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固有スキル【生成AI】で異世界全自動化 〜魔法陣はAIで組み、国はAIが建て、気づけば俺の仕事がなくなりました〜  作者: 歩人


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第75話: 案外いいコンビ

「なんでうちの工房にそんなもん持ち込んでるわけ?」


 朝五時。粉まみれのエルナの声が、パン工房に響いた。


 エルナが腕を組んで立っている。エプロンの紐を結び直しながら、精霊投影盤を睨んでいる。レンが持ち込んだ半透明の板が、使い込まれた作業台の上で場違いに青白く光っていた。


「……朝五時だからね。朝五時」


 エルナがもう一度強調した。


「手作りブランドの企画会議だよ。昨日言っただろ」


「言ったけど、まさか朝5時に来るとは思わなかったし」


「エルナの仕事時間に合わせた方が効率がいいと思って」


「……あんたの効率、いつも人の都合を無視するよね」


 レンは頭を掻いた。


「すまん。出直そうか?」


「もう来ちゃったんだから仕方ないでしょ。——邪魔だけはしないでよ」


 エルナが窯の前に移動した。今日の仕込みが始まる。生地はすでにこねてあった。朝3時起きで準備したのだろう。レンが来た時にはもう成形に入っていた。


 レンは工房の隅に座り、投影盤を広げた。


「まず、現状の市場分析をAIに出させた」


「あたしのパンを市場分析って言わないで。気持ち悪い」


「——現状を整理した、と言い直す」


「どっちでも同じでしょ」


 レンは苦笑して、データを読み上げた。


「アルゴリズの食品市場。ゴーレム量産パンの価格は銅マナ0.3。シェアは市場の7割。エルナの手作りパンは銅マナ1。シェアは3割。だが、リピーター率はエルナの方が圧倒的に高い」


「当たり前でしょ。毎日買いに来てくれるお客さんがいるんだから」


「そう。そこがポイントだ。量産品は安いから買われている。手作り品はうまいから買われている。——つまり、競合じゃないんだ。別の市場だ」


 エルナの手が——一瞬、止まった。


「……別の市場?」


「安いパンが欲しい人はゴーレムパンを買う。うまいパンが欲しい人はエルナのパンを買う。価格で戦う必要はない。品質で差別化する。——前世で言うプレミアムブランド戦略だ」


「前世の話はいいから。要するに何?」


「手作り認証マークを付ける。『このパンは人間が焼きました』という証明。価格は上げる。銅マナ2にする」


「倍!? そんなの誰が買うの」


「買う人は買う。——エルナのパンを毎日買いに来る客は、値段で来てるんじゃない。味で来てるんだ」


 エルナは返事をしなかった。生地を成形する手が、リズムを取り戻していた。丸めて、のばして、形を整える。一つとして同じ形にならない。——それがいい。


「……値段を上げたら、買えない人が出るよ」


「ゴーレムパンが銅マナ0.3である限り、誰もパンが食べられなくなることはない。安いパンは行き渡る。その上で、手作りパンを選びたい人が選べるようにする」


「選べることが、豊かさ……って、あんたが昨日言ってたやつ」


「ああ」


 エルナが振り返った。粉で白くなった手を腰に当てて、レンを見た。


「……あんたさ」


「ん?」


「昨日の演説。あたし、聞いてたよ」


「知ってる。パン屋の軒先から見てただろ」


「見てない」


「見てた」


「……見てたけど。——感想は言わないからね」


「聞いてない」


「聞いてないならいいけど」


 沈黙が落ちた。窯の中で薪が爆ぜる音がした。


「……30点」


「え?」


「あんたの演説。30点」


「厳しいな」


「AIの答えを否定したとこだけ、50点。あとは——まあ、20点くらい」


「平均したら35点じゃないか。上がってるぞ」


「算数の話をしてるんじゃないの。——もういいから、邪魔しないで。パン焼くから」


 エルナが窯に向き直った。


 レンは投影盤に目を戻した。だが——口元が、少しだけ緩んでいた。




 午前中いっぱい、二人は工房で作業した。


 不思議なことに、役割分担は自然にできていった。


 レンがAIで分析したデータを見せる。「このタイプのパンは午前中に売れる。こっちは夕方。客層が違う」。エルナがそれを聞いて、でも全部は受け入れない。「データは知らないけど、あたしのお客さんはこういう顔してこのパンを選ぶの。数字に出ない好みがあるんだよ」。


