第一話「缶コーンスープのぬくもり」
夜散歩で沙羅吏和雄は誰と出会った?
これから続けて書いていきたいと思います。
意外と長編になるかもしれないです。
冬の夜は、音が少ない。
都内の片隅、街灯に照らされた歩道を、沙羅吏和雄は一人歩いていた。
吐く息は白く、規則正しく、まるで自分の人生みたいに淡々としている。
四十一歳。独身。会社員。
趣味は夜の散歩、珈琲、葉巻、そして休日のバイク。
「…悪くない人生だな」
誰に言うでもなく呟く。
けれどその声は、空気に溶けてすぐ消えた。
自販機の明かりがぽつんと灯っている。
その横にあるベンチに、人影があった。
女だった。
コートも着ている。だが、妙に動かない。
スマホもいじらず、ただそこに「置かれている」みたいに座っている。
和雄は一瞬だけ通り過ぎようとした。
だが、足が止まる。
(…寒いだろ)
理由なんてなかった。
ただ、寒そうだと思った。
自販機に小銭を入れる。
ガコン、と落ちる音。
選んだのは、コーンスープ。
温かいものの中でも、どこか優しい味がするからだ。
「これ」
差し出す。
女はゆっくり顔を上げた。
どこか透き通るような白い肌。夜の光を吸い込むような黒い髪。
「……くれるの?」
声は、氷みたいに静かだった。
「冷えるからな」
ぶっきらぼうに言う。
だが、その言葉の裏にある不器用な優しさを、和雄自身は自覚していない。
女は缶を受け取る。
その瞬間だった。
(冷たい)
異様だった。
冬の空気よりも、缶よりも、何よりも冷たい。
まるで氷を直接握ったみたいな感触。
和雄は思わず手を引きそうになるが、踏みとどまる。
「……大丈夫か?」
女は答えない。
ただ、缶を両手で包み込むように持っている。
湯気が上がるはずなのに、なぜかそれすら曖昧に見えた。
しばらくの沈黙。
やがて和雄が口を開く。
「家、帰らないのか?」
女は少しだけ首を傾げた。
「帰る場所がないの」
さらりと言った。
まるで「今日の天気は曇り」と同じくらいの軽さで。
和雄は空を見上げる。
雲のない、やけに澄んだ夜。
(…放っておくか?)
心の中で、自分に問いかける。
答えは、すぐに出た。
「……来るか?」
女がこちらを見る。
「どこに?」
「俺の家」
沈黙。
普通なら断るだろう。
普通なら警戒するだろう。
だが彼女は違った。
「行く」
即答だった。
その声に、迷いはなかった。
――まるで、最初から決まっていたみたいに。
部屋に着くと、和雄はコートを脱ぎ、暖房をつける。
珈琲を淹れようとしたが、女は首を振った。
「いらない」
代わりに、部屋の中を静かに見渡している。
「好きな匂い」
ぽつりと呟く。
葉巻の残り香だった。
「そうか」
短く返す。
それ以上、会話は続かなかった。
奇妙な同居の始まり。
だが、和雄は深く考えなかった。
疲れていたのだ。
「寝るぞ」
布団に入る。
女は少し離れた場所に座っている。
「お前はどうする?」
「起きてる」
「好きにしろ」
和雄は目を閉じた。
静寂。
時計の秒針だけが、規則正しく時を刻む。
――しばらくして。
ふ、と寒気が走る。
暖房はついているはずなのに、空気が急に冷えた。
(なんだ…?)
目を開ける直前、頬に触れるものがあった。
冷たい息。
ぞわり、と背筋が凍る。
和雄は勢いよく目を開けた。
そこにいたのは――
顔を極端に近づけた、あの女だった。
吐息を吹きかけるように、覗き込んでいる。
「……なんで起きてるの?」
その声は、さっきより少しだけ困ったようだった。
和雄の心臓が、ドクンと跳ねる。
部屋の空気は、明らかにおかしいほど冷たい。
そして――
彼女の瞳は、人間のものではなかった。
「……お前、何者だ」
女は少しだけ目を細めた。
逃げ場のない沈黙が、部屋を満たす。
やがて、彼女はぽつりと言う。
「……ばれたか」
その瞬間、窓の外で風が鳴いた。
まるで、冬そのものが笑ったみたいに。
女性は何者だったのでしょうか?
次回お楽しみに〜




