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固有スキル【生成AI】で異世界全自動化 〜魔法陣はAIで組み、国はAIが建て、気づけば俺の仕事がなくなりました〜  作者: 歩人


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第97話: 商人の選択

 戦争が始まって三日目。前線が動く度に、市場の数字も動いていた。


 マルクは商人ギルドの執務室で帳簿を睨んでいた。細い灰色の目が数字を追い、口元の薄い笑みが——今日は消えている。


 小麦。前週比340%。

 木材。前週比280%。

 鉄鉱石。前週比520%。

 薬草。前週比400%。

 馬の飼料。前週比310%。


 全ての物資が高騰している。戦争需要だ。前線に物資を送れば送るほど、後方の在庫が減る。在庫が減れば価格が上がる。価格が上がれば——商人が儲かる。


 単純な算術だ。商人ギルドにとって、戦争は最大の商機でもある。


 マルクはペンを置いた。椅子の背もたれに沈み込み、天井を見上げた。


 ——儲けられる。今なら、いくらでも。


 この帳簿を見れば、どこに在庫が滞留していて、どの品目が最も利幅が大きいか、一目でわかる。商人ギルドが価格を「調整」すれば——つまり、流通を絞れば——利益は跳ね上がる。戦時の物資供給を握る者は、事実上の独占者になれる。


 42年の商人人生で、マルクはこの手の局面を何度も見てきた。戦争で財を成した商人は数えきれない。道義的に問題がある? もちろんだ。だが、道義で飯は食えない。


 扉がノックされた。


「マルク殿。商人ギルドの臨時総会の準備が整いました」


 秘書の声だった。


「……ああ。行く」




 商人ギルドの大広間。


 長テーブルを囲んで、二十名余りの商人たちが座っている。全員がマルクを見ていた。目の色が違う。利益の匂いを嗅ぎつけた商人の目だ。


 最初に口を開いたのは、穀物商のベルトルドだった。太った体を椅子に沈めて、厚い唇を動かした。


「マルク殿。単刀直入に申し上げる。——今こそ値上げすべきだ」


 周囲の商人たちが頷いた。


「小麦は前週の三倍以上で売れる。前線に送る分は王室が買い上げてくれるのだから、こちらの言い値が通る。戦時加算として50%の上乗せは——いや、100%でも通るだろう」


 別の商人——薬草商のリヒターが続いた。痩せた男で、眼鏡の奥の目が鋭い。


「薬草は四倍だ。負傷兵が増えれば、さらに上がる。今のうちに在庫を確保し、価格を——」


「つまり、買い占めろと」


 マルクが口を挟んだ。声は穏やかだった。


「いえ、買い占めとまでは——」


「買い占めだ。言い方を変えているだけだ」


 マルクが立ち上がった。帳簿を片手に、テーブルを見渡した。


「諸君の気持ちはわかる。商人として当然の判断だ。需要が増えたら価格を上げる。在庫が減ったら流通を絞る。教科書通りだ。——私も42年、そうやってきた」


 商人たちが黙った。マルクの声に、いつもの滑らかさがない。


「だが——」


 マルクが帳簿を開いた。ある数字を指差した。


「ここを見ろ。前線への物資輸送量。一日あたり40トン。うち食料が18トン。医療物資が8トン。武器・資材が14トン。——この数字を維持できなければ、前線は三日で崩壊する」


「それは王室の問題であって——」


「王室の問題は、つまり我々の問題だ」


 マルクが穀物商を見た。灰色の目に、笑みはなかった。


「前線が崩壊すれば、魔王軍がこの街に来る。この街が落ちれば——我々の店も、倉庫も、帳簿も、全て灰になる。灰の上で商売はできん」


 広間が静まりかえった。


「値上げすれば、短期的には儲かる。だが王室の物資調達コストが上がれば、前線の補給が細る。補給が細れば防衛線が下がる。防衛線が下がれば——この街の存続確率が下がる。私は、自分の店が灰になる賭けはしない」


 穀物商が口を開きかけた。マルクが手で制した。


「原価で出す」


 広間がざわめいた。


「原価だと? マルク殿、それでは——」


「利益はゼロだ。いや、輸送コストを考えればマイナスだ。——だが、戦後に王に恩を売る。これが私の商売だ」


 マルクが帳簿を閉じた。


「レンハルト殿は義理堅い男だ。パン屋の娘に惚れるような男だ。——この戦争を乗り切れば、あの王は恩を忘れない。戦後の復興需要は戦争需要の三倍になる。そこで商人ギルドが優先的に取引できるなら——短期の赤字は長期の投資になる」


