第19話 証拠
夜乃は機嫌が良かった。
店のカウンターでワイングラスを傾けながら、妖艶な笑みを浮かべる。
年末。
勇者を潰すために蒔いた小さな闇。
あれは順調に育った。
いや、順調どころではない。
最後には、かつて魔王軍の末端にいた魔物に匹敵するほどの大きさにまで成長していた。
それなのに。
突然、弱り始めた。
なぜ。
勇者は病院に運ばれていたはずだ。
あの状態から駆け付けているはずがない。
だが違った。
そして夜乃は感じた。
あの覇気を。
あの圧倒的な存在感を。
魔王の気配を。
「ああ……」
夜乃は頬を染める。
「魔王さま……」
私の育てた闇は消えた。
違う。
消えたのではない。
吸収されたのだ。
魔王に。
それは夜乃にとって失敗ではない。
成功。むしろ歓喜だった。
私が育てた闇が魔王の糧となった。
それだけで幸福だった。
⸻
カラン。
店の扉が開いた。
「あら、村上先生。お久しぶりね」
「夜乃ちゃん、酷いなぁ。二日前にも来たじゃないか」
夜乃は笑った。
「そうだったかしら?」
「そうだよ!」
落ち込んだ様子だった村上は、すでに笑顔になっていた。
夜乃は首を傾げる。
(おかしい)
この男は孤独だ。
「先生は本当に頑張り屋さんね」
「そうかなぁ」
「私はいつでも先生の味方よ」
夜乃はそっと村上の腕に身体を寄せる。
「生徒さん達が先生の素晴らしさを分からないだけよ」
「夜乃ちゃん……」
村上の顔が緩む。
⸻
三学期が始まった。
放課後。
インターアクトクラブの部室。
「いやいやいや!」
ヒナが机を叩いた。
「全治三ヶ月だったんでしょ!?」
「だったぞ」
「なんで普通に学校来てるの!?」
「気合だ!」
「気合じゃない!」
蒼真は苦笑する。
年末の事件で負った怪我は、本来ならまだ治るはずがなかった。
しかし本人は平然としている。
涼はそんな様子を見ながら思う。
平和だ。
とても平和だ。
前世では考えられないほどに。
その時だった。
部室の扉が開く。
莉乃たちが入ってきた。
「涼。少し相談があるんだけど」
普段より表情が硬い。
その後ろには、一人の女子生徒がいた。
藤崎琴音。
おとなしい性格で、莉乃たちとよく行動している生徒だった。
「体操着が無くなるの」
莉乃が言う。
「最初は勘違いだと思った。でも違うの」
琴音が小さな声で言う。
「また無くなったんです……」
その目には涙が浮かんでいた。
涼は感じる。
琴音の白い灯火が揺れている。
不安。
恐怖。
怯え。
そんな感情が混ざっていた。
「村上先生が怪しいんじゃないかって」
莉乃が言った。
「でも証拠がないの」
話し合いが続く。
決定的な方法が見つからないまま、話し合いは続いていた。
その時。
蒼真が口を挟んだ。
「GPS入れれば?」
全員が蒼真を見る。
「俺、財布よく落とすからさ」
「威張ることじゃないよね?」
「だから発信機入れてる」
部室が静かになる。
数秒後。
「それだ」
涼以外の全員が頷いた。
「GPS?」
⸻
数日後。
蒼真から連絡が入った。
GPSが動いた。
⸻
駅前の人通りはまだ多かった。
仕事帰りの会社員。
買い物帰りの主婦。
制服姿の学生。
涼たちの通う学校の教師。




