7.山中瞳
ーークラス順位 2。ーー学年順位 6。
送信された三年一学期中間テストの結果を少しだけ確認した瞳は、誰にも見られないようにそっとタブレットを閉じた。顔を上げて前を見ると、周囲の複数の視線に気づいた。瞳が首を振ってそちらの方を見ると、皆そそくさと自分の作業へと戻って何の関心もないフリをしている。今までにもなかったわけではないが、三年になってからこの雰囲気は露骨になった気がする。瞳自身も他の人の成績が気にならないと言えば嘘になるが、この空気は好きになれなかった。
二時間目の休み時間になると、さも自分のクラスであるかのように陽子がやって来て瞳の前の席に座った。
「瞳おつー」
「おつーって、どうしたのあんた?」
陽子がわざわざ来るということは、クラスメイトの誰かと喧嘩したか冷戦中なのだろう。この中学校でのコミュニティは、同じクラスか同じ部活、あるいは同じ小学校、同じ塾かで構成されている場合が多い。同じクラス内での居心地が悪くなった陽子は、他の全てが同じ自分の所へ来たのだろう。
「別にー。中間の結果どうだった? あたしはもう全っ然。点数上がってんのに順位は変わらず。」
「私も同じだよ。三年になって周りも頑張ってるんじゃない?」
「はーマジだるぅ。」
陽子はそう言って自分の爪を見ている。話の内容はどうでも良くて、ただ時間をつぶしたいだけなのかもしれない。
「てか、陽子そこの席どいたら?」
「ん?」手元から視線を上げた陽子の背に、遥斗が無言で立っていた。顔だけ上下に揺らして申し訳なさそうに笑みを浮かべている。
「末永?!」大げさに驚いて飛び上がるように陽子は椅子から立ち上がった。その勢いのまま身をかがめるようにして顔を近づけてきた陽子は「末永と同じクラスだったの?」と小声でささやいた。
「そうだね。」
椅子を引いて自分の席に座った遥斗の背中を見ながら瞳は答えた。というより、陽子にそう聞かれるまで遥斗が同じクラス(しかも自分の前の席)だということに意識が向かなかった。
「瞳も大変だね。またね。」
陽子はそう言って教室から出ていった。瞳は何が大変なんだろうと思ったが、言わなかった。
その週は毎日、陽子がクラスを越えて瞳の元へやってきた。今回は喧嘩が長引いているのかもしれない。最初こそ遥斗をばい菌かウイルスかのように扱っていた陽子も、二日目以降は全く何も気にしなくなったどころか、遥斗に話しかけさえするようになった。
「末永ってさ、こないだの中間何位だった?」
陽子は手に持ったスマホを見たままそう発声した。
(よりにもよってそんなこと聞くか。)瞳は左手で頬杖をついたまま黙っている。陽子にはデリカシーに欠ける部分がある。そんな興味がないなら言わなきゃいいのに、と瞳は思う。おそらく今回の陽子のクラス遠征も、そういうちょっとした一言で相手と気まずくなったんじゃないか。そう思っていても瞳は陽子に指摘しない。陽子も自分でわかっているはずだからだ。
「えぇ……」
突然質問を投げかけられた形になった遥斗は、一度肩を大きく上げて困ったような声を出した。瞳は姿勢を変えずに視線を遥斗から陽子に移すと、「ほら困っちゃってるじゃん。」と告げた。「無視していいから。」遥斗の背中に声をかけて陽子を見ると、顔芸をしていた。「ちょっとw やめてよその顔w」瞳は思わず笑ってしまった。
人によってはキツい印象を受けるかもしれないが、陽子は十分に美人だ。黙っていれば何の不自由もなく学校生活を満喫できるだろう。だが、陽子はそれを良しとしない。失言も多いし、変顔だって平気でやる。飾ろうとしないというか、ど直球というか、正々堂々というか、そんな感じがして、瞳は好きだった。
予鈴が鳴ってクラスがにわかにざわつき始めると、陽子は自分のクラスに戻っていった。瞳も椅子を引いて座り直し、改めて遥斗の背中を見た。先ほどの陽子の発言について謝ろうかと肩に手を伸ばしかけたとき、遥斗が机の下でスマホを見ていることに気が付いた。(嘘でしょ?!)伸ばした手が止まってしまった。思わず首を伸ばしもう一度確認してしまう。瞳は脱力したように背もたれに背中を預け、そしてそのまま遥斗には声をかけなかった。
翌日も陽子は瞳の元へやって来て、世間話を装いながら時間をつぶしていた。気まぐれに遥斗に塾の話を聞いたり、小学校の時の話をしては関心なさそうにスマホを見ていた。遥斗は毎回律義に困惑してみせ、しかし返事はしなかった。この二人の間でキャッチボールは成功するのだろうか。片方はやみくもに球を投げつけ、もう片方は返球する術を持っていなかった。
そんな遥斗がスマホを学校に持ち込んで何をするのだろう? 遥斗の猫背を見ながら瞳は考えた。隣の陽子がスマホを手にしていることには何の疑問もない。禁止の校則はあるが、ほとんど守られていない。現に瞳のポケットにも消音設定にしたスマホが入っている。無意識にジャージのズボンの上からスマホに触れる。自分ですらめったに出さないのに、遥斗がスマホをいじっていたことに何故だか悔しさを覚えて、瞳はそれ以上考えるのをやめた。
「……そういえば、もうすぐ大会だね。」
瞳は誰にともなくつぶやいた。
「負けたら引退だからね。うちらの引退は瞳のパスに懸かってるんだからね。」
陽子は視線を上げないが、言っていることは本気だった。
「やめてよ。あんたがシュート決めなきゃ勝てないでしょ。」
瞳がそう言うと、陽子と目が合った。互いに自然と笑みがこぼれた。




