表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
固有スキル【生成AI】で異世界全自動化 〜魔法陣はAIで組み、国はAIが建て、気づけば俺の仕事がなくなりました〜  作者: 歩人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

80/100

第80話: 別にあたしには関係ない

 使節団到着から三日目。


 エルナは工房を早めに閉めた。


 理由は単純だ。パンが——まともに焼けなかったから。


 今日だけで三回失敗した。一回目はライ麦パンの発酵が足りなくて石みたいに硬くなった。二回目はクルミパンに塩を入れすぎた。三回目は——窯の前でぼんやりしすぎて、全体が真っ黒になった。


 三回目の失敗で、エルナは自分に白旗を上げた。


「今日はもう無理」


 誰に言うでもなく呟いて、窯の火を落とした。


 エプロンを外して、裏口から出ようとした時——。


「エルナ! 今ひま?」


 ハンナが裏口に立っていた。右手にワインの瓶。左手にチーズとハムの包み。


「……なに、それ」


「女子会」


「は?」


「女子会だよ。あたしとエルナとメイラさんで。場所はエルナの工房の二階。もう決まってるから」


「決まってない。あたしは聞いてない」


「今聞いた。はい、決定。メイラさんはもう上で待ってるよ」


「——は?」


 二階に上がると、メイラが小さなテーブルにカップを並べていた。丸眼鏡の奥のグリーンの瞳が、少し疲れている。


「あ、エルナさん。お邪魔してます」


「メイラさん、あんたまで」


「ハンナさんに『緊急会議だから』って呼ばれて……断れなくて」


「ハンナ、あんたね——」


「はいはい、座って座って。今日は真面目な話があるの」


 ハンナがワインを注いだ。エルナの分は多め。


 三人がテーブルを囲んだ。工房の二階はエルナの住居スペースで、質素だが清潔だ。窓から夕陽が差し込んでいる。テーブルの上に、小麦粉の袋とレシピ帳が積まれている。


「さて」


 ハンナがカップを掲げた。


「今日の議題は一つ。——あの姫様について」


 エルナのカップを持つ手が止まった。メイラが視線を落とした。


 ハンナだけが、いつもの笑顔だ。


「まず事実確認ね。セレスティア姫がレン君に政略婚を提案した。これは確定。市場の噂じゃなくて、ダリウスさんが公式に認めた」


「……公式なんだ」


「そう。で、レン君はまだ返事してない。一週間の猶予があるって」


「一週間」


「うん。つまり——まだ決まってないってこと。ここ重要だからね、エルナ」


 エルナがワインを一口飲んだ。苦い。いや、ワインのせいじゃない。


「それで? あたしにどうしろって言うの」


「どうしろとは言わない。でも、あんたの気持ちは聞きたい」


「気持ちなんか——」


「あるでしょ。昨日からパン焦がしまくってる人が、気持ちないわけないでしょ」


 メイラが小さく微笑んだ。


「エルナさん。わたしも——少し、聞いてほしいことがあるんですけど」


「メイラさん?」


「後で。まずはエルナさんの話を」


 エルナは——カップをテーブルに置いた。


「……あたしさ」


 声が低い。いつもの辛辣さが消えて、ただの十六歳の女の子の声になっている。


「あの姫様を見た時、最初に思ったのは『きれいな人』だった。それは本当。すっごいきれいだった。髪も、目も、ドレスも、立ち方も。全部が完璧で——あたしとは真逆」


「真逆じゃないよ」


「真逆だよ。あの人はティアラをつけて国を動かす人。あたしはエプロンつけてパンを焼く人。比べようがない」


「だから比べるなって——」


「比べなくても、わかるのよ。並んだ時に、どっちが——」


 エルナが言葉を切った。


 窓の外を見た。夕陽がオレンジ色に街を染めている。遠くに、セントラリアの使節団の旗が見える。


「……あたしが怖いのはさ」


「うん」


「あの姫様が、ただきれいなだけじゃないってこと。頭もいいし、国を背負う覚悟もある。レ——あいつの話についていける知性がある。AIの話とか、政治の話とか。あたしにはちんぷんかんぷんなことを、あの姫様は理解できる」


