第14話 (黒い荊)ライバル
廊下に貼られた、2学期期末考査の学年順位表を見た瞬間。
白石莉乃は固まった。
二十三位。
何度見ても変わらない。
間違いなく自分の順位だった。
塾の予想問題。
重点範囲。
教師の出題傾向。
全部調べた。
全部やった。
それなのに。
順位は落ちた。
そして。
莉乃の視線は、ある名前で止まる。
『七位 水瀬涼』
「なんでよ……」
思わず呟いた。
最近の涼は何か変わった。おかしい。
授業中は誰よりも質問をする。
教師にも気に入られている。
運動もできる。
しかも。
神宮寺蒼真まで、最近は涼ばかり見ている。
腹立たしかった。
(どうして!? どうしてあの子ばかり)
⸻
教室の窓の外。
黒い髪の女が立っていた。
誰も気付かない。
ただ一人。
夜乃だけが微笑んでいた。
⸻
翌朝。
涼が教室へ入ると、教室がざわついた。
机を見る。
大きな文字が書かれていた。
『消えろ』
『調子に乗るな』
『うざい』
そして、いつものように隣のクラスからヒナがやって来た。
「ひど……、誰がやったの?」
涼は首を傾げた。
「涼、どうしたの?」
「難易度が上がったな」
「は?」
クラス全員が振り返る。
「最近の依頼は文章が短い」
「依頼じゃないからね!涼っ」
「解読が必要だ」
「だから違うよぉ!」
教室に笑いが広がった。
空気はすぐに明るくなる。
だが。
教室の一角だけは違った。
莉乃は黙ってその様子を見ていた。
机の下で拳を握る。
(どうして、どうしてそんな反応になるの?)
(もっと困ればいいのに)
そう思った。
涼は少しも傷付いていなかった。
むしろ、教室の空気は和らいでいる。
莉乃の胸の奥で黒い荊が軋んだ。
その隣で。
小坂美羽が心配そうな顔をしていた。
「莉乃……」
小さく声を掛ける。
莉乃の肩が僅かに震える。
「何?」
「いや……」
美羽は無理に笑う。
「何でもない」
莉乃は、ただ前を見ていた。
そこには。
クラスメイトたちに囲まれながら首を傾げている涼の姿があった。
⸻
次の日、涼の教科書を隠した。
莉乃は少し期待した。
しかし。
「涼、教科書忘れたのか?」
男子が机を寄せる。
「見せてやるよ」
「私もいいよ」
誰も躊躇しなかった。誰もが涼に寛容だった。
涼は頷く。
「ありがとう」
問題は解決した。
終わりだった。
⸻
さらに翌日。
授業中。
教師が教科書を開かせようとしていた。
「水瀬、教科書は?」
「ありません」
「忘れたのか?」
涼は少し考えた。
「そうかもしれません」
教師はため息をつく。
「珍しいな」
そう言って職員室へ向かい、予備の教科書を持って戻ってきた。
「ほら」
「ありがとう」
「次から気を付けろ」
その時だった。
蒼真が後ろから口を開く。
「先生、それ絶対、誰かが隠しただけですよ」
教室が少しざわつく。
教師は苦笑した。
「かもしれんが、水瀬だからな」
「それ、どういう意味です?」
「また『クエスト発生!』。なんて言うんじゃないか」
教室から笑いが漏れる。
蒼真も肩をすくめた。
「まぁ、それはあり得ますが」
涼は首を傾げた。
「これは、クエストなのですか?」
「自覚なしかよ」
蒼真のツッコミに、さらに笑いが広がった。
教室の後ろ。
莉乃は机を握りしめていた。
(なんでよ……)
そして、莉乃の中で何かが軋む。
おかしい。
全部おかしい。
どうして。
どうして。
どうして。
黒い荊が身体に絡み付いていた。
腕。
首。
胸。
鋭い棘を持つ黒。
嫉妬。
劣等感。
執着。
それらが形になっていた。
⸻
放課後。
涼はいつものようにヒナと帰宅するため、廊下を歩き、階段へと向かった。
涼の後ろから黒い気配が近付いている。
そして、涼はその時を待っていた。
莉乃は走る。
頭の中は真っ黒だった。
全部。
全部あいつのせいだ。
蒼真も。
順位も。
みんなも。
全部。全部……。全部!
校舎には、まだたくさんの生徒が残っている。
階段の途中に、涼の背中が見えた。
荊は限界まで膨れ上がっていた。
あと少し。
あと少しで触れられる。
手を伸ばす。
押せば終わる。
そう思った。
そのとき、誰かが私の腕を掴んだ。
蒼真だった。
莉乃と涼の間へ割り込む。
「お前だったんだろ、全部さ」
涼は少し困った。
(今だったのだが……)
蒼真は知らない。
涼が荊へ干渉する瞬間を待っていたことを。
しかし、まあいい。
涼は少し莉乃に近づき、黒い荊へ触れた。
冷たい。
鋭い。
だが掴む。
引き剥がす。
一本。
また一本。
さらに一本。
荊が悲鳴を上げる。
莉乃の身体が震えた。
そして崩れるように座り込んだ。
「私……何して……」
涙が溢れる。
荊は消えていた。
⸻
校舎の外。
夜乃はその気配を感じていた。
莉乃という女子生徒から膨れ上がった闇が、小さくないく。
そして確信する。
やはり、神宮寺蒼真は勇者。
あの男が闇を消した。
間違いない。
夜乃は静かに笑った。
「見つけました。魔王さま」
⸻
莉乃は泣いていた。
「ごめんなさい……」
涼は少し考える。
そして、言った。
「莉乃」
「……」
「次も負けないよ」
莉乃は顔を上げた。
「え?」
「莉乃はいつも勉強を頑張っている、今回はたまたまだよ」
涼は真剣だった。
「だから、次も負けない」
しばらく沈黙が続く。
そして。
莉乃は呆れたように笑った。
涙を流しながら。
「バ、バカじゃないのぉ……」
「そうかな?」
「そうよ……」
涼は笑いながら言う。
「これからもよろしくね」
「……何をよ」
莉乃は涙を拭きながら言う。
涼は少し考え、答える。
「ライバルでしょ」
莉乃は呆れたように笑った。
「勝手に決めないで」
「そうなの?」
「そうよ」
それから涼は、思い出したように言った。
「あとさぁ」
「なによ……」
「教科書……」
莉乃の肩がびくりと震える。
「え?」
「まだ見つかっていないんだ」
真顔だった。
「返しておいてほしい」
莉乃は固まる。
(バレていた)
そう思った。
しかし。
涼は続ける。
「誰かが困っているかもしれない」
違った。
本当に違った。
この人は何もかも違う。
莉乃は額を押さえた。
「……分かったわよ」
「ありがとう」
涼は満足そうに頷く。
莉乃はもう泣いていない。
黒い荊も見えない。
前世で魔物と戦い続けた。
今は違う。
怒って。
悩んで。
苦しんで。
それでも前を向こうとしている。
それはきっと悪いことではない。
涼は静かに呟く。
「よかった」
「ねえ、知ってる?」
「え、何?」
「学校の校舎をすっごい綺麗な人が覗くいているんだって」
「あ!男子生徒が騒いでるのやつでしょ!」