 レンが黙る。エルナの観察の方が正しいと、直感でわかるからだ。データに現れない顧客心理。それは——AIの盲点であり、人間の強みだ。


「ラベルのデザインはAIに出させた。三案ある」


「全部却下。麦の絵が可愛くない」


「可愛さは仕様に入ってなかった……」


「仕様に入れなさいよ。パンのラベルなんだから」


「わかった。可愛い麦を追加要件にする」


「あんたほんとに王様?」


 レンが投影盤を操作して、ラベルデザインを修正させた。エルナが覗き込む。二人の距離が——少し近い。


「これは?」


「……まあ、悪くはないけど。この文字、もうちょっと丸くして」


「了解」


「あと、ここに『エルナのパン工房』って入れて」


「店名を前面に出すのか。ブランド戦略としては——」


「あたしの名前が入ってないパンは、あたしのパンじゃないの」


 レンは——一瞬、エルナの横顔を見た。


 粉が頬についていた。朝日が窓から差し込んで、跳ねた栗色の髪を照らしている。眉間にしわを寄せて投影盤を睨んでいるが、目は真剣だ。


 ——この人は、自分の仕事に誇りを持っている。


 ゴーレムに仕事を奪われかけた街で、朝3時に起きてパンを焼き続けた人。数字では測れない価値を、毎日の仕事の中で証明し続けている人。


「……入れる。エルナのパン工房。一番目立つところに」


「当然でしょ」




 昼前に、マルクが工房を訪ねてきた。


「レンハルト殿。——おや、パン屋さんの工房でお仕事ですか」


 マルクは工房を見渡した。粉だらけの作業台、投影盤、焼き上がったばかりのパンの山。奇妙な光景だったが、マルクは顔色一つ変えなかった。


「マルクさん。手作りブランドの流通について相談があります」


「ええ。実は、私もそのことで参りました」


 マルクが懐から一枚の紙を取り出した。数字が細かく書き込まれている。


「昨夜、少々計算してみました。手作り認証品の市場規模——アルゴリズ国内だけで年間約2000金マナ。これを周辺国に展開すれば——」


 マルクの目が光った。商人の目だ。


「控えめに見積もっても、年間1万金マナの市場が見込めます。特にセントラリア王国は手作りの伝統を重んじる国柄です。アルゴリズの手作り認証品は高値で取引されるでしょう」


「……昨日まで全ゴーレム破壊を決議しようとしてた人のセリフとは思えないですね」


「商人は風向きを読むのが仕事です、レンハルト殿。昨日の風は破壊でした。今日の風は——創造です。風が変われば、帆の向きを変える。それだけのことです」


 エルナが横から口を出した。


「あんた、計算しかしないの?」


「計算しかしません。それが商人です、エルナ嬢」


「あたしのパンを金マナで換算しないでほしいんだけど」


「失礼。ですが、あなたのパンに正当な対価が支払われる仕組みを作るのも、商人の仕事です」


 エルナが一瞬、言葉に詰まった。


「……まあ、それはそうだけど」


 マルクが微笑んだ。いつもの滑らかな笑みだが——そこに、ほんの少しだけ誠意が混じっているように見えた。あるいは、それすらも計算なのかもしれないが。


「レンハルト殿。手作りギルドの流通網は、商人ギルドが担当します。——損はしない……と、思いたいがな」


 最後の一言だけ、マルクは独り言のように呟いた。




 マルクが帰った後、レンとエルナは新しい経済モデルの骨子をまとめた。


 ゴーレムの「仕事」の再定義。


 レンが投影盤に図を描いた。


「ゴーレムがやること。危険な作業——鉱山採掘、魔物の生息域での建設。大量の運搬——都市間の物資輸送。インフラ維持——道路補修、水路管理、夜間巡回。これは人間がやる必要がない。やらない方がいい」


「うん」


「人間がやること。技術を要する仕事——鍛冶の仕上げ、織物の意匠、料理。芸術——音楽、絵画、彫刻。対人——教育、医療、接客。これはゴーレムにはできない」


「ゴーレムのパンは均一だけど、あたしのパンは日によって違う。その違いが良いの。お客さんは『今日はどんなかな』って楽しみに来てくれるから」


「そう。それが——AIには理解できない価値なんだ」


 レンはペンを置いた。


「前世でもさ、AIが全部できるようになるって言われてた。絵も描ける、文章も書ける、コードも書ける。でも——結局、人間が作ったものには、人間にしかわからない良さがあった」


