最高の娯楽
カリスト閣下の至近距離での「ソファ・ドン」。
心臓の鼓動が耳元でうるさいくらいに鳴り響き、私はもはや「語彙力の墓場」に片足を突っ込んでいました。
「……どうした? 次の言葉が出てこないのかい? いつもの情熱的な君らしくもない」
カリスト様は、私の困惑を心底楽しむように、さらに顔を近づけてきます。その長い睫毛が触れそうなほどの距離。
(……あああ、無理! 尊さの過密状態! このままだと私の心臓が爆発して、閣下の国宝級の服を汚してしまう!)
「閣下……! あ、あの、そんなに見つめられると、閣下の瞳に映る私のマヌケな顔が『呪われた泥人形』に見えてしまって、閣下の視覚に悪影響を及ぼします!」
「おっと、それは困るね。僕の視界は常に美しくあるべきだ」
カリスト様はクスクスと笑い、私の唇にそっと指を添えました。
「だったら、君の言葉で書き換えてごらん。君の顔が、僕にとって『一生眺めていても飽きない、世界で最も愛らしい芸術品』であると」
(……言わせる気だ! 自分で自分を褒めさせて、私の羞恥心を煽る気だわ、この腹黒美形!)
でも、推しに命令されたら断れないのがオタクの性。私は真っ赤になりながら、震える声で言葉を紡ぎました。
「か、閣下の前にある私は、泥人形などではなく……閣下の退屈を癒やすためにあつらえられた、この世で最も愛らしく、閣下だけが触れることを許された至高の癒やしです……!」
――ボムッ!
耳慣れない音がしたかと思うと、私の周りに、甘い香りのする桃色の煙と、ふわふわとした小さな白い羽根が舞い始めました。さらに、ソファの周りには見たこともないほど鮮やかな大輪の薔薇がニョキニョキと生え、一瞬で執務室が「お姫様の寝室」のような空間に書き換えられてしまったのです。
「……ふむ。癒やし、か。確かに君を見ていると、この国の腐りきった政治のことも、魔獣討伐の疲れも、どうでもよくなってくる」
カリスト様は満足げに頷くと、私の隣に腰を下ろし、私の肩にその重厚な頭を預けてきました。
(ひ、ひえええ……! 推しの後頭部が私の肩に! 重い! でも幸せの重み! 尊すぎて肩がダイヤモンドになっちゃう!)
「エレナ。君を国外追放しようとしたあの愚かな王子には、感謝しなくてはいけないな。おかげで君という最高の娯楽を、独占する権利を得られたのだから」
「ご、娯楽だなんて……。私はただ、閣下の幸せを願う壁になりたいだけなのに」
「壁? 嫌だよ、そんな冷たいもの。君には僕の隣で、もっと温かくて、騒がしい存在でいてもらわないと。……ああ、そうだ」
カリスト様は何かを思いついたように顔を上げ、黒い笑みを浮かべました。
「明日、王宮で僕の『婚約者披露パーティー』を開くことにしたよ。もちろん、主役は君だ」
「……はぇっ!? パ、パーティー!? 婚約者!?」
「嫌かい? 君がさっき言ったじゃないか。『閣下だけが触れることを許された』と。ならば、それを正式な事実にしなくては。……それとも、僕との婚約は、君の『解釈違い』だったかな?」
「ち、違くありません! 解釈の一致です! 宇宙の真理です!!」
「なら決定だ。さあ、明日は君を『世界で一番幸せな花嫁』にするための準備を始めようか。君の言霊が、どんな奇跡のドレスを創り出してくれるのか、今から楽しみだよ」
カリスト様は私の手を取り、その手の甲に恭しく、けれど独占欲を隠そうともしない熱いキスを落としました。
(……どうしよう。推しの幸せを願っていたはずが、いつの間にか私が推しの『運命の相手』に設定変更されている……!?)
腹黒公爵の過保護でちょっと強引な囲い込みに、私の理性と語彙力は、明日をも知れぬ運命へと放り出されたのでした。




