第17話 魔物
騒ぎが落ち着いた頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
警察。
救急車。
事情聴取。
参加者たちは帰宅していった。
「涼ー」
振り向くとヒナが怪我をしてる蒼真に手をかしていた。
「ごめん、蒼真を病院へ連れて行くね」
「うん」
「俺は大丈夫だ!」
そう言う蒼真を救急隊員が救急車に押し込む。
その介添えのためヒナも一緒に救急車に乗った
しかし、涼はそんな蒼真よりも。
あの男。
右拳に包帯を巻いた男。
黒い棘を身に纏った男のことが気になっていた。
今まで見たことがないほど濃くて大きな黒だった。
「どうしたのね?」
顧問の佐伯は遠くを見ている涼に声を掛けた。
「なんでもないです。先生、私。先に帰ります」
そう言って歩き出す。
胸騒ぎが消えなかった。
佐伯は涼の行動が気になったが、
警察に情報提供をしている莉乃たちのもとへ向かった。
⸻
それから一時間ほど経った、御堂組事務所では。
組長の御堂恒一朗が静かに今日の出来事を話していた。
組員たちの表情は険しい。
「最近では珍しいな」
「ああ」
組員たちが呟く。
そして恒一朗が全員に言った
「住民が安心して暮らせるように、警戒してほしい。」
その時だった。
組長の息子の誠司が立ち上がる。
「ならば今すぐ見回りをすべきだ」
組員たちが視線を向ける。
「何かあれば俺に連絡をしろ」
静かな声だった。
だが不思議と逆らえない。
最近の誠司は変わった。
以前より落ち着き。
以前より頼もしい。
そして以前より少し怖ろしい。
タクは思った。
(若頭、格好いいな)
同時に別のことも思う。
(そういえば、あのとき刃物を握りつぶしたはずだけど)
以前の事件で刃物が貫いたはずの手。
なんの問題なく動いている。
不思議だった。
だが本人も気付いていないので聞きづらかった。
⸻
その夜。
誠司とタクは一緒に巡回していた。
「若頭っ」
「なんだ」
「最近、変わったすよね」
「そうか?」
「なんかこう……」
タクは悩む。
「強くなったっす」
誠司は少し考えた。
そして答えた。
「元々強いが」
「それもそうっすね」
タクは納得した。
⸻
その時だった。
組員から連絡が入る。
『河川敷の橋の下で怒鳴り声が聞こえる』という情報。
誠司の目が細くなる。
「場所は」
『ばてれん橋の下です』
「分かった」
タクは通話を切る。
「若頭?」
「行くぞ!」
誠司は走り出した。
「タク、他の者には近付くなと伝えろ!」
「了解っす!」
⸻
同じ頃。
涼もあの男を捜して歩いていた。
街が騒がしい。
普段とは違う。
ざわざわしている。
人の不安。
警戒。
恐怖。
そんな空気が流れている。
そして聞こえた。
「御堂組の人たちが街を巡回しているんだって」
「橋の方で何かあったみたい」
涼は顔を向けた。
橋。
嫌な予感がした。
⸻
河川敷。
橋の下。
涼が到着する。
途中、御堂組の人たちがいたがすり抜けた。
そして。
そこには男たちが集まっていた。
中心にいるのはあの男。
右拳に包帯を巻いた男だった。
黒い棘が増えている。
朝よりも。
昼よりも。
さらに大きく。
さらに濃く。
涼はゆっくり近付いた。
男たちが気付く。
「なんだ?」
「女子高生?」
「は?」
男たちは卑猥な笑みを浮かべる。
だが涼は止まらない。
真っ直ぐ歩く。
そして男の前まで来た。
「大丈夫?」
涼は聞いた。
「はあ?」
男は首を傾げる。
そして、引きつっり笑う。
「ははは」
肩が震える。
しかし、目は笑っていない。
「お嬢ちゃん」
男は顔を上げる。
「俺たちは今な」
「すげー、むしゃくしゃしてんだよ」
男は叫ぶ。
「全部ぶっ壊したいくらいになぁ!」
男たちも笑っていた。
異様だった。
涼は男の黒い棘を見る。
増えている。
黒が膨らみ続けている。
「そうか」
涼は頷いた。
「それは良くないね」
男の顔が引き攣る。
その時だった。
男の視線が箒へ向く。
清掃活動の時から持ったままの箒。
「あ?」
男の目が細くなる。
「その箒」
空気が変わる。
「お前、御堂と関係あるのか?」
⸻
その瞬間。
「貴様ら!」
誠司だった。
タクもいる。
二人は目を見開いた。
女子高生が囲まれている。
誠司の中で何かがキレれた。
弱者を囲む強者。
理不尽。
卑劣。
それを許せない。
理由は分からない。
だが無性に腹が立った。
「若頭!」
タクが叫ぶ。
「俺も手伝うっす!」
誠司は地面を蹴った。
男たちへ突っ込む。
乱闘が始まった。
男たちが誠司に殴りかかる。
誠司はそれをさけると反撃。
男が吹き飛ぶ。
橋脚に激突。
コンクリートにひびが入った。
涼は目を見開く。
速い。そして強い。
普通の人間ではない。
男たちは次々吹き飛ぶ。
タクも強い。
だが。
誠司はさらに強かった。
「なるほど」
涼は呟く。
「この世界には強い人間がいるのだな」
⸻
そして乱闘の激しさが増していくなか。
中心にいた黒い棘を纏った男。
笑っていた。
「はは」
「ははは」
「ははははは!」
黒が膨らむ。
棘が増える。
空気が重くなる。
誠司の動きが止まった。
「なんだ……これは」
魔王だった頃。
知っている。
負の感情。
怨念。
憎悪。
嫉妬。
それらが凝縮されている。
「まさか」
誠司の目が見開かれる。
その男が地面を蹴った。
次の瞬間。
ドゴォッ!
誠司の身体が吹き飛んだ。
橋脚へ叩き付けられる。
タクの顔色が変わる。
「若頭!?」
誠司自身も驚いていた。
魔王だった自分なら問題なかった。
だが今の器では。
この黒に押しつぶされる。
男は笑う。
もはや人間の顔ではなかった。
「気持ちいい」
「気持ちいいぞ!」
「全部ぶっ壊す!」
黒い棘が蠢く。
異形だった。
⸻
タクは震えていた。
本能が危険だと叫んでいる。
それでも前へ出た。
誠司を守るように。
誠司の前へ立つ。
「若頭には手を出させねぇ」
「タク!」
誠司が叫ぶ。
「どけ!」
だがタクは退かない。
男は笑った。
そして詰めより拳を振り上げる。
その瞳は完全に壊れていた。
「死ねー!」
拳が振り下ろされる。
タクは歯を食いしばった。
「助けられない」
間に合わない。
そう思った。
その瞬間。
誠司の視界の端に。
箒を持った女子高生が飛び込んで来る姿が見えた。
⸻
涼から見てそれは前世で見た魔物だった。
その魔物が人間を襲う。
涼はこの身体の弱さを知っている。
しかし。
涼は魔物の前に飛び込んだ。
持っていた箒でその腕をいなそうとした。
しかし。
箒は破裂するように吹き飛んだ。
その勢いは止まらず、
そのまま涼の身体めがけて迫ってくる。
涼は腕を、身体をとっさに動かし抵抗しようとした。
しかし。
涼のその軽い身体は、
大きく宙を舞い勢いよく吹き飛ばされた。
そして。




