第二話「冷たい息と名前のない距離」
一気に作って気まぐれで投稿します。
部屋が、やけに静かだった。
暖房はついている。
なのに、冬が室内に入り込んできたみたいに冷えている。
和雄は上体を起こしたまま、目の前の女を見ていた。
距離が近い。
近すぎる。
「……なんで起きてるの?」
もう一度、女が言う。
今度は少しだけ不満そうに。
「それはこっちの台詞だろ」
和雄はため息をつく。
「寝てる人間に顔近づけて、息吹きかける趣味でもあるのか?」
女はしばらく考えてから、あっさり言った。
「あるよ」
「あるのかよ」
軽くツッコむ。
怖いはずなのに、妙に現実感が薄い。
夢の中で会話しているみたいだ。
和雄は目を細める。
「で、本当は?」
女は少しだけ視線を逸らした。
沈黙が落ちる。
時計の針が、コツ、と鳴る。
「……食べようとした」
ぽつり。
あまりにも普通のトーンだった。
「魂を」
和雄は一瞬、言葉を失う。
「……は?」
「あなたの」
女は首を傾げる。
「でも起きたから、失敗」
まるでコンビニで欲しいものが売り切れてた、くらいの軽さ。
和雄は額を押さえた。
「なるほどな……じゃあ確認するぞ」
一拍置く。
「お前、人間じゃないな」
女は少し考えてから、こくりと頷いた。
「うん」
「なんだ」
「雪女」
さらっと言う。
誤魔化す気が一切ない。
和雄は笑った。
「……ずいぶんストレートだな」
「隠す意味ある?」
「普通はある」
「そうなんだ」
興味なさそうに返す。
その温度差が、妙におかしい。
しばらく見つめ合う。
和雄は観念したように息を吐いた。
「で、その雪女がなんでこんなとこにいる」
「暇だから」
即答だった。
「長く生きすぎた」
視線が天井に向く。
「冬になると、ちょっとだけ元気になるけど、それ以外は退屈」
「じゃあ魂食べるのは?」
「お腹すいた時」
「雑だな」
「だって人間、いっぱいあるし」
パンでも選ぶみたいに言う。
和雄は眉をひそめる。
「俺じゃなくてもよかっただろ」
「うん」
即答。
そして少しだけ間を置いて、
「でも、あなたにした」
理由は言わない。
和雄はそれ以上聞かなかった。
なんとなく、聞かない方がいい気がした。
沈黙。
窓の外、風が鳴る。
女がぽつりと言う。
「ねえ」
「なんだ」
「あなた、怖くないの?」
和雄は少し考える。
怖いか、と言われれば――
「まあ、普通は怖いな」
「普通じゃないの?」
「多分な」
肩をすくめる。
「でもまあ……」
少しだけ笑う。
「コーンスープ受け取る手があんなに冷たい奴を、今さら普通の人間とは思ってない」
女はじっと和雄を見る。
その視線は、さっきより少しだけ柔らかい。
「変なの」
「よく言われる」
また沈黙。
だけどさっきとは違う。
少しだけ、空気が軽い。
女は膝を抱えて座り直す。
「ねえ」
「なんだ」
「自由になりたい」
その言葉は、やけに真っ直ぐだった。
和雄は眉を上げる。
「雪女ってのは自由じゃないのか?」
「全然」
即答。
「寒いとこしか無理だし、長く生きるし、飽きるし」
指を折りながら数える。
「あと、ずっと同じ」
少しだけ間を置いて、
「つまらない」
その一言が、妙に重かった。
和雄はしばらく黙る。
「……で、どうすれば自由になるんだ」
女は少しだけ考えてから、言った。
「恋」
「は?」
「人間と恋をして」
そこで一瞬だけ、言葉を選ぶように止まる。
「口づけすると、人間になれるって聞いた」
和雄は固まる。
数秒後、ゆっくり口を開く。
「……どこの民間伝承だそれ」
「知らない。でも聞いた」
「信憑性ゼロだな」
「でも他にやることない」
真顔。
和雄は笑いそうになるのをこらえる。
「つまりあれか」
指を立てる。
「恋愛初心者の雪女が、人間になりたくて恋を探してると」
「そう」
「で、俺を食おうとしてた」
「それは別」
「別なのかよ」
テンポよく返す。
女は少しだけ口元を緩めた。
ほんのわずか。
雪が溶ける前の、一瞬みたいな笑み。
和雄は頭をかく。
「……面白いな、お前」
「そう?」
「少なくとも退屈はしなさそうだ」
女は首を傾げる。
「じゃあさ」
少しだけ前に乗り出す。
「手伝ってよ」
「何を」
「恋」
間。
和雄は天井を見る。
(なんでこうなる)
心の中でぼやく。
でも――
悪くない、と思ってしまった。
「……いいぞ」
女の目が少しだけ開く。
「いいの?」
「ああ」
和雄は小さく笑う。
「どうせ暇なんだろ」
女は少し考えてから、こくりと頷いた。
「うん」
「俺もだ」
その一言で、何かが決まった気がした。
名前も、関係も、まだ曖昧なまま。
だけど確かに、二人の夜が繋がる。
女がぽつりと聞く。
「ねえ」
「なんだ」
「名前」
和雄は少しだけ間を置いて答える。
「沙羅吏和雄」
女はその音を転がすように繰り返す。
「さらり……かずお」
そして、
「私は、まだない」
「ないのか」
「うん」
和雄は少し考えて、
「じゃあ、考えるか」
と言った。
その瞬間、窓の外でまた風が鳴る。
まるで、冬が続きを楽しみにしているみたいに。
名前は何になるんでしょうね?