「それは——」


「あたしは、パンしか焼けない」


 その言葉が、工房の二階に静かに落ちた。


 ハンナが——目を見開いた。そしてテーブルを叩いた。


「エルナ!」


「なに」


「パンしか焼けない、じゃない! パンを焼けるのよ!」


「同じ——」


「全然違う! あんたのパンは、この国で一番美味しいの! 手作りギルドの一号認定で、セントラリアから定期発注が来て、あんたの手で焼いたパンがアルゴリズのブランドになったの! ——それを『パンしか焼けない』って言うな!」


 ハンナの声が大きい。近所迷惑だ。でも——止まらない。


「あんた、あの姫様に負けてないって!」


「負けてるよ。スペックが違いすぎる」


「スペックって何よ。レン君の口癖がうつってるじゃん」


「——うるさい」


「あんたの方が100倍いいって!」


「何が100倍なのよ……」


「全部! パンだって、笑い方だって、怒った顔だって!」


「最後のは褒めてないでしょ」


「レン君は怒った顔が好きだと思うよ」


「……はぁ?」


「だってあの人、エルナに怒られるたびにちょっと嬉しそうにしてるもん。あたし見てたもん」


「あいつが嬉しそう——嘘でしょ」


「嘘じゃないって。ね、メイラさん」


 メイラがカップを両手で包んだ。少し考えてから——頷いた。


「……嘘じゃないです。レンさんは——エルナさんに叱られている時が、一番人間らしい顔をしています」


 エルナが——メイラを見た。


 メイラは微笑んでいる。穏やかな、だが——どこか切ない笑顔。


「メイラさん……」


「わたし、ずっと見てましたから。レンさんの顔。——エルナさんの前だと、数字や分析をやめて、ただの男の子に戻るんです。あの顔は——わたしの前では、見せてくれなかった」


 空気が——変わった。


 ハンナが口を閉じた。エルナが目を伏せた。


 メイラが——カップに視線を落とした。


「ごめんなさい。重い話になっちゃいましたね」


「メイラさん——」


「大丈夫です。わたしは、もう——覚悟してますから」


 メイラの声は穏やかだった。震えていない。泣いていない。ただ——静かに、事実を受け入れている声だった。


「わたしが話したかったのは、別のことなんです」


「別のこと?」


「セレスティア様のことです」




 メイラは今朝、偶然セレスティアと顔を合わせた。


 アルゴリズ学院の廊下で。セレスティアが視察の一環で学院を訪れた時、メイラが案内役を務めたのだ。


 セレスティアは——メイラが想像していた以上に、真剣だった。


 学院の教育方針、ハルシネーション教育の理念、子供たちの思考訓練のカリキュラム。全てに的確な質問をし、問題点を指摘し、改善案まで提示した。ただの視察ではなかった。彼女は本気で学ぼうとしていた。


「セレスティア様は——すごい方でした」


 メイラがカップの中のワインを見つめている。


「知性も、覚悟も、美しさも。全部が——本物でした。……正直に言うと、圧倒されました」


「メイラさん……」


「あの方を見て、思ったんです。『わたしには、あの強さがない』って」


 メイラの丸眼鏡が、窓からの夕陽を反射した。


「レンさんのことが好きでした。それは——もう隠しても仕方ないですけど。でも、セレスティア様を見て——はっきりわかったんです」


「何が?」


「わたしの『好き』は——覚悟が足りなかった。セレスティア様は、国を懸けてレンさんに向き合っている。政略婚でも何でも、国の未来のためにプライドを捨てて提案できる。——わたしは、自分の気持ちすら素直に言えないまま、ずっと見ているだけだった」


