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固有スキル【生成AI】で異世界全自動化 〜魔法陣はAIで組み、国はAIが建て、気づけば俺の仕事がなくなりました〜  作者: 歩人


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第96話: 最小被害という算出

 魔王軍が見えた。


 北の地平線を埋め尽くす黒い波。それが生き物の群れだと認識するのに、数秒かかった。前世でデータセンターのサーバーログが真っ赤に染まった時と同じ感覚——だが、あの時は画面の向こう側の話だった。今は目の前にいる。


 レンは丘の上から双眼魔法陣で前線を見下ろしていた。


 AIが戦場のデータを次々と投影する。敵の数——推定四万。兵種構成、進軍速度、展開パターン。全て数値化されて浮かんでいる。美しい図表だ。きれいな数字だ。


 だが、あの黒い波の中に「人を殺す意志」がある。数字にはならない意志が。


「レンハルト殿」


 ダリウスが隣に立っていた。手に戦況報告書を握りしめている。黒い官服に朝靄あさもやの水滴がついているが、気にした様子もない。


「第三防衛線の住民避難、完了率74%です」


「74……あと26%か」


「はい。北東集落の住民約二千名が、まだ避難ルート上にいます。ゴーレム輸送隊を追加で——」


「出してください。防衛線の展開を遅らせてでも、住民を先に逃がします」


 ダリウスが一瞬、口を開きかけた。閉じた。頷いた。


「承知しました」


 ダリウスが伝令を走らせた。レンは双眼魔法陣を再び前線に向けた。


 黒い波が——動き始めた。




 戦闘開始から二時間。


 レンの防衛線は後退していた。


 理由は明白だ。住民避難を優先した結果、前線に展開できる兵力が不足している。第一防衛線のゴーレム部隊が魔王軍の先鋒と接触した時、本来なら後方にいるべき部隊の半分が——まだ避難民の護衛についていた。


 AIが赤い警告を出した。『防衛線の維持確率、47%に低下。即時増援を推奨』。


「……わかってる」


 レンが呟いた。


 数字の上では、今すぐ避難護衛のゴーレムを前線に戻すべきだ。それがAIの最適解だ。だが——そうすれば、まだ避難ルート上にいる二千名の住民が無防備になる。


「レンハルト殿。左翼が押されています」


 ダリウスの声が硬い。


 双眼魔法陣で左翼を確認した。ゴーレム三個小隊が魔王軍の突撃兵に正面から当たっている。石と鉄の巨躯が拳を振り下ろし、魔物の身体を砕く。だが数が違う。十対一の比率だ。押し返しても、次の波が来る。


