうな顔をしていた。

「……何で俺じゃないんだよ」

「え?」

ヒナが苦笑する。

「だってリョーが『誠司』って言ったじゃん」

「それでもさぁ……」

蒼真は納得できないまま頭を掻いた。


その様子を見たタクは吹き出す。

「少年」

「諦めろ!」

「若頭に勝てる男なんて、この世にいねぇから」

「そんの、勝負してねぇ!」

蒼真は即座に言い返した。


そのやり取りを背中で聞きながら、誠司は静かに歩き始める。

そして。

誰にも聞こえないほど小さな声で、背中の少女へ問い掛けた。

「貴様は……何者だ」


その一言に。

涼はゆっくりと目を開いた。

勇(・)者(・)と魔(・)王(・)。

二人だけに聞こえる会話が、静かに始まろうとしていた。



夕暮れの住宅街。


先を歩くヒナと琴音。

少し後ろでは、橋本を支えながら歩く蒼真とタクが何やら言い合っている。

その少し後方。

誠司と、その背には涼がいた。


「……何者だ」

誠司の低い声が静かに響く。

涼はその問いに、問いで返した。

「魔王よ」


誠司の足が、わずかに止まる。

「……何だと」

「君は、魔王だろ」


誠司はゆっくりと息を吐く。

胸の奥で、何かが反応した。

忘れたはずの記憶。

消えたはずの魔王としての本能。

そのすべてが、その一言で静かに目を覚ましていく。

「貴様……。何者だ!」

今度は先ほどよりも低く、ドスの効いた声だった。


涼は静かに答える。

「ボクは勇者リョウ」

「君を倒すため、仲間と共に魔王城まで辿り着いた勇者だ」

敵意はない。

恨みもない。

ただ事実だけを語る穏やかな声だった。


誠司は黙ったまま歩き続ける。

『勇者』

その言葉だけで、身体が一瞬強張る。

だが、それもすぐに解けていった。

不思議だった。

怒りもない。

屈辱もない。

あるのは納得だけだった。


「……そうか」

誠司は小さく笑う。

「涼よ。お前が勇者か」

「あの時、余の前に立ち」

「余が敗北を認めた唯一の存在」


その言葉に、涼も静かに微笑んだ。

「覚えていたんだね」

「ああ、はっきり覚えているぞ。それより今は、お前の存在の方が気になっていた」

涼に触れた時、

力が満ちた。

傷が癒えた。

説明できなかった現象。

その答えが今、ようやく一つに繋がった。


「なるほど」

「だから余は、お前に惹かれていたのか」

「これも因果というものだろう」


涼は小さく空を見上げた。

夕焼けが少しずつ藍色へ変わり始めている。

「不思議だね」

「前世では命を懸けて戦った相手なのに」

「今のボクは、君を宿敵だとは思えない」


「俺もだ」

誠司は即座に答えた。

「憎しみなど湧かぬ」

「むしろ」

少しだけ笑う。

「背負っていて心地良い」


涼も思わず笑ってしまう。

「魔王にそんなことを言われるとはね」


少しだけ沈黙が流れた。

その静かな時間の中で、涼は尋ねる。

「魔王」

「いや。御堂誠司!」

「君の目的は何だ!」


誠司は少しだけ考える。

前世なら即答していただろう。

『世界を支配する』

それが魔王だった。


しかし。

今は違う。

「余は魔王だ」

「この世界を統べることも考えた」

そして静かに笑った。

「勇者よ」

「笑うなら笑えばいい」

「今の余は……」

「仲間という存在に興味がある」

「そして、それを奪うものが許せない」

「そして、守るために戦うことを選ぶだろう」

誠司は笑っていた。


それは。

前世の魔王には決して存在しなかった、人間らしい笑顔だった。

涼はその横顔を見つめ、小さく頷く。

「ボクも同じだ」

「人を救うために戦っている」

「だから」

「君が本当に守るために戦うというのなら」

「ボクたちは、もう敵じゃないのかもしれないね」


誠司は何も答えなかった。

そして、

その沈黙こそが答えだった。


勇者と魔王。

かつて世界の命運を懸けて剣を交えた二人は、前世とはまったく違う形で、再び出会った。

だが、この時の二人はまだ知らない。

この再会が、世界の理を大きく変えていく最初の一歩になることを。


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