 メイラが眼鏡を外した。レンズを拭いている。手が——微かに震えている。


「強がりじゃないです。これは——自分への正直な評価です。わたしは研究者だから、データから逃げちゃいけない。自分のデータからも」


 エルナが——メイラの手に、自分の手を重ねた。


 小麦粉だらけの手。メイラのインク染みの手。


「メイラさん」


「はい」


「あんたは——十分強いよ」


「え?」


「自分の気持ちをちゃんと見つめて、認めて、言葉にできる人は強い。あたしは——それすらできないから」


 メイラの瞳が——潤んだ。


 ハンナがすんすんと鼻をすすっている。


「ちょっと、ハンナ泣かないでよ」


「泣いてない! 鼻水が出ただけ! ——うぅ、二人ともいい子すぎて……」


「あんたが泣くと話が進まないんだよ」


「だって……!」


 ハンナが盛大に鼻をかんだ。


 エルナが——少しだけ笑った。


「……ハンナ。メイラさん。あたし——まだ整理できてない。自分の気持ちが何なのか。好きなのかどうかも——ほんとにわかんない」


「わかってるでしょ」


「わかってない。……たぶん」


「パンは嘘つかないよ、エルナ。あんたの焦げたパンが、全部答えてる」


 エルナは——反論しなかった。


 三人の女子会は、日が落ちるまで続いた。ワインが一本空になり、チーズとハムもなくなった。話題はセレスティアのことから、レンの鈍さのことに移り、ハンナがカイルとルッツのことを「いい体してるよね、二人とも」とまとめて評価し、メイラが「ハンナさん、それは評価の軸がおかしいです」と真顔で突っ込み、エルナが「全員おかしい」と呆れた。


 笑い声が、工房の二階から漏れていた。




 同じ夕方。学舎の裏庭。


 ルッツは素振りをしていた。


 三百回目。汗が顎から滴り落ちる。腕が痺れ始めている。でも止めない。止めたら——考えてしまうから。


 メイラのことを。


 昨日から、メイラの様子がおかしい。いつもの穏やかな笑顔が——どこか、薄い。微笑んでいるのに、目が笑っていない。授業中は普通にしているけれど、授業が終わると——一人で窓の外を見ている。


