心地良い支配
公爵邸へ戻る馬車の中、私はカリスト閣下の隣で、ようやく心臓を休ませようとしていました。……が、隣からの視線が熱すぎて、休まるどころか融解しそうです。
「さて、エレナ。僕を『宇宙一幸せな推し』にすると宣言したからには、覚悟はできているんだろうね?」
カリスト様は、馬車の座席に深く背を預け、私の手を手袋越しではなく、素肌で包み込むように握りしめました。その指先が、私の手の甲をゆっくりとなぞります。
(……ひえっ、指が! 指の節々までエロ……いえ、芸術的すぎる! この指に触れられている私の肌は、今ごろ最高級のシルクをも凌駕する滑らかさになっているはず……!)
――スベッ!
私の肌が、言霊の力で本当に尋常ではない質感に変化しました。カリスト様は一瞬目を見開くと、ふっと低く笑いました。
「……本当に、君のそばにいると飽きないな。触れるたびに君が『書き換わっていく』のが指先から伝わってくるよ」
「閣下……。面白がらないでください。私はただ、閣下という存在をこの世の理に刻み込みたいだけで……」
「いいや、もっとやってくれ。君の言葉で僕が強くなり、君の言葉で世界が僕の味方をする。……これほど心地よい『支配』はない」
カリスト様は、私の手を引き寄せると、その指先に軽く歯を立てました。
「ですが、エレナ。君には一つ、教えておかなければならないことがある」
彼の黒い瞳が、夜の闇よりも深く沈みます。
「僕は、君が思っているような『完璧な推し』じゃない。君を自分だけのものにするためなら、君の言霊さえも利用する、救いようのない腹黒い男だ。……それでも、僕を推し続けるかい?」
(……何を今さら! 腹黒いからこそ美味しいんじゃないですか! むしろ、そのドロドロした独占欲こそが、閣下をさらに輝かせる究極のスパイスなんです!!)
「もちろんです! 閣下がどれほど腹黒くても、それは『愛という名の純粋な結晶』に他なりません! 閣下の執着は、私を閉じ込める檻ではなく、私を世界一安全な場所へと導く聖なる導きなんです!!」
――ゴォォォォォォ!
馬車の中に、突如として温かな、けれど圧倒的な魔力の奔流が渦巻きました。
気がつくと、馬車の内装は黄金と宝石で飾られ、車輪が地面を叩く音は、まるで祝福の鐘の音のように響き渡っています。
「……はは、まいったな。君にそう言われてしまったら、僕はもう、聖人君子(のフリをした魔王)として君を愛し抜くしかないようだ」
カリスト様は、私の腰を抱き寄せ、そのまま深く、深く唇を重ねてきました。
(……んんんん! 推しと! 密室で! 濃厚な接触!! 私の語彙力が……溶けて……消える……!)
翌朝。
公爵邸の門には、昨日石にされた王子を心配して(あるいは見物に来て)集まった人々で溢れていました。
しかし、門が開いた瞬間、彼らが目にしたのは――。
「……おはよう、諸君。今日からエレナは、この国の法を超えた『僕の専属聖女』だ。彼女を害しようとする不届きな石ころには、僕の魔力と、彼女の『言霊』が容赦なく降り注ぐと心得ておけ」
背後に巨大なドラゴンの幻影(私の妄想の産物)を背負い、神々しく発光するカリスト閣下。
そしてその隣で、真っ赤になりながらも「閣下最高……!」と小声で呟き続ける私の姿でした。
二人の「設定盛り盛り」な新生活。
それは、理屈も物理法則も通用しない、愛と狂熱の物語として、国中の歴史に刻まれていくことになったのです。