 商人たちが顔を見合わせた。


 マルクの計算は——商人として完璧に筋が通っていた。短期の感情ではなく、長期の利益で判断している。道義を語っているのではない。打算を語っている。


 だが——マルクの手が帳簿を握りしめている力は、打算だけでは説明できなかった。


「……賛成だ」


 リヒターが最初に頷いた。


「マルク殿の計算が正しいなら——投資としては悪くない」


 ベルトルドが唸った。太い腕を組んで、しばらく黙っていた。


「……わかった。だが、戦後の取引優遇は確約してもらうぞ」


「確約する。王には私から話す」


 マルクが——ようやく、いつもの薄い笑みを浮かべた。


「さて、原価での供給計画だ。詳細は——」


 マルクが新しい帳簿を開いた。数字がびっしりと書き込まれている。


「——もう計算してあるのか」


 リヒターが呆れた声を出した。


「商人は準備が全てだ」




 商人ギルドを出たマルクは、王城に向かった。


 廊下を歩きながら、独り言を呟いた。


「原価で出す、か……」


 金額を暗算した。商人ギルド全体の赤字額。——笑えない数字だ。この赤字を「投資」と呼ぶのは、半分は方便だ。


 戦後の復興需要? ある。取引優遇? 取り付けられる。長期の利益で短期の赤字を回収できるか? ——計算上は、ギリギリだ。


 つまり、これは「儲かる賭け」ではない。「損をしない賭け」でもない。


 「損切りできない賭け」だ。


 ——なんでだろうな。


 マルクは自分でも理由がわからなかった。いや、わかっている。わかっていて、認めたくないだけだ。


 あの王——レンハルト。


 ゴーレム恐慌の時、AIの最適解を全面却下した男。手作りギルドを作って、パン屋の娘の名前をブランドにした男。「全員の命が前提だ」と言って、非効率な撤退戦を選んだ男。


 商人の計算では、あの男は赤字の塊だ。効率が悪い。判断が遅い。感情で動く。


 でも——あの男の周りには、人が集まる。


 マルクの商人ギルドには、利益で人が集まる。利益がなくなれば、人も消える。


 あの男の周りには——利益がなくても、人がいる。


 それは商人の計算では説明できないものだ。


「……損切りのタイミングは逃さない主義なんだがな」


 呟いた。苦笑した。


 損切りできない。この賭けは——損切りしたくない。


 認めたくないが——賭けているのは金じゃない。




 王城の中に入ると、廊下は戦時の緊張感に満ちていた。兵士が走り、伝令が飛び交い、ゴーレムが物資を運んでいる。


 その中心にいるのが——ダリウスだった。


 廊下の交差点に、簡易の指揮所が設けられている。折り畳みの机。書類の山。ペンが三本、胸ポケットに刺さっている。目の下のクマが——三日前より確実に濃くなっていた。


「ダリウス殿」


「マルク殿。——商人ギルドの総会は」


「原価供給で合意した。詳細はこの計画書に」


 マルクが帳簿を差し出した。ダリウスが受け取り、一ページ目を開いた。目が数字を追う速度が——異常に速い。


「……小麦、原価で日量6トン。木材、3トン。鉄鉱石、2トン。薬草——」


「薬草は確保量が厳しい。リヒターの在庫で二週間。その後は、西方の産地から追加輸送が必要だ」


「承知しました。西方の輸送ルートは——」


 ダリウスが自分の書類の山から一枚を抜き出した。補給線の地図だ。赤い線で輸送ルートが描かれ、各中継点の在庫量と輸送日数が書き込まれている。


「第二補給路を使えば、西方からの薬草は四日で届きます。ただし、この区間にゴーレム輸送隊を追加配備する必要がある。レンハルト殿に進言済みです」


「……もう手を打ってあるのか」


「兵站は先手が全てです」


 マルクは帳簿を見つめた。ダリウスの書類と自分の帳簿を突き合わせる。数字が——噛み合っている。マルクが供給を計算し、ダリウスが需要を計算し、二つの数字がぴったりと接合する。


「ダリウス殿。あなたは——いつからこれを準備していた」


「開戦二日前からです。レンハルト殿が『住民避難最優先』と決めた瞬間に、物資消費量が通常の3.5倍に跳ね上がることは計算できましたので」


「3.5倍……」


「避難民の食料、毛布、医療物資。仮設住居の資材。輸送用ゴーレムの魔力補給。全て加算すると、平時の3.47倍です」


「小数点以下まで」


「当然です」


 マルクは——少し笑った。商人の笑みではない。もっと素朴な、感心した笑みだった。


「あなたと仕事がしやすい理由がわかった。——数字が合う」


「お褒めいただき恐縮ですが、数字が合うのは当たり前のことです。合わない方がおかしい」


「……そうですね」




 ダリウスの仕事は、誰にも見えない。


 前線でカイルが剣を振り、イグニスが炎を放ち、レンが指揮を執る。それは目に見える戦いだ。


 だが——ダリウスの戦いは、書類の上で行われる。


 避難所の配置図。各避難所の収容人数と現在の入居者数。食料の配給計画——朝食、昼食、夕食。一人当たりの必要カロリーから逆算した穀物消費量。乳児用と高齢者用の食事の別枠確保。