「カイル、聞こえるか」


 精霊ネットワーク越しに声を飛ばした。


「おう! 聞こえてる! つーか今忙しい!」


 通信の向こうで金属が打ち合う音がした。カイルの声が弾んでいる。——この男は戦場で笑う。


「左翼が持たない。お前の隊で援護できるか」


「任せろ! ルッツ、二番隊を連れて左に回れ!」


「了解! カイルさん——いや、兄貴!」


 ルッツの声が通信に割り込んだ。若い。荒い。だが、恐れていない。


「兄貴はやめろって言ったろ!」


「戦場では兄貴です!」


「勝手にしろ!」


 通信が切れた。レンは一瞬、笑いかけた。——だがすぐに表情が戻った。


 右翼のAIデータが更新された。ヴィクトルの軍の戦況が表示されている。




 ヴィクトルの軍は——快進撃していた。


 数字が全て青だ。『敵殲滅率: 87%。進軍速度: 予定の1.3倍。部隊損耗率: 3.2%』。完璧なスコアだった。AI最適戦略が寸分の狂いなく実行されている。


 レンの軍が後退している間に、ヴィクトルの軍は既に第二防衛線を突破し、魔王軍の左翼を包囲しかけている。


 ——速い。


 これが、AIに全てを委ねた軍の動きだ。躊躇がない。迷いがない。住民避難のために兵力を割くこともない。全戦力を戦闘に投入し、最短で最大の戦果を叩き出す。


 数字の上では、ヴィクトルが正しい。


 レンはそれを認めざるを得なかった。自分の軍が押されている間に、ヴィクトルの軍は敵を蹴散らしている。戦術的には圧倒的に有利だ。


 だが——。


 AIの画面の端に、小さな赤い点が表示された。


「レンハルト殿」


 ダリウスの声が変わった。緊張の色が滲んでいる。


「ヴィクトル軍の進軍ルート上にあった北東の村——ケーニヒスドルフから、救難信号が出ています」


「ケーニヒスドルフ……あれは避難対象の村だ。まだ住民が——」


「はい。避難が間に合っていなかった地域です。ヴィクトル陛下の進軍方針では、その村の避難は——」


「『非効率として後回し』にされた」


 レンの声が低くなった。


 双眼魔法陣をヴィクトルの進軍ルートに向けた。見えた。ケーニヒスドルフの手前で、ヴィクトルの部隊が魔王軍と交戦している。ゴーレム兵団が完璧な陣形で敵を粉砕している——だがその余波が、村に及んでいる。戦闘の衝撃波で家屋が崩れ、逃げ遅れた住民が瓦礫の下に——。


「——連絡を入れろ。ヴィクトルに」




 精霊ネットワーク経由で、ヴィクトルの声が届いた。


 冷たい声だった。雑音が少ない。まるで会議室で話しているかのように、整然としていた。


「レンハルト。何だ」


「ケーニヒスドルフの住民だ。お前の進軍ルート上の村に、まだ住民がいた。被害が出てる」


 一拍の間。


「知っている」


「知ってるなら——」


「AIが算出した最小被害範囲内だ」


 レンの手が——握り締められた。


「最小被害範囲内……? 住民が瓦礫の下にいるんだぞ」


「戦争だ、レンハルト。犠牲はつきものだ。進軍を遅らせてあの村の避難を待てば、全体の戦況が三時間遅延する。三時間の遅延で、別の前線で推定120名の追加被害が出る。ケーニヒスドルフの推定被害は40名。——120対40だ。計算上、この進軍が正しい」


「計算上……」


「感情で戦略を曲げるな」


 ヴィクトルの声には——迷いがなかった。数字を読み上げるように、120対40と言った。40の中に人の名前があることを、この男は見ていない。


「感情じゃない」


 レンの声が——変わった。


 怒りではない。いや、怒りはある。だがそれだけじゃない。もっと深い場所から来ている。前世でデータに溺れた自分が、見落としてきた全てが、今この瞬間に重なっている。


「全員を守る。それが俺の判断だ。AIが算出する最小被害なんて、俺の前提条件に入ってない。ゼロが俺の最小被害だ」


「お前の判断は——非効率だ」


「非効率で結構だ」


 通信が——沈黙した。


 二秒。三秒。


 ヴィクトルの声が返ってきた。前と同じ温度だった。何も変わっていない。


「……好きにしろ。だが、戦後に数字を見れば、どちらが正しかったかわかる」


 通信が切れた。


 レンはイヤピースを外した。手が震えていた。——怒りか。恐怖か。自分でもわからない。


「ダリウスさん」


「はい」


「ケーニヒスドルフに救援隊を送ります。ゴーレム輸送班の予備隊を回してください」


「しかし、そうすると第二防衛線の補給が——」


「補給は二時間遅れます。それでいいです」


「……承知しました」


 ダリウスが伝令を飛ばした。その背中を見ながら、レンは思った。


 ヴィクトルの言う通りだ。数字の上では、ヴィクトルが正しい。120対40。全体最適を取るなら、40を切り捨てるべきだ。


 だが——切り捨てられた40の中に、エルナのような誰かがいる。ハンナのような誰かがいる。朝三時に起きてパンを焼く誰かがいる。


 それを数字に変換した瞬間、人は人でなくなる。


「俺は——数字で人を切り捨てる王にはならない」


 声に出した。誰にでもなく。自分に向けて。




 午後。


 戦況は膠着こうちゃくしていた。


 レンの軍は住民避難を完了した代わりに防衛線が二段階後退し、第三防衛線まで下がっている。ヴィクトルの軍は快進撃を続けて敵の左翼を壊滅させたが、中央が手薄になり、そこを魔王軍の精鋭部隊が突いてきた。


