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固有スキル【生成AI】で異世界全自動化 〜魔法陣はAIで組み、国はAIが建て、気づけば俺の仕事がなくなりました〜  作者: 歩人


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第95話: 帰ってきなさいよ

 出陣は明朝。


 その一言が城中に伝わった瞬間から、アルゴリズの空気が変わった。廊下を歩く兵士の足音が重くなり、精霊灯の光がいつもより揺れて見える。窓の外、街はまだ生きている。だが——明日から、ここに残る者と、戻ってこないかもしれない者に分かれる。


 レンは執務室の窓辺に立っていた。


 机にはAIが出力した出陣命令書がある。兵站計画、部隊編成、行軍ルート、補給拠点の配置。数値は完璧に整理されている。だがレンはそれに署名していなかった。


 ——明日、この命令で人を戦場に送る。


 頭を掻いた。掻いても何も出てこないことは知っている。それでも手が動く。前世の癖だ。データセンターの障害対応の前夜もこうだった。ただし、あの時は最悪でもサーバーが落ちるだけだった。


 明日落ちるのは、人の命だ。


 ノックの音がした。




 最初に来たのは、カイルだった。


「よう、レン」


 扉を蹴り開けて入ってきた。両手に大剣を抱えている。刃が精霊灯の光を反射して、白く光っている。


「お前……その剣」


「おう、磨いてた。朝からずっと」


 カイルが執務室の椅子にどかりと座り、大剣を膝に置いた。柄頭つかがしらまで丁寧に磨き上げられている。刃紋が浮かび上がるほどの仕上がりだった。


「ヴォルフのじいさんに研いでもらった。『お前の雑な使い方なら、一週間で刃こぼれする』って怒られたけどな」


「それ、褒められてないぞ」


「褒められてる。ヴォルフが研いでくれた時点で認められてんだ」


 カイルが満面の笑みで刃を見つめた。少年のような笑顔だった。戦争の前夜に、この男はこの顔をする。


「カイル」


「なんだ」


「怖くないのか」


 カイルが顔を上げた。一拍、考えた。いや、考えていないかもしれない。この男は考えるより先に答えが出る。


「怖いに決まってんだろ」


「……そうか」


「でも、怖いから逃げたら、守れるもんも守れねえ。——俺は前線に立つ。ずっとそう決めてた」


 カイルが立ち上がった。大剣を肩に担ぐ。


「難しいことはわからん。でも——お前が『全員生きて帰す』って言ったろ。俺はそれを信じる。お前が戦略を考えて、俺が前で斬る。いつも通りだ」


「……いつも通り、か」


「おう」


 カイルが扉に向かいかけて、振り返った。


「ルッツには俺から言ってある。あいつは二番隊の先頭だ。——まだ青いけど、筋は悪くねえ」


「カイルが認めたなら、信じる」


「認めてねえよ。まだ半人前だ」


 カイルが笑った。扉が閉まった。——廊下を遠ざかる足音が、いつもより軽かった。




 次に来たのはメイラだった。


 ノックの仕方でわかる。三回、等間隔。カイルの蹴りとは対極の、規則正しい音。


「失礼します、レンさん」


 メイラが入ってきた。脇に分厚い書物を抱えている。丸眼鏡の奥のグリーンの瞳が——いつもより真剣だった。


「メイラ。どうした」


「後方支援の魔法陣ネットワークの設計が完了しました。報告に参りました」


 メイラが机の上に設計図を広げた。複雑な魔法陣が幾重にも重なり、細い線で全軍の配置と連動している。


「前線のゴーレム部隊と、各防衛拠点を精霊ネットワークで接続します。情報の遅延を最小限にして、後方から回復魔法陣の遠隔展開を——」


「設計は完璧だと思う。メイラがやったんだから」


 メイラの手が止まった。丸眼鏡の奥の瞳が——一瞬だけ、揺れた。


「……ありがとうございます」


「前線には行くな。後方で全体を見てくれ」


「はい。わたしの仕事は、そこです」


 メイラが設計図をたたみ、抱え直した。


「レンさん」


「ん」


「わたしの教え子たちが——学舎の卒業生たちが、情報分析班に志願しました。AIの出力を人間の目で検証する仕事です。——嘘を見抜く力は、彼らが一番持っています」


 レンは黙った。


 自分が作った学舎。「考える力」を教えた教室。あの子供たちが——もう、戦場の傍にいる。


「……メイラ。教え子たちを、頼む」


「はい。わたしの教え子たちを——死なせません」


 静かな声だった。穏やかで、知的で——だが、鉄のように硬い決意が滲んでいた。


 メイラが扉を閉めた後、レンは設計図があった場所を見つめた。一滴のインク染みも残っていない。あの子は、仕事が完璧だ。




 窓辺に火が灯った。


