第11話 勇者、日課です
下駄箱を開けると紙がパラパラと落ちた。
『昨日はありがとう』
『助かりました』
『頑張ってください』
そんな中に一枚。短い文だった。
『彼を助けて』
涼は少し考える。胸騒ぎがする。
横からヒナが覗き込んだ。
「なんかさー、最近の涼の日課ね」
「ああ」
ヒナも首を傾げた。
「誰だろ」
「分からないな」
「でも女の子っぽい文字だね」
それ以上は分からなかった。
書き主の黒い影も感じ取れなかった。
⸻
朝のホームルーム。
担任教師は教壇の前で出席簿を閉じ、いつになく真面目な顔で言った。
「連絡がある」
教室が静かになる。
「三日前、本校の三年生が塾へ向かう途中、不良グループに囲まれ、金銭を要求される事件があった」
生徒たちがざわついた。
「幸い大きな怪我はなかったが、夜道の一人歩きはできるだけ避けるように」
話はそれだけだった。
だが、教室には小さな不安が残った。
(そうか)
涼は少しだけ視線を落とした。
誰かが困っていた。
それだけで胸の奥が少し重くなった。
ホームルームが終わる。
今日も授業はどれも興味深く、楽しかった。
そして、放課後。
⸻
涼は、朝の紙のことや不良グループのことが少し気になっていた。
「涼ー、帰ろー」ヒナがバックを持ってやって来た。
そして、その後ろを少し離れって、一人の女子生徒がやって来る。
「水瀬さん……ですよね」
「そうですが」
「ゆりえちゃん?」
ヒナと同じクラスの生徒だった。
少女は緊張した様子だった。
何度も言葉を飲み込んでいる。
そして、小さく頭を下げた。
「少しだけ相談があります」
空き教室に移動した。
涼とヒナは少女の話を聞いていた。
「私の彼氏ことなんですが」
少女は言った。
「すごく変わっちゃって……」
話の中の彼は、
真面目な人だったらしい。
授業も真面目。
規則も守る。
教師からの評価も高い。
だが三日前から変わった。
授業をサボる。
教師に反抗する。
周囲を遠ざける。
まるで別人だった。
「何かあったのか?」
涼が尋ねる。
少女は少し迷ってから答えた。
「三日前の事件です」
カツアゲ事件。
朝に聞いた話だった。
「あの先輩が被害者なんです」
⸻
校舎裏。
少女と待ち合わせをしていた男子生徒は、そこにいた。
男子生徒は、壁にもたれて座っている。
制服は着崩れ。
目つきも荒れていた。
近付くだけで分かった。
黒い。
青年の身体に。
無数の黒い鎖が巻き付いていた。
胸。
腕。
首。
足。
身体を縛り付けるように絡み付いている。
涼は立ち止まった。
「なるほど」
黒だった。
青年が顔を上げる。
「誰だよ」
「水瀬涼」涼は反射的にそう答えていた。
「知らねえ」
当然だ。涼も相手を知らない。
青年は吐き捨てるように言う。
「説教なら帰れ」
「そうか」
「そうだよ」
青年は苛立ったように笑った。そして、話し始めた。
「真面目に生きてればいいと思っていた」
黒い鎖が揺れる。
「ルール守っていれば、安全だと思っていた」
「勉強して」
「迷惑かけないようにして」
鎖が軋む。
「なのに何で、俺だったんだよ」
怒り。
恐怖。
理不尽。
黒い感情だった。
涼は黙って鎖を見る。
青年には見えていない。
だが、涼には見える。
黒い鎖。
心を縛るもの。
涼は一本掴んだ。
冷たい。
そして重い。
引く。
鎖が悲鳴のような音を立てた。
青年は気付かない。
一本外れる。
また一本。
さらに一本。
その時だった。
青年の表情が変わる。
思い出した。あの日。
暗い路地。
囲まれていた自分。
何もできなかった自分。
震えるだけだった自分。
そこへ現れた男。
タク。
不良たちへ向かっていった背中。
「少年、お前も気を付けろよ」「帰っていいぞ」
そう言われた。
あの時。確かに救われた。
青年は俯く。
今まで考えないようにしていたことがあった。
もし。もし、あの人が。
自分を助けたせいで。
不良たちに目を付けられたのだとしたら。
胸が痛んだ。
鎖が一本外れる。
また思い出す。
自分は助けられた。
それなのに。
怒りばかり見ていた。
自分の不幸ばかり見ていた。
鎖がまた一本外れる。
涼は静かに鎖を引き剥がし続ける。
全部は無理だ。
だが。
少しずつ。
確実に。
黒は減っていく。
やがて青年は顔を上げた。
「……変だな」
「どうした」
「少しだけ」
青年は胸を押さえる。
「楽になった気がする」
理由は分からない。
だが確かに違った。
さっきまで胸を埋めていた重さが薄れている。
「そうか」
涼は頷いた。
その瞬間。
右手に痛みが走った。
ピリッとした違和感。
あのとき。黒い蛇に触れた時と似ている。
涼は右手を見る。
何もない。
だが、確かに何かが残っていた。
「……」
違和感はすぐ消えた。
気のせいかもしれない。
そう判断する。
⸻
その帰り道。
ヒナが尋ねた。
「あの二人仲直りするといいね」
「そうだね」
ヒナが微笑む。
「じゃあ、今回も無事に解決!ってことでいいよね」
涼はそんなヒナをみて微笑んだ。
「うん、よかった」
夕焼けの空は赤かった。
⸻
駅を降りて、帰路につく。
その時だった。
涼は足を止める。
「どうしたの?」
ヒナが横で首を傾げる。
涼は空を見上げていた。
何かを感じた。
言葉にできない違和感。
懐かしく、とても嫌な感覚。
(魔王!)
涼は首を振る。
「何でもない」
そう答えた。
だが胸の奥は少しだけざわついていた。
(僕がここに存在する理由)
「ねえ、知ってる?」
「何?」
「水瀬さんの下駄箱」
「あー、お願いボックス」
「名前変わってるじゃん」
「だって助けてくれるし」
「確かに」
「でもさ」
「うん」
「恋愛相談だけは入れちゃダメらしい」
「なんで?」
「本人が意味分かってないから」
「なにそれ!」




