石ころの観客
ダンスフロアの真ん中で、カリスト閣下の逞しい腕に抱かれながら、私は夢見心地……を通り越して、もはや「魂の解脱」の一歩手前でした。
周囲では、王子が必死に
「この女を捕らえろ!(にゃー、にゃにゃにゃーん!)」
と叫んでいますが、聞こえてくるのは可愛らしい猫語ばかり。このカオスな状況で、閣下だけは涼しい顔で私をリードし、優雅にステップを刻んでいます。
「ふふ、最高の音楽だと思わないかい? 王子の鳴き声が、ちょうどワルツの三拍子に合っているよ」
カリスト様は、私の耳たぶをかすめるような距離で囁きました。その瞳には、いたずらに成功した子供のような……いえ、獲物をじっくりと追い詰めた魔王のような、深い愉悦の色が宿っています。
「あ、あの、閣下。さすがにやりすぎでは……。王子が涙目で見上げてきています」
「おや、彼が君にした仕打ちに比べれば、猫の言葉を話す権利を与えられただけ温情というものだよ。……それとも、君はまだ、あの男に未練があるのかい?」
カリスト様の声が、一瞬だけ低く、冷たく沈みました。
腰に回された手の力が強まり、ぐい、と体が引き寄せられます。
(ひ、ひえっ……! 推しの嫉妬!? 嫉妬なのかしらこれ! 闇堕ち属性の閣下も美味しいけれど、今は全力で否定しなきゃ命(と貞操)が危ない!)
「め、滅相もありません! 未練なんて、深海一万メートルに沈めて土砂を被せました! 私にとって、この世に存在する異性は閣下ただ一人! あとはすべて『道端に転がる喋る石ころ』に過ぎません!!」
――ゴロゴロ、ゴロゴロゴロ……!
またしても私の「言霊」が牙を剥きました。
次の瞬間、王子や聖女、そしてカリスト様を敵視していた貴族たちの体が、ゴトゴトと音を立てて丸っこい河原の石コロに変貌してしまったのです。しかも、石の表面には王子の顔がうっすらと浮かび、
「にゃーん(助けてー)」
と虚しく響いています。
「……ははは! まさか本当に石に変えてしまうとは。エレナ、君の愛は、時に残酷で……そして最高に熱烈だね」
カリスト様は声を上げて笑うと、石ころが転がるフロアの真ん中で私を抱き上げました。
「さて、邪魔者はいなくなった。……いや、喋る石ころの観客がいる中で、続きをしようか」
閣下は、ドレスの裾を翻して私を床に降ろすと、そのまま私の背中を壁に押し当てました。いわゆる、王宮のど真ん中での「壁ドン」です。
「エレナ。君が僕を『唯一無二』だと定義した以上、もう逃さないよ。君の言葉が創り出したこの世界で、僕は君を僕だけの檻に閉じ込めることにした」
(……檻!? 監禁!? いや、閣下ならそれもご褒美……じゃなくて!)
「閣下の檻なら、それはきっと『至福の楽園』です……っ!」
私の言葉に反応して、公爵邸に続く廊下が、一瞬で色鮮やかな藤の花と香油の香りに満たされました。
「……そうだね。君がそう願うなら、ここは楽園だ」
カリスト様は、私の唇を奪う寸前で止まり、意地悪く笑いました。
「明日からは、君を正式に公爵夫人の座に据える。……異論はないね? もしあるなら、今すぐ僕を『納得させるだけの愛の言葉』を紡いでもらおうか」
(……推しからの逆プロポーズ(脅迫付き)! 断る理由なんて、全宇宙を探しても見当たりません!!)
「……はい、喜んで! 閣下を宇宙一幸せな『推し』にするために、一生かけて設定を盛り盛りにして差し上げます!」
こうして、冤罪から始まった私の人生は、腹黒公爵の「究極の庇護」という名の独占欲によって、大きく書き換えられてしまったのでした。