 補給線の管理。第一補給路、第二補給路、緊急迂回路。各中継点の在庫量、輸送日数、ゴーレム稼働率。天候による輸送遅延のリスク計算。


 兵站の全体最適化。前線への武器・食料・医療物資の配分比率。各部隊の消耗率に応じた優先配給。予備在庫の維持水準。


 一つの数字が狂えば、どこかで人が飢える。一つの輸送が遅れれば、どこかで薬が足りなくなる。


 ダリウスはその全てを——一人で管理していた。


 AIが補助している。数値の計算、在庫の追跡、輸送スケジュールの最適化。だが最終的な判断——どこに何を優先するか——は、ダリウスが決めている。


 なぜなら、AIは「この避難所には子供が多い」とか「あの村の老人は膝が悪い」という情報を、優先度の数値に変換できないからだ。ダリウスは——できる。


 書類の行間に、人が見えている。




 深夜。


 指揮所の灯りが落ちた後も、ダリウスはペンを走らせていた。


 替えペンの二本目が切れた。三本目に切り替えた。


「ダリウス殿」


 マルクが戻ってきた。手に二つの杯と酒瓶を持っている。


「……酒ですか。業務中です」


「業務中だからですよ。あなた、今日何時間寝ました」


「二時間です」


「一昨日は」


「一時間です」


「胃薬は」


「切れました」


 マルクが杯を置いた。ダリウスの書類の山の隙間に、正確に一杯分のスペースを見つけて。


「少しだけ。——数字の話をしましょう」


 ダリウスが——ペンを置いた。


 杯を手に取った。


「……では、少しだけ」




 二人は数字の話をした。


 物資の供給量と消費量。輸送コストと所要日数。避難民の増加率と食料備蓄の減少率。マルクが供給側の数字を出し、ダリウスが需要側の数字を出し、二人の計算が——静かに噛み合っていく。


「今のペースで行けば、物資は三週間持つ。ただし、前線が後退して避難民がさらに増えた場合——」


「追加の供給が必要ですね。西方からの輸送だけでは足りません」


「ハンデルスの商人ギルドに打診してある。ペトラ——ハンデルスの通商評議会議長に、非公式で連絡を取った」


「ハンデルスと? あの国とは通商協定すら結んでいませんが」


「結んでいないからこそ、交渉の余地がある。戦時の物資供給で恩を売れれば——戦後の通商協定交渉で優位に立てる」


「……相変わらず、長期で計算しますね」


「商人ですから」


 マルクが杯を傾けた。安い酒だ。戦時に高い酒は飲めない。


「ダリウス殿」


「はい」


「あなたは——なぜ辞めないんですか」


 ダリウスの手が止まった。杯が唇の前で静止した。


「辞めたいと言いながら、一度も辞めていない。レンハルト殿の無茶で仕事が十倍に増えても。戦争で書類が百倍に増えても」


「…………」


「商人として聞いています。コスト対リターンで言えば、あなたの労働は完全に赤字だ。他の国に行けば、あなたの能力ならもっと——」


「マルク殿」


 ダリウスが杯を置いた。いつもの堅い表情だった。だが——目が、ほんの少しだけ、柔らかくなっていた。


「私が辞めたら、誰がこの国を回すのですか」


 マルクは——黙った。


「レンハルト殿は天才です。ビジョンがある。人を動かす力がある。AIを使いこなし、ゴーレムを操り、精霊と契約し、国を建てた。——だが、書類を一枚もまともに書けない」


「……でしょうね」


「書類が書けない王の下で、書類を書くのが私の仕事です。理想を形にするには——紙と数字が必要なんです。華やかな戦場の裏で、誰かが補給計画を立て、避難所の毛布を数え、薬草の在庫を確認する。——その『誰か』が、私です」


 ダリウスが立ち上がった。


「辞めたいのは本当です。毎日思っています。ですが——」


 書類の山を見た。


「この書類の一枚一枚が、誰かの命を繋いでいます。避難所に毛布が届くのは、この書類があるからです。前線に薬草が届くのは、この発注書があるからです。——私が辞めた翌日に、どこかで毛布が足りなくなるかもしれない」


