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果てしない海 ~終焉の魔眼と白黒の勇者~  作者: kooy
第1章 転生

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第12話 影、歓喜する

嬉しい。


嬉しい。


嬉しい。


影宮夜乃かげみや よるのは夜空を見上げていた。


月は見えない。


だが構わない。


今の彼女には、そんなものよりも美しい光が見えていた。


胸の奥が震えている。


身体の芯が熱い。


歓喜だった。


心の底から湧き上がる幸福。


長い。


長い。


長い眠りから目覚めたような感覚。


そして今。


ようやく見つけた。


あの方を。



夜乃は静かに笑った。


誰もいない路地裏。


街灯だけが彼女を照らしている。


その笑みは美しかった。


男なら目を奪われるだろう。


女でも見惚れるかもしれない。


だが。


もし、その笑顔を正面から見れば気付く。


何かがおかしい。


決定的に。


人間ではない。


そう思わせる何かがあった。



「ふふっ……」


夜乃は口元を押さえる。


笑い声が漏れる。


抑えようとしても無理だった。


嬉しくて仕方がない。


逢いたい。


今すぐ、逢いたい。


跪きたい。


その御足に触れたい。


その声を聞きたい。


その命令を聞きたい。



魔王さま。



その言葉だけで胸が満たされる。


恋ではない。


愛でもない。


そんな小さなものではなかった。


夜乃にとって、魔王とは世界そのものだった。


空より高く。


海より深く。


太陽より尊い。


唯一絶対の存在。



だから。


あの気配を感じた瞬間。


涙が零れた。



ぽたり。


雫が頬を伝う。


夜乃はそれを指で拭った。


そして微笑む。


「ああ……」


吐息のような声だった。


「やはり、いらっしゃったのですね」


その声は甘い。


優しい。


慈愛に満ちている。


だが。


その場にいたなら誰もが本能で理解しただろう。


この女は危険だと。



思い出す。


目覚めた日のことを。



気付けば、夜道を歩いていた。


知らない街。


知らない身体。


知らない世界。


だが不思議と困らなかった。


言葉は分かった。


歩けた。


人間社会の仕組みも理解できた。


そして。


自分が何者なのかも知っていた。



影。



それが自分。


魔王に仕える影。


それ以外はどうでもよかった。



「お姉さん!」


知らない男に声を掛けられた。


若い男だった。


派手な服。


軽い笑顔。


夜の仕事の勧誘だった。



「お姉さん、名前は?」


男が聞く。


夜乃は少しだけ考えた。


すると自然に言葉が浮かぶ。


影宮夜乃かげみや よるの


男は笑った。


偽名だと思ったらしい。


別に構わない。


本名など必要なかった。



夜乃は働いた。


夜の店だった。


酒を飲み。


会話をする。


それだけの仕事。


人間を観察するには丁度良かった。



面白かった。


人間は実に面白い。


弱い。


脆い。


壊れやすい。



「俺の方が優秀なのに」


男が呟く。


夜乃は優しく微笑む。


「そうなのですね」


ただそれだけ。



翌日。


男は職場で暴れた。



「俺はこんなに仕事を頑張っているのに、妻は理解してない」


別の男が言う。


夜乃は静かに頷く。


「辛かったのですね」


それだけだった。



翌日。


男は妻を、子供を殴った。



夜乃は何もしていない。


ほんの少し。


ほんの少しだけ。


心の闇を撫でただけ。



嫉妬。


怒り。


憎悪。


劣等感。


絶望。



この世界の人間の闇は、勝手に増幅する。


勝手に壊れる。


勝手に堕ちる。



それが影の力だった。


それが彼女の能力だった。



「人間とは本当に可愛らしいですね」


夜乃はくすりと笑う。


獲物を見る目ではない。


虫を観察する子供のような純粋な笑顔だった。


だからこそ恐ろしい。



だが。


そんなことは今はどうでもいい。



魔王さま。



その存在だけが大切だった。



夜乃は歩く。


夜の街を。


人混みの中を。


探す。


ただ一人。


世界で最も尊い存在を。



その瞬間だった。


空気が震えた。



夜乃は立ち止まる。


胸が高鳴る。


呼吸が止まる。


身体が震える。



感じる。


圧倒的な力。


懐かしい覇気。


世界を支配した王の気配。



涙が溢れた。


笑みが零れた。



「ああ……」



足から力が抜ける。


思わず膝をつきそうになる。



間違いない。



夜乃は、恍惚とした表情で夜空を見上げた。


まるで、神託を受けた信徒のように。


いや。


それ以上だった。



「魔王さま」



声が震える。


歓喜で。


幸福で。


愛しさで。



そして。


狂気で。



「ようやく……お逢いできます」


「おい、勇者はどこにおるのだ」

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