第13話 影、理解できない
夜乃は夜の街を歩いていた。
魔王さまの存在を感じたあの日から数日。
幸福だった。
世界は輝いて見えた。
だが。
一つだけ気になることがあった。
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消えている。
確かに消えていた。
男の闇が。
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あの日の客だった。
酒臭く。
傲慢で。
苛立ちを抱えていた男。
夜乃は覚えている。
男の中には小さな闇があった。
仕事への不満。
家庭への不満。
自分への不満。
夜乃はそれを少しだけ撫でた。
優しく。
丁寧に。
育てるように。
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男の闇は大きくなった。
怒りになった。
憎しみになった。
絶望になった。
美しかった。
人間が堕ちていく姿はいつ見ても美しい。
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なのに。
消えた。
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夜乃は立ち止まる。
あり得ない。
男が死んだのなら分かる。
闇の主が死ねば闇も消える。
当然だ。
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だが。
男は生きている。
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それが理解できなかった。
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夜乃は男を探した。
簡単だった。
名前も職場も知っている。
人間社会は便利だ。
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やがて辿り着く。
探していた男の家だ。
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夕暮れ。
庭先から笑い声が聞こえる。
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夜乃は塀の向こうを見る。
そして固まった。
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そこには。
男がいた。
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笑っていた。
娘もいた。
あの日。
父親を恐れていた少女。彩乃。
母親もいる。
三人とも笑っていた。
「お父さん、それ反則!」
彩乃が笑う。
男も笑う。
妻も笑う。
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幸せそうだった。
あり得ない。
夜乃は動けなかった。
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男の中にあった闇は消えていた。
綺麗に。
何も残さず。
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理解できない。
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人間は壊れる。
一度深く堕ちた人間は戻らない。
それが当然だった。
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なのに。
戻っている。
夜乃の指先が震えた。
恐怖ではない。
嫌悪だった。
理解できないものへの嫌悪。
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「……勇者」
自然と呟く。
本能が告げていた。
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勇者。
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魔王さまの敵。
自分が排除するべき存在。
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勇者がいるのなら。
魔王さまへ近付けてはいけない。
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夜乃は男を観察した。
数日。
静かに。
慎重に。
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男の闇は戻らない。
怒りも。
憎しみも。
絶望も。
どこにもなかった。
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そして三日目。
来客があった。
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夕方。
玄関のチャイムを押す。
訪れたのは男子高校生だった。
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「あ、蒼真くん!」
彩乃が嬉しそうに声を上げる。
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夜乃は少し離れた場所から見ていた。
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男子生徒は照れたように頭をかく。
「いや、ちょっと様子を見に来ただけだ」
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父親が現れる。
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「おう、蒼真くん」
「こんにちは」
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二人は少し話をしていた。
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「最近どうですか?」
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その言葉に夜乃は目を細める。
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確認している。
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まるで。
変化が元に戻っていないか確かめるように。
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父親は笑った。
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「大丈夫だ」
「家族に迷惑かけたことは忘れない」
「ちゃんとやり直してるよ」
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蒼真も安心したように笑う。
「それなら良かった」
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その瞬間。
夜乃の中で何かが繋がった。
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この少年だ。
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彩乃の家族。
父親。
そして三日前の事件。
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全ての中心に。
その男子生徒がいた。
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翌朝。
夜乃は学校へ向かった。
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生徒たちが登校している。
その時、校門の外に立っている一人の男子生徒が、目に入った。
背筋は真っ直ぐ。
自信に満ちた表情。
強い視線。
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周囲の空気が少しだけ変わる。
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神宮寺蒼真。
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もちろん夜乃は名前を知らない。
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だが。
夜乃の瞳が細くなる。
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強い正義感。
行動力。
他人を助ける意思。
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勇者によく似ていた。
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夜乃は微笑む。
妖艶に。
美しく。
そして、危険なほど優しく。
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「見つけました」
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歓喜が胸を満たす。
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勇者。
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魔王さまの敵。
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排除しなければならない存在。
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しかし、夜乃は知らない。
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その少し先を。
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幼馴染と並んで歩く少女を。
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水瀬涼。
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本物の勇者を。
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まだ見つけていない。
「涼!見て。校門の前。蒼真くんじゃない」
「そう、みたいね。あ、やっぱり見えないかも」
「涼ー!おはよう。おい、お、おい。無視するなよ」