 赤い炎がゆらりと揺れ、人の形を取った。赤髪が逆立ち、金色の瞳が燃えている。


「イグニス、来たか」


「呼ばれてもおらんのに来てやったんじゃ。感謝しろ」


「してる」


「……ふん」


 イグニスが窓枠に腰かけた。炎が窓ガラスに映って、二重に揺れている。


「明日、お前はどうする」


「全力で焼く」


「……もうちょっと具体的に言ってくれ」


「全力で焼く。以上」


 レンは苦笑した。数百年を生きた精霊の戦争準備が「全力で焼く」の五文字で完結する。考えてみれば、これが精霊の在り方なのかもしれない。


「精霊ネットワーク——MCPの全接続を、明日から戦闘モードに切り替える。お前にはネットワーク全体の火力調整を任せたい」


「任せろ。数百年、火を操ってきた。この俺様に火力調整を任せるのは——賢明な判断じゃ」


「偉そうだな」


「偉いからな」


 イグニスの炎が、ふわりと大きくなった。金色の瞳がレンを見ている。


「術者よ」


「ん」


「生きて帰ってこい。お前が死んだら、契約が切れる。わしは——また独りになる」


 炎が揺れた。声は偉そうだった。でも——言葉の端が、ほんの少しだけ、震えていた。


「帰ってくるよ。帰ってこなかったら、エルナに0点にされる」


「……くだらん理由じゃ」


 イグニスが消えた。窓辺に残った温もりが、ゆっくりと薄れていった。




 深夜。


 執務室の扉が、そっと開いた。杖の音。


「じいさん」


「師匠と呼べと何度言えば——まあいい」


 グレンが杖をつきながら入ってきた。白髪白髭が精霊灯に照らされて、銀色に光っている。72年を生きた身体が、杖に体重を預けている。


「じいさん、明日は後方にいてください。前線は——」


「わしも行く」


 レンの言葉を遮った。


「老骨にムチを打ってな」


「じいさん、無理しないでください。身体が——」


「わしの身体の心配は余計じゃ」


 グレンが椅子に腰を下ろした。杖を膝の間に立てて、両手を重ねた。


「小僧。いや——レンハルト」


 名前で呼んだ。滅多にそうしない人が。


「わしは72年、魔法陣を書いてきた。お前のAIが三分で書くものを、三年かけて書いてきた。——精度ではお前に負ける。速さでも負ける」


 白い眉の下の灰色の瞳が、静かに燃えている。


「だがな。わしの魔法陣には、72年分の『祈り』が込めてある。兵士を守る魔法陣は——願いを込めて書かなければ、ただの図形じゃ」


「……」


「お前のAIは祈れん。だから、わしが行く」


 レンは——何も言えなかった。


 この人に「休め」と言う資格が、自分にあるだろうか。72年の祈りを、合理性で否定する権利があるだろうか。


「……わかりました。でも、無理だと思ったら下がってください」


「無理だと思うまでは前にいる。——それでいいじゃろ」


 グレンが立ち上がった。杖を突いて歩き出す。扉の前で振り返った。


「小僧」


「ん」


「帰ってこい」


 杖の音が遠ざかった。




 全員が来て、全員が同じことを言った。


 帰ってこい。


 レンは命令書に署名した。


 ペンを置いた時、指が震えていた。




 城の裏庭。


 月明かりの下で、ハンナが走り回っていた。


 両腕に書類を抱え、避難民の名簿を確認し、受け入れ拠点の担当者に指示を飛ばしている。花柄のエプロンが月光に白く浮かんでいる。


「Aブロックの収容人数、あと三十人! 毛布が足りないから、倉庫の予備を——」


「ハンナ」


 エルナが後ろから声をかけた。


 ハンナが振り返った。息を切らしている。頬にそばかすが浮かんでいる。


「エルナ。どうしたの、こんな時間に」


「……あんたこそ。いつから走り回ってるの」


「えーと、昼から? 避難民の受け入れ準備がまだ全然で——ダリウスさんの指示書が42ページあるんだけど、あたしの担当分だけで12ページあるの」


 ハンナが笑った。疲れた顔だけど、目は笑っている。


「あたし、戦えないけど、こっちの仕事ならできるから」


「……ハンナ」


「エルナはパンを焼いて。あたしは人を迎える。——前線に行く人たちが帰ってくる場所を、あたしたちが守るんだよ」


 エルナは黙った。


 月明かりが裏庭を照らしている。明日から、この場所は避難民で溢れる。レンは前線に行く。カイルも。メイラも後方支援に行く。グレンも、イグニスも。


 残るのは、自分とハンナだ。


「ねぇ、エルナ」


「なに」


「レンに、ちゃんと言った?」


「……何を」


「わかってるくせに」


 ハンナが——珍しく、真剣な顔をした。いつものからかうような笑みではなく、親友としての目でエルナを見ている。


