言葉にならない熱
新婚生活という名の「設定改変」の日々は、ついに公爵邸の食卓にまで及びました。
カリスト閣下は、私の隣で優雅にナイフを動かしながら、まるで宝石でも選ぶかのような目つきで皿を見つめています。
「さて、エレナ。今日のディナーだが……シェフが泣きながら相談に来てね。君が厨房を通った際に『このスープは黄金の雫』と呟いたせいで、スープが本当に溶けた金になって、鍋が一つダメになったらしい」
「……うう、申し訳ありません。あまりに良い香りだったので、つい比喩表現が暴走してしまって……」
私は縮こまってオムライス(昨日、私が「閣下の愛情が詰まった太陽の恵み」と定義したせいで、夜になっても自ら発光し続けている)を突き崩しました。
「謝ることはないよ。おかげで我が家の資産がまた増えた。……だが、今夜は少し趣向を変えてみないか?」
カリスト様は、私の手からフォークをそっと取り上げ、自分の椅子を私のすぐ隣まで引き寄せました。近すぎる。閣下の纏う、仄かな白檀の香りが鼻をくすぐります。
「言葉で世界を変えるのもいいが……。たまには、言葉にならない『熱』を、僕に直接伝えてほしい」
(……ひえっ! 言葉にならない熱!? それって、つまり……物理的な接触!? 語彙力に頼らないコミュニケーション!?)
「あ、あの、閣下……。私から語彙力を取ったら、ただの『顔が良い男を見つめるだけの壁』になってしまいます!」
「壁なら、僕がこうして寄りかかっても文句は言わないよね?」
カリスト様は私の腰を引き寄せ、その長い指先で私の顎をくい、と持ち上げました。
「エレナ。君は僕を『推し』と呼んで崇めるが……僕は君を、鑑賞用の偶像にするつもりはない。君の熱烈な言葉で僕の心臓を跳ね上げさせた責任、そろそろ取ってもらおうか」
カリスト様の黒い瞳の中に、昨日の夜会で見せた以上の、ドロドロとした甘い独占欲が渦巻いています。
「……私の言葉がなくても、閣下は十分に魅力的です。閣下の指先が触れる場所は、すべて熱を帯び、私の魂を焼き尽くす……」
――カッ!
(あっ、しまった! つい口に出しちゃった!)
私が叫んだ瞬間、閣下が触れている私の顎と腰のあたりから、ポッ、と小さな本物の火花が散りました。部屋の温度が急上昇し、豪華なカーテンが熱気で揺らめきます。
「……はは、期待を裏切らないね。僕に触れられただけで、君自身が発火するほどの熱を持つなんて」
カリスト様は低く笑い、熱を帯びた私の唇を、今度は逃がさないように深く塞ぎました。
(……んんん! 熱い! 物理的に熱いし、精神的にも溶ける! 私の言霊のせいで、閣下のキスが『一瞬で意識を刈り取る甘美な毒』に書き換わっちゃった……!)
翌朝、公爵邸の庭園には、季節外れの真紅のバラが一夜にして満開になっていました。
噂によれば、閣下の部屋から漏れ出た「あまりに熱烈な愛の魔力」にあてられた草木が、狂い咲いたのだとか。
朝食の席で、腰をさすりながら真っ赤な顔で座る私と、それを見て
「今日は庭のバラをすべて、君の瞳と同じ色に染め変えようか」
と涼しい顔で提案する腹黒公爵。
二人の「設定盛り盛り」な愛の記録は、今日もまた、新しいページを――今度は少しだけ大人な色で――書き加えられていくのでした。




