猫の鳴き声を背にダンス
翌日、カリスト閣下の公爵邸は、朝から戦場のような騒ぎになっていました。
といっても、敵軍が攻めてきたわけではありません。私の「言霊」と、閣下の「悪ノリ」が原因です。
「エレナ、準備はいいかい? 君が昨日言った『世界一幸せな花嫁』に相応しい姿を、僕に見せてほしいな」
カリスト様は、鏡の前で固まっている私の背後に立ち、楽しそうに肩を抱きました。
目の前には、国中から集められた最高の仕立屋たちが、真っ白な布地を手に震えながら立っています。
「あ、あの、閣下……。昨日の今日で、ドレスなんて間に合うはずが……」
「おや、君の『言霊』があれば、時間など関係ないだろう? さあ、語ってごらん。僕の隣に立つに相応しい、最高のドレスについて」
(……出た、閣下の無茶振り! でも、ここで妥協したドレスを着るのは、推しの横に並ぶ者として万死に値するわ!)
私は覚悟を決め、目の前の真っ白な布地に視線を定めました。オタクの妄想力、フルスロットルです。
「このドレスは、ただの布ではありません! 夜空に煌めく一番星の欠片を織り込み、月の女神が祝福のキスを落とした、純白の奇跡です! 裾が揺れるたびに幸福のメロディが奏でられ、見る者すべてに愛の魔法をかける……そんな、伝説級のドレスなんです!!」
――カァァァァァッ!
目を開けていられないほどの光が部屋を満たしました。
光が収まると、そこには仕立屋たちが腰を抜かすほどの絶景がありました。
布地は透き通るような輝きを放ち、歩くたびにカランコロンと、確かに美しい鈴のような音が響きます。さらに、私が一歩動くごとに、足元から小さな光の蝶が舞い上がり、部屋中に幻想的な光景が広がりました。
「……はは、期待以上だ。君を飾るためなら、物理法則なんてゴミ箱に捨ててしまっても構わないね」
カリスト様は満足げに私の腰を引き寄せると、耳元で低く囁きました。
「さて、次は会場だ。あの傲慢な王子と、君を貶めた連中に、本当の『奇跡』というものを見せつけてやろうじゃないか」
王宮の夜会会場は、異様な熱気に包まれていました。
昨日、エレナを追放したばかりの王子は、自信満々に新しい婚約者の聖女と腕を組んで中央に立っています。
「公爵閣下は、あんな悪女を拾ってどうするつもりだ? 気が触れたのか……」
王子の嘲笑が響いた、その瞬間。
会場の扉が吹き飛ぶような勢いで開き、銀河を纏ったような私と、背後に「後光」を背負ったカリスト様が登場しました。
「……お待たせしたね、諸君。僕の『愛しい婚約者』を紹介しよう」
カリスト様が私の手を取った瞬間、私の言霊がオートモードで発動しました。
「閣下と並ぶこの場所は、悪意の一切を禁じられた神聖なる領域! 私たちを蔑もうとする言葉は、すべて可愛い子猫の鳴き声に変換される運命なんです!!」
「なっ、貴様、何を……ふぎゃあ(にゃ〜ん)!?」
王子が激昂して叫ぼうとしましたが、その口から出たのは情けない猫の鳴き声でした。
周囲の貴族たちも、悪口を言おうとするたびに
「ミャー」
「ゴロゴロ」
と鳴き始め、会場はあっという間にシュールな猫カフェ状態に。
「ぷっ……くくく! 猫の鳴き声とは、エレナ、君のセンスには恐れ入るよ」
カリスト様は、お腹を抱えて笑い転げたいのを我慢しつつ、私の手を取ってダンスフロアの中央へ導きました。
「さあ、踊ろうか。猫たち(……失礼、貴族たち)が見守る中で。……君が僕を『世界一の幸せ者』だと定義してくれるなら、僕は本当に、この世界を君のためだけに作り替えてしまってもいいんだよ?」
(……閣下、腹黒い笑みを浮かべながら、なんて重すぎる愛を……!)
私は尊さと猫の鳴き声が充満する空間で、真っ赤になりながら、推しとの初めてのダンスに身を任せるのでした。
「……はい、喜んで! 閣下を幸せにするためなら、語彙力が尽きるまで叫び続けます!」
「期待しているよ、僕の可愛い聖女様」
私たちの「設定改変」だらけの新婚生活(仮)は、まだ始まったばかりです。