 全体の戦況図を見ると——レンの区域は劣勢、ヴィクトルの区域は優勢。だが合算すると、ほぼ均衡している。


 AIが戦況を総合評価した。『現在の戦況: やや有利。ただし防衛線の後退が継続すれば、6時間以内に不利に転じる可能性あり』。


「六時間……」


 レンが地図を見つめた。第三防衛線の地形は悪くない。丘陵地帯で、防衛側に有利だ。ここで持ちこたえれば——。


「レンハルト殿!」


 ダリウスが走ってきた。珍しく、走っている。


「前線からの報告です。カイル殿の隊が——」


「カイルが?」


「魔王軍の精鋭小隊を単独で食い止めています。左翼の陣地が突破されかけたところを、カイル殿とルッツ殿の二人で——」


 レンは双眼魔法陣を左翼に向けた。


 見えた。


 カイルが大剣を振り回している。血まみれだ。鎧の左肩が砕けている。だが——笑っている。あの馬鹿は笑っている。


 その隣で、ルッツが片手剣で魔物の突撃を受け止めていた。体格差を補うために低い姿勢で入り込み、足を払い、突き上げる。カイルの真似ではない。ルッツ自身の剣だ。荒削りだが、実戦で磨かれ始めている。


「カイル!」


 精霊ネットワークで声を飛ばした。


「おう! ちょっと待て! 今——いいとこ——なんだよ!」


 金属がぶつかる音。カイルの咆哮。魔物の悲鳴。


「左翼は任せろ! ゴーレムじゃ真似できねえだろ、これが人間の戦い方だ!」


 通信の向こうで、ルッツの声が聞こえた。


「兄貴、後ろ!」


「おう!」


 連携が取れている。カイルが前で大きく振り、隙を作った敵をルッツが仕留める。師弟の呼吸だ。


 レンは通信を切らなかった。二人の声を聞きながら、戦況図を見つめた。


 左翼は——持ちこたえている。カイルとルッツの隊が食い止めてくれている。


 右翼はヴィクトルの軍が制圧した。


 中央が問題だ。魔王軍の主力が中央に集結し始めている。


「イグニス」


「ここにおる」


 上空から、赤い声が降ってきた。


「中央の敵集結地点に——焼けるか」


「愚問じゃ」


 イグニスの炎が膨れ上がった。空が赤く染まった。数百年を生きた火の上位精霊が——全力を解放する。


「全力で焼く」


 炎の柱が——天を突いた。


 中央の魔王軍の集結地点に、巨大な火球が降り注いだ。大地が焼け、空気が沸騰し、魔物の軍勢が一瞬で灰に変わる。


 ——だが。


 炎が収まった後、魔王軍の後方から——新しい部隊が進軍してきた。焼け野原を踏み越えて。次の波だ。終わらない。


「……数が多すぎる」


 レンが呟いた。


 AIが更新されたデータを表示した。『敵増援確認。推定残存兵力: 32,000。——先の攻撃で殲滅した敵: 約2,000。全体の5%』。


 五パーセント。イグニスの全力で、たった五パーセント。


「まだまだおるぞ……」


 イグニスの声に——初めて、疲労の色が混じった。




 夕刻。


 第三防衛線は——持ちこたえていた。


 ギリギリで。


 レンの避難民は全員、安全圏に到達した。カイルとルッツが左翼を死守し、イグニスが中央を焼き、ゴーレム部隊が右翼を固めた。ヴィクトルの軍が敵の退路を断ち、魔王軍の第一波は——撤退した。


