第30話 (黒い鎖)共闘
「あー……」
タクは頭を掻いた。
「若頭」
「何だ」
「すみません」
タクは苦笑した。
「ドジ踏んだっす」
空き地には十人近い男たちがいた。
全員が黒崎組の人間だ。
金属バット。
鉄パイプ。
木刀。
それぞれ武器を持っている。
先ほど逃げていた高校生たちは、その後ろでニヤニヤと笑っていた。
「御堂誠司」
男の一人が前へ出る。
「今日はてめぇを潰しに来た」
「そうか」
誠司は平然としていた。
男は眉をひそめる。
「怖くねぇのか?」
「何がだ」
「囲まれてんだぞ」
誠司は周囲を見回した。
「多いな」
タクは頷く。
「十人くらいっすね」
「そんなものか」
「相変わらず若頭の基準、おかしっす」
黒崎組の男たちが苛立った。
「なめてんじゃねぇ!」
男が鉄パイプを振り上げる。
「やれ!」
戦いが始まった。
⸻
涼は少し離れた場所から様子を見ていた。
蒼真もヒナも、澪まで来てしまった。
目の前では黒崎組の男たちが一斉に誠司へ襲い掛かっていた。
(囲んで数で押す気か)
勇者だった頃、何度も見た陣形だった。
涼は周囲を見回す。
退路。
遮蔽物。
逃げ道。
そして蒼真たちとの距離。
(もしもの時は――)
⸻
だが。
強い。
やはり強かった。
鉄パイプが振り下ろされるが、
誠司はそれを片手で受け止めた。
そのまま男ごと投げ飛ばす。
別の男が殴り掛かるが、
逆に男の腹へ拳がめり込んだ。
そして男の身体がくの字に曲がる。
さらに後方から木刀。
誠司は振り向きもせず肘を振った。
男が吹き飛ぶ。
誰も近付けない。
誰も勝てない。
圧倒的だった。
そして。
涼には見えていた。
男たちの恐怖。
畏怖。
焦り。
戦意。
それらが黒となり。
誠司の中の漆黒の渦へ吸い込まれていく。
渦は少しずつ大きくなっていた。
だが。
あの日の魔物とは違う。
橋の下で見た暴走の気配はない。
漆黒の渦には白い蔦が絡み付いていた。
まるで暴れ出さないように。
守るように。
包み込むように。
(あれは何なんだ……)
涼には分からなかった。
⸻
その時だった。
涼は一人の男を見つめる。
黒い棘。
他の者たちとは違う。
鋭い。
異様なほど鋭い。
そして。
殺意。
勇者だった頃。
何度も感じた感覚。
人を殺そうとする意志。
その男はゆっくりと誠司の背後へ回り込んでいた。
右手を懐へ入れる。
取り出したのは。
拳銃だった。
涼の目が見開かれる。
「誠司!」
気付けば叫んでいた。
「後ろだ!」
誠司が振り向く。
パンッ!
乾いた音が響いた。
「きゃあああっ!」
ヒナの悲鳴。
誠司の身体が揺れる。
腹部から血が滲んでいた。
タクの顔色が変わる。
「若頭!」
だが男は止まらない。
拳銃を構えたまま近付く。
銃口が誠司の頭へ向けられた。
「悪く思うなよ」
男は笑う。
「組長がお前を邪魔だってよ」
殺意が膨れ上がる。
「死ね」
引き金が引かれる。
その瞬間だった。
拳銃が宙を舞った。
男が目を見開く。
「なっ!?」
涼の蹴りが男の手首を捉えていた。
拳銃は空中を回転しながら飛んでいく。
男は一瞬だけ固まる。
だが男は止まらない。
背中からドスを抜いた。
「ガキがぁ!」
鋭い刃が涼へ迫る。
涼は身体を捻ってかわす。
だが反撃できない。
今の涼には剣がない。
男はさらに踏み込んだ。
「死ね!」
その時だった。
ギリッ。
嫌な音が響く。
男の腕が止まっていた。
「な……」
男が目を見開く。
ドスの刃を。
誠司が素手で握り締めていた。
刃が掌へ食い込み血が流れる。
だが誠司は離さない。
「余の前で騒がしいな」
誠司は不機嫌そうに言った。
男がドスを引こうとする。
だが動かない。
まるで岩に挟まれたようだった。
その光景を見て。
涼は一瞬だけ思考が止まる。
(魔王が……)
前世で世界を滅ぼそうとした男。
何万人もの人間を殺した男。
その魔王が。
今。
自分を守っている。
(魔王が勇者を守った?)
⸻
黒い棘。
鋭い殺意。
涼はこの好機を逃さない
そして黒に干渉する。
黒い棘が軋む。
まるで砕けるように。
棘を形作っていた黒が溢れ出し、
ボクの身体に流れ込んでくる。
身体が重くなる。
頭が痛い。
視界が揺れる。
(くっ……)
その時だった。
肩に手が置かれる。
誠司だった。
偶然かもしれない。
だが。
その瞬間。
ボクの身体に溜まった黒が、
誠司へ流れ込んでいく。
涼は目を見開いた。
確かに見えた。
一方で誠司も異変を感じていた。
身体の奥から熱が湧き上がる。
力が満ちていく。
二人とも理由は分からない。
だが、何かが起きたことだけは理解していた。
⸻
誠司は感じる。
熱い。
力が身体を巡る。
溢れる。
満ちていく。
懐かしい感覚。
橋の下で感じたもの。
そして。
許せない。
この余の体に。
傷を付けたもの。
「おおおおおおおおお!」
誠司が吠えた。
ドスを持っている男の顔が引きつる。
「な、なんだ――」
言葉は最後まで続かなかった。
誠司の拳が腹へ突き刺さる。
次の瞬間。
男の身体が吹き飛んだ。
文字通り。
吹き飛んだ。
何十メートルも先まで。
地面を転がり。
壁へ激突する。
誰も動けなかった。
誰も理解できなかった。
ただ。
誠司だけが静かに立っていた。
腹から血も、
刃物が食い込んだはずの手の血も止まっていた。
そして、笑っていた。
⸻
「……は?」
蒼真は呆然としていた。
今、目の前で起きていることが理解できない。
涼が拳銃を蹴り飛ばした。
それだけでも異常だ。
なのに。
御堂誠司はもっと異常だった。
「え……怪我……」
ヒナも青ざめている。
腹を撃たれたはずだ。
なのに立っている。
いや。
むしろさっきより元気そうだった。
⸻
その後は一方的だった。
誠司が笑いながら黒崎組の男たちを吹き飛ばしていく。
誰も近付けない。
誰も止められない。
やがて。
遠くからサイレンが聞こえた。
タクが顔を上げる。
「若頭!」
「何だ!」
「そろそろヤバいっす!」
誠司は少し不満そうだったが。
「そうか」
「帰るっす!」
タクは安堵した。
『逃げる』なんて言えない。
そして、タクは涼たちへ振り返り、
「君たちも早く帰った方がいい」
そう言うと、
高校生たちはその場を後にした。
タクはそれを見届けてからその場を後にした。
パトカーのサイレンが近付いてくる。




