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12/23

12.佐伯幸太郎

 2034/7/27/Thu 8:00。生徒たちの夏休みに合わせて佐伯の朝は早くなった。洗面所で顔を洗った佐伯は、炊飯器を開けて30分前に炊き上がった一合の白飯をしゃもじでほぐした。鍋に一杯分の水を入れてクッキングヒーターのスイッチを入れる。小型の冷蔵庫の前で腰をかがめ、中から納豆とあらびきソーセージを二本取り出した。耐熱容器にいれたソーセージを電子レンジに放り込んでダイヤルを回す。その間、納豆にタレと醤油を加えて無心でかき混ぜた。ピッピッという合図を聞くと手を止めて、炊飯器から半分を茶碗によそった。納豆をご飯の上に乗せ、空のパックを水道の水でよく流してから捨てる。レンジからソーセージを取り出して左手に茶碗を持つと、一人用のテーブルに置いた。お椀にインスタントの味噌汁を入れると、沸騰していた鍋からお湯を注いだ。

 左手でスマホのスポーツニュースを流し読みしながら朝食を終えると、流しで食器を洗った。残りの半分の白飯を敷いたラップの上に乗せ、二つの小さなおにぎりを作った。着替えを済ませ、鍵を持って鞄に買い置きのカップラーメンとおにぎりを詰めると佐伯は部屋を出た。

 車を駐車場の端に止め、自動ドアを開錠すると手動で開けた。新鮮とは言えない淀んだ薄暗い空気の中を迷いのない足取りで進む。事務室に入って全てのスイッチをオンにすると、佐伯は換気扇の下のいつものポジションに陣取った。

 去年の夏休みから、澪に言われて平日の午前中を自習室として三年生に開放している。澪や結菜はありがたがって毎日通っていたが、今年は今のところ利用しているのは山中一人だけだった。陽子でさえ顔を見せない。どうしたものかと物思いに耽っていた佐伯だったが、一人でもいるなら続けようと思い直した。

 佐伯は静かでゆったりとした時間を、椅子に深く沈みながら動画サイトを眺めて過ごした。

 「こんにちはー。自習室借りまーす。」

 遠くで山中の声がした。佐伯は動かない。モニターには可愛い猫の姿が映し出されている。「先生」と呼ばれた気がして振り向くと、山中はやっぱりいいと言って去ってしまった。佐伯は重たい身体を起こして立ち上がり、右に左に伸びをしてから教室に向かった。話を聞くと自転車が壊れたとのことだった。佐伯は事務室のどこかにあるはずの工具箱を見つけ出してから表に出た。

 湿度の高い不快な空気を押して外に出ると駐輪場に遥斗がいた。

 「よう遥斗。こんなとこで何してんだ?」

 佐伯が声をかけると遥斗はスマホから顔を上げた。

 「あ、いや ……自転車が壊れたんで」

 「何だお前もか?」

 「あ、俺のは壊れてはいなくて。」

 遥斗は要領を得ない。

 「で、これが壊れた自転車か。」

 「そうです。」

 「どうだ? 直せるのか? それで調べたんだろう?」

 佐伯は遥斗が手に持ったままのスマホを見て言った。

 「え、道具がなくてちょっと……」

 「道具ならここにある。」

 佐伯は持って来た工具箱を遥斗の前に置いた。

 遥斗は置かれた工具箱をしばらく無言で見つめた後、手を伸ばした。佐伯は遥斗の作業を、自分の手は汚さずに口だけ出して見守った。じりじりとした日射しが首の後ろを焼いた。自転車の修理は十分もかからずに終わった。遥斗がペダルを回して後輪がしっかり動くことを確認する。

 「ありがとうございました。」

 遥斗はチェーンの油で汚れてしまった手で、申し訳なさそうに工具を返す。

 「いや、俺は何もやってないからな。」

 佐伯はまっさらな手で工具を受け取った。工具箱を閉めると立ち上がった遥斗を見て、佐伯は「ーー遥斗、お前も自習に来い。」と言った。

 「え……」

 遥斗は困惑している。

 「毎日じゃなくてもいいんだ。どうせ二時から夏期講習に来るんだ。それよりちょっと早い時間に来るだけだ。」

 「はい。」

 遥斗の返事はどっちとも取れない曖昧なものだった。

 「九時には開いてるから。火・木・金。てことは明日からだな。」

 「はい。」

 遥斗は再び曖昧な返事を残して自分の自転車にまたがった。佐伯はその後ろ姿を目を細めて見送った。

 翌日、九時前に山中が自習にやってきた。いつも通り。佐伯は椅子に浅くかけ直して画面右下の時刻を確認した。9:04。画面の中では落ち着きのない猫達が走り回っている。まだか。自動ドアの開く音がした。佐伯の口角がわずかに上がり、Funny CATSという動画はそのままに入口へ向かった。

 「よう遥斗。のこのこ現れやがったな。」

 「え……」

 遥斗は来いと言ったのはお前だと言わんばかりの顔でこちらを見ている。佐伯はそれが嬉しくて遥斗の肩に手を置いた。

 「冷房効いてるだろ? 教室では静かにな。」

 佐伯はそう言うと愛くるしい猫達の元へ戻った。その直後、教室からガタっと椅子の音がして顔が緩んだ。

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