「……あんた、前世の話する時だけ、ちょっと遠い目するよね」


「そうか?」


「そう。——嫌じゃないけど」


 エルナが目を逸らした。手元のパンをいじりながら、小さな声で言った。


「あんたのAIと、あたしの手。案外いいコンビかもね」


 レンの手が——止まった。


「今の——記録していい?」


「絶対ダメ」


 エルナの声が跳ね上がった。顔が赤い。


「なんで記録すんのよ! 今のは——別に——深い意味はないの! ただ仕事の話として——」


「いや、ブランドのキャッチコピーに使えるかなと——」


「使わないで!」


 工房の扉が開いた。


「ちょっと、何の騒ぎ? 外まで聞こえてたよ」


 ハンナが顔を出した。栗色の巻き毛がぴょこぴょこ揺れている。


「ハンナ……来たの」


「エルナが叫んでるから何かと思って。——あれ、レン様も。二人で朝からパン屋で何してんの?」


「仕事の話だよ。手作りブランドの——」


「ふーん。仕事ね。仕事。——ねえエルナ、顔赤くない?」


「赤くない! 窯の熱で!」


「窯、まだ火入ってないけど」


「……」


 ハンナがレンとエルナを交互に見た。ニヤリと笑った。


「もう夫婦じゃん」


「違うし!」


 エルナが叫んだ。レンは首を傾げている。


「え? 何が?」


「ほら。この鈍さ」


 ハンナがエルナの肩を叩いた。エルナが天井を仰いだ。


「……ほんとにね」




 夕方。レンが執務室に戻ると、ダリウスが書類の山に埋もれていた。


 文字通り、埋もれていた。机の上に羊皮紙が積み重なり、床にも書類が散乱し、その中央でダリウスが青白い顔でペンを走らせている。


「ダリウスさん。生きてますか」


「……レンハルト殿。手作りギルドの設立申請書類が127ページになりました」


「127ページ」


「認証基準の策定、審査員の任命手続き、違反時の罰則規定、流通経路の許認可、各職種の基準書……。それに加えて、ゴーレムの稼働範囲再定義に伴う法令改正が43条。冒険者ギルドの依頼カテゴリ改定が19項目。商人ギルドとの協定書が——」


「わかりました。わかりました。休んでください」


「休む暇があれば辞表を書きたいです」


「辞表は却下します」


「知ってます。——あと、イグニスが来ています」


 窓辺で、炎の球体がゆらゆらと揺れていた。


「おい、術者」


「イグニス、なんだ」


「あのパン屋の娘と仲良くやっておるようじゃな」


「仕事の話だ」


「精霊の目は誤魔化せんぞ。お前の心拍数が、あの娘の前でだけ12%上昇しておるのを知っておる」


「測るな」


 イグニスの炎が揺れた。笑っているのか、呆れているのか。


「お前は相変わらず鈍い。だが——悪くない鈍さじゃ」


「褒めてるのか」


「褒めておらん。——断じてな」


 レンは窓の外を見た。


 夕暮れのアルゴリズ。精霊灯が一つずつ灯り始めている。ゴーレムの足音が通りに響いているが——その足音が、少し減った気がする。稼働範囲の再定義が、もう動き始めているのだ。


 市場通りに、明かりの灯った店が見えた。昨日まで閉まっていた鍛冶屋に、灯りが戻っている。


 ——まだ始まったばかりだ。


 手作りギルドの仕組みが本当に機能するかは、これから証明しなければならない。マルクの協力がいつまで続くかもわからない。外国の工作がまた来るかもしれない。


 でも。


 今朝のエルナの言葉が、耳に残っていた。


 『あんたのAIと、あたしの手。案外いいコンビかもね』


 ——記録はさせてくれなかったけど。


 レンは頭を掻いた。


 忘れないから、いいか。


 窓の外、遠くで鐘が鳴った。夜警の交代の合図。エルナの工房が灯す朝の明かりが、市場通りに最初の温かさを灯す。ゴーレムが運搬を再開する前の、静かな時間。


 ——マルクがあと何時間後に市場規模の計算書を持ってくるか、賭けてもいい。


 レンは投影盤を畳んだ。明日からまた、現実が加速する。



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