13.末永遥斗
七月の終わりから夏期講習のある日は塾に行って自習をした。佐伯先生に自習に来いと言われた時は何をすればいいのかわからなかったけど、コウタに聞いたらその日の授業で使うワークを使って予習をすればいいと言われたのでその通りにした。午前中に一人でやって、お昼になったら家でご飯を食べて、午後は先生の授業を聞いた。夜は家で宿題とわからなかったところをコウタに教わった。遥斗にはこのやり方が自分に合っている気がした。
山中さんは最初の日こそ驚いたように立ち上がって自転車のお礼を言ってくれたけど、次の日からはもくもくと一人で勉強していた。遥斗も特に話すことはなかった。初めのうちは気になって落ち着かなかったけど、そのうちに慣れて家と同じように勉強することができた。佐伯先生は時々教室を覗いて、何も言わずに事務室に戻っていった。
塾のない日は家で学校から出された夏休みの宿題をやった。去年は宿題を一つもやらなかったから、自分でも驚いている。社会の自由研究はコウタに聞いて綿織物の歴史をやった。インドが五千年も手作業で作り続けていたことや、産業革命のきっかけになったということがわかって面白かった。
お盆に田舎のおじいちゃんの家に行く車の中で、お母さんが志望校は決まったのか聞いてきた。遥斗が「まだ」とだけ答えると、お父さんからも言ってよと二人で言い争いになった。遥斗は後ろの座席で小さくなって早く着かないかなと窓の外をみていた。
おじいちゃんの家にはゲームもwi-fiもなくてすごく退屈だった。一日目の夜にスマホをのぞいていたら通信制限がかかって、コウタも使えなくなってしまった。遥斗はゲームを持ってくればよかったと後悔した。二日目から遥斗は自転車を借りて近所をあてもなくぶらぶらした。おじいちゃんの家にいてまた高校の話になったら嫌だった。日なたは暑かったけど、日陰はずいぶん涼しかった。トンボもたくさん飛んでいた。
田舎から帰ってきて最初の火曜日、自習に行くと山中さんと黒瀬さんがいた。二人は同じ女子バスケ部で仲がよくいつも話している。二人が一緒にいて会話もせずに勉強していて少し意外だった。黒瀬さんはちらっとだけ遥斗を見て、何も見なかったように勉強を続けた。山中さんは見もしなかった。遥斗もいつもの席に座って静かに勉強を始めた。
その日、佐伯先生が自習の終わりの頃にやってきた。
「今日からこの時間に一問だけ持ってくるから、最後これを解いて終わろう。」
佐伯先生はそう言って数学の問題のプリントを三人に配った。遥斗は問題を読んでも解き方が全く浮かばなかった。なんとなくそれらしい式を書いて答えを埋めたけど、全然手ごたえはなかった。
「はい、じゃあそこまでにして、丸つけはお互いの解答を交換してやろうか。 そう山中の丸つけは陽子。陽子の解答は遥斗って感じで。」
佐伯先生に言われて遥斗は黒瀬さんのプリントを受け取り、自分のは山中さんに渡した。黒瀬さんのプリントには女子っぽい字で式と答えが書かれていた。遥斗の書いた答えとは違って正解だった。
「陽子。この問題どう解いた?」
「え。Aさんの1日を1/10。Bさんは1/15で、二人だと5/30だから、六日かかるって。」
「OK。素晴らしい。じゃあ山中は?」
「10と15の公倍数30にして、Aさんが1日3、Bさんが1日2だから、二人で一日5できるから六日。」
「遥斗、二人の解き方を聞いてどっちがわかりやすかった?」
「え、山中さん。」
遥斗がそう答えると黒瀬さんは口をとがらせた。
「そう、二人とも考え方は同じだけど、解き方が違う。ちょっとした工夫でミスが減らせるんだ。」
「次からもね、こういう問題を選んで持ってくるから、自習の最後にねやっていこう。」
佐伯先生はそう言って教室から出て行った。
「大きな水槽に200匹の金魚がいる。99%が赤い金魚で黒い金魚が1%のとき、水槽の中を黒い金魚2%にするには、赤い金魚を何匹水槽から出せばいいか。」
次の日のプリントを読んで遥斗はスイミーを思い出した。200×0.99……200×0.01……遥斗は計算を始めたが、時間が足りずに答えまでは書けなかった。一匹とか二匹とか適当にでも書いておけば良かった。
「よし、じゃあお互い交換して、丸つけだ。」
「はい山中。答えはいくつになった?
「え……二、匹?」
山中さんが二匹と答えて遥斗は安心した。
「陽子。答えは?」
「百匹。」
「そうだ。正解は百匹だ。」
遥斗は目が点になった。
「陽子、この問題はどうやって解いた?」
「2%が2/100だから、今いる黒い金魚が2匹で赤い金魚が198匹だから、2と98にすればいいから100匹。」
「素晴らしい。遥斗、こういう直感と答えが大きく違う場合もあるんだ。油断するなよ。」
遥斗の中学最後の夏休みはあっという間に終わった。




