2.末永遥斗
遥斗の通う中学校で卒業式があった。固い椅子に同じ姿勢でずっと座っていると、遥斗は身体のあちこちが痛くなった。途中で立ち上がって伸びをしたかったけど、体育の先生がこっちを見ていたからやめた。午後の授業はなかったので、遥斗は早く家に帰ることができた。
誰もいない家に帰ってただいまと言う。返事はない。階段を上がって自分の部屋に入り、重たい鞄をずしりと床に置くと、遥斗はベッドに腰を下ろした。そのまま横になって枕元のゲーム機に手を伸ばして電源を入れた。遥斗がいつもやるゲームは決まっている。風来のシレンだ。前に父親がやっていたのを見てから、なんとなく遊ぶようになった。風来人番付には目も当てられないほどひどいスコアが並んでいる。それでも遥斗は飽きずに遊んでいた。
暗くなり始めた部屋の電気が点灯する。遥斗はようやくベッドから起き上がり、学習机の前に座った。鞄の奥の方からタブレットを取り出す。学習サポートAIアプリに⑤という数字がある。遥斗はアプリを開いた。『こんにちは 遥斗さーー』AIの音声を遮るように宿題のタブをタップする。AIから遥斗に与えられる宿題は、動画やゲーム風のものが多い。一教科五分から十分程度で終わる簡単なものばかりだ。遥斗はいつものように動画を見て、出てきた選択肢をタップし、流れるように五つの宿題を終わらせた。
その時、階下で玄関のドアが開けられる音がした。母親が帰ってきたのだ。
「遥斗ー 帰ってきてるんでしょー ちょっと降りてきなさーい。」
「ああ」
遥斗は言葉にならない声で返した。
「ほら、ちょっとこっち来て、宿題はもう終わったのー?」
「うん 終わった。で、何?」
遥斗は階段の途中で止まった。
「あんたもう三年生になるんだから、これ、塾。お母さんチラシもらってきたから。来年受験あるんだから、そろそろのんびりもしてられないでしょ?」
「いいよ。行かないよ。」
面倒くさそうに部屋へ戻ろうとする遥斗の腕を母親は掴んだ。
「待って、ほら、この塾。あんたも知ってるでしょ? 先生良さそうな人だったから、見学だけでも行ってらっしゃい。山中さんちの瞳ちゃんも通ってるんだって、あんた昔仲良かったでしょ。ほら、ここに何日の何時とか書いてあるから、ね。」
「……わかったよ。」
母親が手に押し込んだ紙を持って、遥斗は階段を上っていった。
「行く日にち決まったら教えてねー。お母さん電話してあげるからー。」
うんざりした気持ちで部屋に戻った遥斗は、机の上に置いたチラシを見た。体験入塾と大きく書かれている。無料。何年か前に、元々セブンイレブンだったところにできた塾だ。自転車で五分くらいのところにある。
「……はぁ……」
大きなため息をついた遥斗は小学五年生の頃に通っていた塾のことを思い出していた。
駅前の三階建ての建物にあったその塾は、白くて明るくて眩しかった。机に向かって一人でワークを解いていた記憶しかない。先生は他に担当している子が二人いて、遥斗のところには十分か十五分おきにしか来なかった。たまに遥斗のところにやって来ても、「アプリを見ながら丸つけしてね。」と言うだけだった。問題が解けても解けなくても、先生は「じゃあ次の問題行こうか。」とページを進めるだけだった。一時間の授業で終わらなかった範囲は丸ごと宿題になった。次の週、宿題を忘れても何も言われなかった。遥斗は言われた通り、次の単元を見ながら、また一人で机に向かって過ごした。成績は全然伸びなかった。
結局、一年後には遥斗はこの塾をやめることになった。母親は「遥斗にはこの塾は合わなかったみたいね」と言った。けれど、他の塾を探してくることはなかった。