「だから辞めない」


「辞められない。——それだけのことです」


 マルクは杯を空にした。


 見えない戦場。書類と数字の戦場。華やかさはない。武勇伝にもならない。だが——この男がいなければ、国は三日で止まる。


「ダリウス殿。あなたは——商人ギルドにスカウトしたいくらいだ」


「お断りします。商人ギルドより王城の方が——書類が多いので」


「それは利点なんですか」


「はい」


 マルクは笑った。今度こそ、商人の笑みではなく、人間の笑みで。




 夜が明ける前に、ハンナが指揮所に駆け込んできた。


「ダリウスさん! 第三避難所の毛布があと二十枚で——」


「倉庫B-7の予備を回してください。昨夜のうちに手配済みです」


「えっ、もう?」


「ハンナ殿。避難民の受け入れ状況報告を」


「あ、はい! えーと——A区画が収容率87%、B区画が73%、C区画が——」


 ハンナが数字を読み上げた。ダリウスがペンを走らせた。マルクが横から輸送スケジュールを確認した。


 三人の間を数字が行き交う。


 前線では今も戦闘が続いている。レンが指揮を執り、カイルが剣を振り、イグニスが焼いている。


 だが——ここでも戦いがある。


 毛布の数を数え、パンの配給量を計算し、薬草の在庫を管理する。地味で、華やかさのかけらもない戦い。


 ハンナが報告を終えて走り去った後、マルクがダリウスに言った。


「あの子、よくやっている」


「ええ。避難民の受け入れ調整は、ハンナ殿が一番上手い。人と話すのが得意な方ですから」


「エルナさんのパンも、避難所に配っているそうだ」


「はい。エルナ殿が朝三時から焼いた保存パンを、ハンナ殿が各避難所に配送しています。——あのパンがあるだけで、避難民の士気が違います」


「パンで士気……」


「馬鹿にしたものではありません。温かいパンが手に入る避難所と、配給の干し肉だけの避難所では、避難民の協力度が27%違います」


「27%まで計算するんですか」


「当然です」


 マルクは帳簿に目を落とした。供給計画の数字を修正しながら——ふと、窓の外を見た。


 東の空が白み始めている。夜明けだ。


 前線からの伝令がそろそろ来る。昨日の戦況報告と、今日の補給要請が。ダリウスはそれを受け取り、数字に落とし込み、マルクの供給計画と突き合わせ、過不足を調整する。


 その繰り返しが——戦争を支えている。


「マルク殿」


「はい」


「胃薬の追加供給をお願いします。至急で」


「……供給計画に追加しておきます。優先度は?」


「最優先で」


 ダリウスの声には——冗談の気配がなかった。


 マルクは帳簿に一行書き加えた。『胃薬:ダリウス殿用。最優先。数量:無制限』。


 書きながら、思った。


 ——華やかな戦場の裏で、この男が国を支えている。


 商人と官僚。利益で動く男と義務で動く男。正反対のようで、数字で語り合える二人。


 戦争が終わった後、この国が立ち直れるかどうかは——レンの演説でも、カイルの剣でもなく、この地味な書類の山にかかっている。


 マルクは帳簿を閉じた。


「では——今日も、数字と戦いましょうか」


「ええ。今日の議題は——」


 ダリウスが書類を広げた。


「百四十七件です」


「……昨日より二十件増えてますね」


「全てレンハルト殿の判断に起因します」


「あの王は——本当に」


「はい。本当に、です」


 二人は苦笑した。同じタイミングで。同じ疲労の中で。


 そして——ペンを取った。



最後まで読んでいただきありがとうございました。


第97話「商人の選択」。第8アーク「世界最適化戦争・防衛編」の第6話です。


この話には剣戟もなければ、炎の魔法もありません。あるのは帳簿と書類と数字だけです。


でも、これが戦争です。前線の勇者が剣を振れるのは、後方で誰かが補給を計算しているから。避難民が温かいパンを食べられるのは、エルナが朝三時に焼き、ハンナが配送し、ダリウスが配給計画を書いているから。


マルクの「原価で出す」は、一見すると打算です。戦後の恩を計算に入れた、商人的な判断。でも本人が認めたがらないだけで——損切りできなかったのは、金の計算だけが理由じゃない。「あの王の周りには、利益がなくても人がいる」と気づいてしまったから。商人として最もまずい状態です。感情が計算を歪めている。でもマルクは、それを「投資」と呼んで自分を誤魔化す。その不器用さが、この男の魅力です。


ダリウスの「辞められない」は、この物語で最も静かな英雄の台詞です。毛布の数を数え、薬草の在庫を管理し、書類の山と格闘する。誰にも褒められない。武勇伝にもならない。でもこの男がいなければ、国は三日で止まる。


次話では、レンの避難民たちが自発的に防衛に志願し始めます。「王が俺たちを守った。今度は俺たちが守る番だ」——レンの「遠回りの正しさ」が、戦場で証明される時が来ます。

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