第33話 (黒い獣)感じる女子高校生
翌日、休み時間の教室。
「リョー!」
ヒナは満面の笑みで、手を振りながら涼の机へ近寄ってくる。
「聞いて聞いて! 昨日ね、お母さんに『転生』って知ってるって話したらさ」
「え、……話したの?」
「うん!」
嫌な予感しかしない。
「そしたらね、『また変な動画でも見たの?』って言われちゃった!」
「それは正しい反応だと思う」
「えー!」
ヒナは頬を膨らませる。
「本当なのに!」
「信じてもらえないから言わない方がいいよ」
「でも、リョーが、勇者で超能力者だって、すごいことでしょ」
「だから伝わらないって」
二人のやり取りに、近くのクラスメイトがくすりと笑った。
その空気に、涼も小さく笑みを浮かべる。
こんな何気ない朝が、少しだけ心地良かった。
◇
放課後、涼とヒナは、インターアクトクラブの部室へ向かっていた。
「莉乃ちゃんから、『放課後に話がある』って珍しいね」
ヒナが首を傾げる。
「そうだね。何かあったのかもしれない」
涼も少し気になっていた。
部室の扉を開けると、すでに莉乃、音羽、琴音が中にいた。
「こんにちは」
「こんにちは!」
涼とヒナが挨拶すると、三人も笑顔で返す。
だが、その笑顔の中で、琴音だけはどこか落ち着かない様子だった。
椅子に座っていても、時折部屋の入口へ視線を向けている。
⸻
「文化祭まで、あと一か月くらいですね、ね」
顧問の佐伯由香が、資料をめくりながら言う。
部活では、文化祭の参加で何をやるか話し合われた。
話し合いに区切りがつき、佐伯先生は職員室へ戻って行った。
⸻
「……実は、琴音のことで相談があるの」
その莉乃の言葉に、部室の空気が少しだけ重くなる。
「琴音ちゃん?」
ヒナも心配そうに顔を向けた。
琴音は少し俯いたまま、小さく頷く。
涼は琴音を見つめた。
(黒は……見えない)
少なくとも今、この場に強い闇は存在していない。
それでも。
琴音からは、何かに怯えている気配だけが伝わってきた。
「橋本先生のこと、覚えてますか?」
「うん」
涼は静かに答えた。
元数学教師、橋本。
体操着盗難事件の犯人であり、琴音へ異常な執着を見せていた男だ。
あの事件以来、学校へ姿を見せることはなかった。
……終わったと、そう思っていた。
「警察には相談してるの。でも……」
莉乃は言葉を選ぶように間を置いた。
「最近また、琴音が『橋本先生が近くにいる気がする』って言い始めたの」
「え?」
ヒナは思わず声を漏らす。
「警察にも、そのことは伝えてあるわ。でも実際には姿も見つからないし、証拠もないから……」
そこまで話すと、莉乃は困ったように微笑んだ。
「私たちも最初は気のせいだと思ったの」
美羽が静かに口を開いた。
「でもね、よく当たるのよ」
「当る?」
「うん」
美羽は頷く。
「あの日も琴音が『近くにいる気がする』って言ったの。半信半疑だったけど、そのあと警察から『橋本がこの辺りに現れていた可能性がある』って連絡が来たのよ」
ヒナの表情が変わる。
「それって……」
「偶然かもしれない。でも」
莉乃が続ける。
「何度か同じようなことがあって……全部じゃないけど、後から考えると琴音の言っていた場所や時間と重なってることがあるの」
部室は静まり返った。
「琴音ちゃん……霊感とかあるの?」
ヒナは恐る恐る聞く。
琴音は少し困ったように笑った。
「私にもよく分からないんです。ただ……」
彼女は胸元を押さえる。
「近くにいると、胸が苦しくなるんです」
その声は震えていた。
「見えるわけじゃないんです。でも、何となく分かるというか……嫌な感じがして」
「昔からなの?」
ヒナが尋ねる。
琴音は少し考えてから頷いた。
「はい……」
「そう言うのあるんだね。」
ヒナは納得したように呟いた。
そして、涼は黙って琴音を見つめていた。
(やぱり……、この世界にもいんだな)
琴音は"見えている"わけではない。
だが、人の内側にある何かを、本能的に感じ取っている。
ボクが見える"白"や"黒"とは違う。
それでも、人には説明できない何かを感じる力があるのかもしれない。
「だからね」
莉乃が真剣な表情で涼を見る。
「涼なら、何か分かるんじゃないかと思って」
「ボク?」
莉乃は静かに続けた。
「あの日、階段で私を助けてくれたことも、橋本先生のことも……普通はできないって思ってる」
ヒナは苦笑しながら腕を組んだ。
「だから涼はね、超能力者なんだよ」
「超能力?」
美羽が首を傾げる。
「そう!」
ヒナは自信満々に胸を張った。
「本人は隠したがるけど、運動神経はすごいし、勘も鋭いし、何でもできるんだから!」
「ヒナ……」
涼は困ったように苦笑する。
もちろん、本当のこと分かってもらえない。
勇者だったことも、黒が見えることも。
それは誰にも理解できる話ではない。
だからこそ、涼は一つだけ頷いた。
「……分かった」
その一言に、琴音が顔を上げる。
「今日は、ボクと一緒に帰ろう」
「え……?」
「もし本当に橋本先生が近くにいるなら、ボクも確かめてみたい」
琴音は驚いたように目を見開いたあと、小さく頭を下げた。
「……ありがとうございます」
その笑顔は、少しだけ安心したように見えた。
しかし、そのとき。
涼だけは、胸の奥に小さな違和感を覚えていた。
(まだ何も感じない。でも……)
理由は分からない。
それでも、勇者として積み重ねてきた経験が、小さく警鐘を鳴らしていた。
______何かが、近づいている。




