第10話 勇者、学ぶ
秋の朝。空気は少し冷たい。
昨日の出来事が嘘のように、学校へ向かう道は穏やかだった。
ヒナはいつも横にいる。
「彩乃ちゃん、今日来るかな」
涼は少し考える。
「来ると思う」
「どうして?」
「学校に来たいと思っていたから」
ヒナは小さく笑った。
「相変わらず涼らしい」
涼にはよく分からなかった。
学校に着き、下駄箱を開ける。
すると紙が三枚落ちた。
「ん?」
拾い上げる。
一枚目。『昨日はありがとう』
二枚目。『助かりました』
二人とも学校へ来ている。
よかった。
涼は、紙に残る白と黒の僅かな残滓から、それが彩乃と結衣からだと分かった。
そして、三枚目。『昼休み、屋上』
きっと、蒼真だ。
ヒナが横から覗き込む。
「なに?」
涼は紙を見せる。
ヒナは吹き出した。
「呼び出し?」
「そうらしい」
「行くの?」
「面倒だな」
即答だった。
ヒナはさらに笑う。
そして、ヒナと涼はそれぞれ自分の教室へ入った。
すぐに何人かが声をかけてきた。
「水瀬さん、おはよう!」
「おはよう」
「昨日ありがとね!」
「何のことだ?」
「覚えてないの!?」
驚かれた。
涼は首を傾げる。
本当に覚えていない。
困っていた人を助けた。
ただ、それだけだ。
スクールバックを置いたヒナが、涼のクラスにやって来た。
「水瀬さんと朝比奈さんって、ほんいつも一緒ね。いいな、親友って」
誰かが言う。
ヒナは嬉しそうに、その子に挨拶をする。
「おはよー」
「おはよう」
ヒナとは、幼稚園からずっと同じ。二人が仲が良いことはまわりも知っている。
誰よりも近い。涼の身体はたくさんの思い出も持っていた。
⸻
授業が始まる。
数学。
国語。
英語。
歴史。
理科。
涼は真面目に聞いていた。むしろ楽しかった。
教師が知識を教える。それを覚える。実践する。
非常に合理的だ。
勇者だった頃にこんな制度があれば便利だっただろう。
「なるほど」授業中、涼はよく頷く。
「どうしたの?」隣の席の生徒が声をかける。
「また、一つスキルの習得ができた」
「は?水瀬さん、面白いこと言うね」
そして涼は、授業中によく質問をしていた。
教えられたスキルはその場でできる限り習得していきたい。
勇者の時からそう行動してきた。
「水瀬、今度の期末考査は期待しているぞ」質問をすると教師からなぜか褒められる。
勇者時代の経験。観察力。集中力。
涼の習得速度は明らかに速い。理解も速い。
前回の中間考査で学年上位だった白石莉乃は、涼を意識し始めた。
⸻
休み時間になると、白石莉乃は問題集を開いている。
「莉乃ー」小坂美羽が話しかけてくる。
「ん?」
「何をしている?」
「期末対策」
「もう?」
莉乃は呆れた顔をした。
「三週間後でしょ」
「十分近いよ」
そんな会話を、涼は聞いていた。
なるほど。“ 期末対策“か、面白そうだな。
⸻
強敵だった。
体育の授業。グラウンド。今日は持久走。
教師の笛が鳴り、タイム測定が始まる。
生徒たちが走り始める。
涼も走る。
だが、涼は少しだけ抑えていた。
あまり目立たないように。
しかし、それでも速かった。
女子の先頭集団。
いや、ほぼ先頭だった。
「水瀬、速くないか?」
「速いよな」
「あいつ運動部だっけ?」
走る準備をしていた男子たちが話をしている。
しかし、涼にとっては普通だった。
勇者時代なら、この程度で速いとは言われない。
「あいつ絶対手抜いてるよな」
神宮寺蒼真は、そう感じていた。
⸻
走っている途中。
涼は、右手に違和感を感じた。
昨日。黒い蛇を掴んだ場所だ。
少しだけ重い。
だが、すぐに消える。
気のせいだろう。
涼はそう判断した。
⸻
持久走のタイム測定が終わり、
クラスの男子と女子は別れ、涼たち女子はドッジボールをしていた。
その時だった。
ソフトボールをしていた男子の打球が、
一直線に女子生徒へ向かってきた。
男子生徒たちは叫んだ。
「危ない!」
振り向いた女子生徒は動けなかった。
誰も何もできない。
しかし、それは一瞬。
涼が投げたドッジボールが、空中でソフトボールに当たる。
そして、それを見ていた生徒たちの視線は涼に向けられた。
(あ、やばいな)涼はあまり目立ちたくなかった。
「ラッキー!危なかったね」
「……は?」
涼は、誤魔化したつもりでいた。
蒼真は呟く。
「いや、絶対おかしいだろ」
⸻
昼休み。
涼とヒナは、屋上へ向かった。
涼はため息をつきながら扉を開けた。
蒼真が待っていた。
「来たか」
「来たが」
「なんだその嫌そうな顔」
「面倒だから」
蒼真が傷付いた顔をした。
「ひどくないか?」
「そうか?」
「そうだろ!」
蒼真は大げさに肩を落とした。
そして、少し胸を張る。
(昨日の俺、結構格好良かったはず)
蒼真がいう。
「親父さんの拳、凄かったですな」
「ああ」
「それと、俺の身の上話は他ヤツには内緒でな」
「ああ」
「つまりだ」
蒼真は満足そうに頷いた。
「俺たち結構いい友達だよな」
涼は少し考えた。
そして答える。
「そうなのか?」
蒼真が固まる。
「確認するな!」
屋上に、ヒナの笑い声が響いた。
「涼ー」
「?ヒナ、嬉しそうだね」
「さっきね、結衣ちゃんと彩乃ちゃんに『昨日はありがっと』ってすっごい感謝されちゃった」
「え、そうなの。ボクには紙だけだったけど」
「んー、最近の涼って。すっごく頼れるけど、ちょっと」
「ちょっと?ちょっと、なんなのー」