 ルッツにはわからない。メイラが何を考えているのか。AIとか魔法理論とか、難しいことは全然わからない。


 でも——メイラが元気じゃないことだけは、わかる。


「三百五十……三百五十一……」


 剣を振るたびに、風を切る音がする。


 今朝、メイラとすれ違った。廊下で。


「おはようございます、メイラさん!」


 声が裏返った。いつものことだ。メイラの前だと喉が勝手にバグる。


「おはよう、ルッツくん。今日も朝早いのね」


 メイラが微笑んだ。でも——その笑顔が、いつもと違った。


 何が違うのかは、うまく言えない。ルッツは言葉が得意じゃない。文字を読むと眠くなるし、難しい話は頭に入らない。


 でも——人の表情なら読める。剣の稽古と同じだ。相手の動きを見て、次を読む。メイラの笑顔は——防御の型だ。何かを隠している時の、前に出さない構え。


「四百!」


 最後の一振りを終えて、ルッツは剣を下ろした。


 息が荒い。全身から汗が噴き出している。でも頭の中はすっきりしない。


「兄貴」


 カイルが裏庭の隅に座っていた。


「おう。終わったか」


「はい。——兄貴、聞いていいですか」


「何だ」


「メイラさんが——なんか、最近元気なくて」


 カイルが——ルッツを見た。


 青い目が、いつもの大雑把な光とは違う、鋭い光を帯びている。


「お前、気づいてたか」


「はい。昨日から。笑ってるけど、目が笑ってない」


「……お前、メイラの前だと挙動不審のくせに、そういうのはちゃんと見てるのな」


「剣の稽古で鍛えた眼です」


「恋の眼だろ」


「ち、違います! ——いや、違わないかもしれないですけど、今はそういう話じゃなくて」


「だったらどういう話だ」


「メイラさんが辛そうなんです。俺に何かできることないかなって」


 カイルが——立ち上がった。ルッツの肩に手を置いた。


「ルッツ」


「はい」


「お前にできることは一つだ。そばにいろ」


「そばに……」


「難しい言葉はいらない。難しい理屈もいらない。メイラが辛い時に、横にいる。それだけでいい」


「……それだけでいいんですか」


「それが一番難しいんだよ」


 カイルが手を離した。


「俺はな、ルッツ。お前の不器用さが嫌いじゃない。器用な奴は、器用に逃げる。お前は不器用だから、逃げない。——それが、お前の武器だ」


「兄貴……」


「よし。腹減った。飯食いに行くぞ」


「はい!」


 ルッツは剣を鞘に収めた。


 カイルの後ろをついて歩きながら——考えた。


 そばにいる。それだけでいい。


 本当にそれでいいのかな。


 本当に、それだけで——メイラさんは笑ってくれるのかな。


 わからない。でも——やってみるしかない。


 剣と同じだ。振らなきゃ当たらない。兄貴が言ってた。


 ——振らなきゃ、当たらない。




 夜。


 エルナは工房の二階で、一人になった。


 ハンナとメイラが帰った後、散らかったテーブルを片付けて、窓を開けた。夜風が入ってくる。星が見える。


 明日はまたパンを焼く。今度はちゃんと焼く。焦がさない。失敗しない。


 ——あたしには、パンがある。


 それだけが、今の自分の確かなものだ。


 ティアラはない。王族の血筋もない。魔法の才能もない。AIのことなんかわからない。


 でも——パンなら焼ける。あたしの手で。あたしの温度で。あたしだけの味で。


「……あんたの不器用な言葉の方が好き」


 ——なんで今、そんなことを思い出したんだろう。


 いつだったか。レンが何かを説明しようとして、全然うまくいかなくて、訳のわからない前世の言葉を並べて、最後に「あ、わかんないよな。えーと……」と頭を掻いた時。


 あたしが「長い。結論は?」と言ったら、レンが「……えーと、すごい」と言った。何がすごいのかさっぱりわからなかったけど。


 あの時の——あいつの顔が、なぜか消えない。


 エルナは窓枠に肘をついた。


 星を見上げた。


 明日、レンに会ったら——何を言おう。


 「ふうん。姫様と結婚するんだ。よかったね」


 そう言うつもりだった。平気な顔で。いつもみたいに。


 ——でも。


 パンが焦げた理由を、あたし自身が一番よくわかっている。


「別にあたしには関係ない」


 声に出して言った。


 夜空に向かって。誰にも聞こえないように。


 ——嘘つき。


 ハンナの声が頭の中で聞こえた。


 エルナは——窓を閉めた。


 明日のパンの仕込みをしなければ。


 パンのことだけ考えよう。パンだけ。


 ——あいつのことは、パンを焼いてから考える。


 小麦粉の袋に手を伸ばした。


 明日は、焦がさない。


 絶対に。



最後まで読んでいただきありがとうございました。


第80話「別にあたしには関係ない」。第7アーク第3話です。


今回はエルナ、メイラ、ハンナの三人の話です。女子会回。


ハンナの「あんた、あの姫様に負けてないって!」「レン君は怒った顔が好きだと思うよ」——ハンナはコメディ要員であると同時に、エルナの一番の理解者です。恋愛に関する洞察力だけは精霊並み。本人の恋愛運だけがゼロなのが永遠のネタですが。


メイラの「わたしには、あの強さがない」は、セレスティアという「覚悟を持った女性」を目の当たりにしたことで、自分の気持ちの輪郭がはっきり見えてしまった瞬間です。メイラは研究者だから、自分のデータからも逃げない。それが彼女の強さであり、同時に——辛さでもあります。


そしてルッツ。メイラの笑顔が「防御の型だ」と見抜く場面を書きたかった。剣の稽古でしか物を見られない男が、剣の稽古の目でメイラを見ている。不器用だけど、ちゃんと見ている。カイルの「そばにいろ。それが一番難しい」もいい台詞が書けたかなと思います。


エルナの「別にあたしには関係ない」。タイトル通りの嘘。自分でもわかっている嘘。でも——まだ、本当のことが言えない。パンだけが正直です。焦げたパンが、言葉にできない感情の全てを語っている。


次話ではいよいよ、レンとアルデンの対峙が始まります。Arc6の工作の真相が——。

☆評価・ブクマ・感想をいただけると次話の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