「明日、行っちゃうんだよ。言わないまま送り出すの?」


「…………」


 エルナは答えなかった。


 月が雲に隠れた。裏庭が暗くなった。




 城門の前。


 出陣前の最後の夜。レンが城門を見上げていた。明日、この門を開けて出ていく。


 足音がした。軽い足音。


「レン」


 振り返った。エルナが立っていた。


 エプロンは外している。素朴なワンピースに革のブーツ。月明かりに照らされて、小麦色のウェーブが揺れている。


「エルナ。こんな時間に」


「……言いたいことがあって」


 エルナが一歩、近づいた。


 レンの目を、まっすぐに見た。


 緑色の瞳が——月光を映している。


「レン」


「ん」


「帰ってきなさいよ」


 声が——少し、震えていた。


「帰ってこなかったら……」


 エルナが唇を噛んだ。一拍。


「40点から0点にするから」


 レンは——一瞬、呼吸を忘れた。


 エルナの目が潤んでいる。でも涙は落ちていない。落とさないように、上を向いている。月を見ているふりをしている。


「……それは困る」


 声が掠れた。自分の声が、こんなに不器用だったことを初めて知った。


「困ればいいの。困って、全力で帰ってきなさいよ」


「帰ってくる」


「約束」


「約束する」


「……あんたの約束、いつも雑なんだから」


「今回は——雑にしない」


 エルナが目を伏せた。


 月が雲から出た。城門の前に、二人の影が長く伸びた。


 レンが手を伸ばした。エルナの手に触れた。粉の跡がある、いつもの手。パンを焼く手。人を迎える手。


 エルナの手が——レンの手を、きゅっと握り返した。


 一秒。


 二秒。


 エルナが手を離した。


「……パン焼かなきゃ。明日の分」


「朝三時か」


「うん。前線用の保存パンも焼くから。——あんたたちが食べる分」


「ありがとう」


「礼はいらない。帰ってくればいい」


 エルナが背を向けた。歩き出した。五歩で——振り返った。


「レン」


「ん」


「……42点」


 エルナが走り去った。足音が石畳に響いて、消えた。


 レンは城門の前に立ったまま、しばらく動けなかった。


 42点。


 上がった。




 翌朝。


 城門が開いた。


 朝日が差し込む中、兵士たちが整列している。ゴーレム部隊が後方に控え、魔法陣が淡く光っている。カイルが最前列で大剣を担ぎ、ルッツがその隣で片手剣を握りしめている。メイラが後方支援班を率いて待機し、イグニスが空中で炎を纏って浮かんでいる。グレンが杖をつきながら、静かに隊列に加わった。


 レンが城門の前に立った。


 全軍を見渡した。


 AIが用意した演説文がある。完璧な言葉。最適化された鼓舞のフレーズ。


 ——使わない。


「行ってくる」


 それだけ言った。


 城門の外から歓声はなかった。静かに——全員が頷いた。


 レンが歩き出した。


 城壁の上から、エルナが見ている。


 隣にハンナがいる。ハンナがエルナの肩を抱いている。


 エルナの目から涙が——一粒だけ、落ちた。


「泣いてない」


「泣いてるじゃん」


「泣いてない。朝の風が目に——」


「はいはい」


 ハンナがエルナの肩を抱く手に、力を込めた。


 城門の先に、レンの背中が遠ざかっていく。カイルの金髪が朝日に光り、グレンの白髪が風になびき、イグニスの炎が空に赤い軌跡を描いている。


 エルナが呟いた。


 声にならないほど小さく。


「……帰ってきなさいよ」



最後まで読んでいただきありがとうございました。


第95話「帰ってきなさいよ」。第8アーク「世界最適化戦争・防衛編」の第4話です。


出陣前夜というのは、一番静かで、一番苦しい夜です。カイルの満面の笑みは恐怖の裏返し。メイラの完璧な設計図は「死なせない」という祈りの形。イグニスの「全力で焼く」は、数百年の孤独を知る精霊の不器用な約束。グレンの「祈り」は——AIが三分で書く魔法陣にはない、72年分の重み。


そしてエルナの「帰ってきなさいよ」。40点から0点にする、という脅しは、彼女なりの精一杯の愛情表現です。42点に上がったのは——レンが「雑にしない」と言ったから。ツンデレの採点基準は、いつだって感情で動いています。


ハンナの「戦えないけど、こっちの仕事ならできるから」という台詞は、この物語のもう一つのテーマです。全員が剣を振るわなくていい。自分にできることをやる。それが、戦いの形。


次話「最小被害という算出」では、いよいよ戦闘が始まります。レンとヴィクトルの決定的な対立——「お前の最適解で人が死んでるぞ」。

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