 撤退であって、敗走ではない。整然と退いていく魔王軍を見て、レンは眉をひそめた。


 ——あいつら、撤退が綺麗すぎないか。


 魔物の軍勢が、まるで指揮官の命令に従うように、一糸乱れず後退している。野蛮な魔物の群れの動きではない。訓練された軍隊の動きだ。


 違和感を飲み込んだ。今は——それどころじゃない。


「ダリウスさん。被害報告を」


「集計中です。レンハルト殿の軍——戦死者ゼロ。重傷者12名。ゴーレム損壊17機」


「ゼロ……」


「はい。住民の被害もゼロです。全員、避難が完了していました」


 レンは——息を吐いた。


 長い、長い息だった。


「ヴィクトル軍の被害は」


 ダリウスが一瞬、顔を曇らせた。


「ヴィクトル陛下の軍——戦死者8名。重傷者31名。ゴーレム損壊62機。……そして」


「そして?」


「ケーニヒスドルフの民間人被害——23名負傷、うち4名が重体」


 レンは目を閉じた。


 23名。4名が重体。


 ヴィクトルの言う「最小被害範囲内」。AIが算出した、許容可能な犠牲。


「……許容可能な犠牲なんて、ないんだよ」


 レンが呟いた。


 ダリウスは何も言わなかった。ただ、報告書に目を落として——静かにペンを走らせた。数字を記録している。23名という数字を。一人ひとりの名前を。


 官僚は数字を書く。だがダリウスは——数字の中に人を見ている。


「ダリウスさん」


「はい」


「明日も、同じ判断をします。住民を先に逃がします。防衛線が下がっても」


「……承知しています」


「非効率だと言われても」


「効率の定義は、何を守るかで変わります」


 レンは——ダリウスを見た。


 黒い官服。きっちりした七三分け。目の下のクマ。胸ポケットの替えペン三本。——この男は、いつだって正確に、静かに、レンの理想を現実に落とし込んでくれる。


「……ありがとうございます」


「お礼は不要です。——胃薬の補給を要請いたします」


「通します」


「ありがとうございます。では、明日の防衛計画を——」


 ダリウスが書類を広げた。数字と矢印が並ぶ作戦図。地味で、華やかさのかけらもない。


 だが——この書類が、明日も人を生かす。


 遠くの丘の上に、ヴィクトルの陣営の灯りが見えた。白い光。AIが制御する、均一で無駄のない光。


 レンの陣営の灯りは——精霊灯だ。不規則に揺れている。人の手で灯した光。ムラがある。効率が悪い。


 でも、温かい。



最後まで読んでいただきありがとうございました。


第96話「最小被害という算出」。第8アーク「世界最適化戦争・防衛編」の第5話です。


この話で描きたかったのは、「正しさ」の定義の違いです。


ヴィクトルは間違っていません。120対40という計算は、軍事的には合理的です。全体の被害を最小化するために、局所的な犠牲を許容する。それは戦略の教科書に書いてあることです。


でもレンは、その40の中に顔を見てしまう。エルナのような人。ハンナのような人。朝三時に起きてパンを焼く人。数字に変換した瞬間に消える、一人ひとりの物語。


「非効率で結構だ」。これはレンの信念であり、同時に弱さでもあります。この判断が将来どんな結果をもたらすか、まだわかりません。


ダリウスの「効率の定義は、何を守るかで変わります」という一言は、この話の核心です。何を最適化するかによって、最適解は変わる。命を数字に変換するか、しないか。その選択が、二人の王の違いを決定づけます。


次話「商人の選択」では、戦場の裏で国を支える男たちの物語が描かれます。マルクとダリウス——数字で語り合う二人。

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