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固有スキル【生成AI】で異世界全自動化 〜魔法陣はAIで組み、国はAIが建て、気づけば俺の仕事がなくなりました〜  作者: 歩人


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第76話: 手作り認証パニック&体育座りゴーレム

 手作りギルド設立から三日目にして、レンは地獄を見た。


 執務室の前に行列ができている。廊下を埋め尽くし、階段を下り、建物の外にまで伸びている。全員が手に書類を握りしめ、目を血走らせている。


「手作り認証の審査、今日中に終わると思ってたんだけど」


 レンは窓から行列を見下ろして呟いた。


「終わるわけないだろう」


 ダリウスが執務机に突っ伏していた。普段は背筋を正した官僚が、完全に死んだ目をしている。机の上に積まれた書類の山が、彼の頭を物理的に圧迫しそうな高さになっていた。


「手作り認証の基準書が——二百三十七ページになりました」


「にひゃく……」


「職人たちからの問い合わせが、昨日だけで百四十二件。そのうち百三十八件が『これは手作りに該当するか』という質問です」


「残りの四件は?」


「辞表を出したいという私の独り言が四回カウントされました」


「ダリウスさん、お願いですからまだ辞めないでくださいよ」




 審査窓口は、修羅場だった。


 レンは自ら窓口に立つことにした。ダリウスだけに任せていたら、本当に辞表が出かねない。


 最初の申請者が座った。


 中年の女性パン職人。エプロンに粉がついたまま来ている。


「手作り認証を申請したいんですが」


「はい。工程を教えてください」


「こねるのは手でやります。成形も手です。でも——焼くのはゴーレム窯なんです」


「ゴーレム窯?」


「去年、あなた方が配備したやつです。温度管理がすごく正確で。手で窯の温度を調整するより、ゴーレム窯の方がムラなく焼けるんです」


 レンは頭を掻いた。


「えーと……それは手作りに該当するのか?」


 ダリウスが基準書をめくった。めくった。めくった。まだめくっている。


「……百十二ページ、第七章第三節。『製造工程の八割以上が人の手で行われていること』。焼成工程をゴーレムに委託した場合、工程全体に占める比率を——」


「つまり?」


「計算が必要です。こね時間と成形時間と焼成時間の比率を出して——」


「あたし、パンを焼きに来たんであって、算数をしに来たんじゃないんですけど」


 女性パン職人が正論を突きつけた。レンは返す言葉がなかった。




 次の申請者。


 染物屋の主人。


「糸を紡ぐのは手です。染料を調合するのも手です。でも、染料を煮る鍋の火をゴーレムが管理してます」


「火の管理だけ?」


「はい。でも火加減で色が変わるんで、ゴーレムの方が安定するんですよ。人間だと、ちょっと目を離すと焦げるし」


「じゃあ手作りの品質を上げるためにゴーレムを使ってる、と」


「そうです」


「……それは半手作りですか?」


「半手作りって何ですか?」


「俺も知りたい」


 レンとダリウスが同時に頭を抱えた。




 三人目。


 カイルが肩で風を切って入ってきた。


「よう、レン! 俺も認証くれ!」


「……カイル。お前は何の手作り認証を申請するんだ」


「俺の剣術!」


 レンの手が止まった。


「剣術」


「おう! 俺の剣術は完全に手作りだぞ! ゴーレムに一切頼ってない! 百パーセント俺の腕と根性で鍛えた! だから手作り認証くれ!」


「それは手作りとは言わない」


「なんでだ! 手で剣を振ってるだろ! 手作りだ!」


「手作りギルドの『手作り』は製品に対する認証であって、技能に対する認証じゃない。お前の剣術は製品じゃないだろ」


「じゃあ俺が斬った魔物の肉は製品か?」


「いや——いやそうだけど——それは屠殺であって製造じゃ——」


「カイル殿」


 ダリウスが割って入った。


「冒険者ギルドの方に新しい制度を準備中ですので、そちらをお待ちください」


「制度? なんだそれ」


「『人間にしかできない依頼』カテゴリです。交渉・護衛・調査など、ゴーレムでは対応できない依頼を——」


「おっ、それいいな! 俺にぴったりだ!」


 カイルの目が輝いた。嵐のように来て、嵐のように去っていった。


 レンが呟いた。


「あいつ、審査窓口を破壊しに来ただけでしたね」


「ですが、ある意味で核心を突いています」


 ダリウスが眼鏡を押し上げた。


「『手作り』の定義が曖昧なのです。製品の手作りと、技能の手作りと、工程の手作り。全部違うのに、全部同じ言葉で呼んでいる。——基準書がまた長くなります」


「頼むから二百五十ページ以内に収めてください」


「善処いたしますが、確約はいたしかねます」




 昼休み。


 レンは執務室の窓から中庭を見下ろして——固まった。


 ゴーレムが体育座りをしている。


 建築用ゴーレム三号。石と鉄で構成された、身長二メートル半の巨躯きょくが、中庭の隅で膝を抱えて座っている。頭を伝って石の表面を水滴が滑っている。——朝露か。いや、ゴーレムは泣かない。泣かないはずだ。


「……イグニス」


「なんじゃ」


「あのゴーレム、何してる?」


「知らん。朝からああしておる」


「なんで?」


「配置転換を告知されたからじゃないか。建築現場の仕事が半分減った。やることがなくなって、あそこに座っておる」


 レンは中庭に降りた。


 ゴーレム三号の前にしゃがみ込んだ。ゴーレムの目——魔法陣が刻まれた水晶の眼球——が、ぼんやりとレンを見ている。明らかに元気がない。魔力の光が通常より薄い。


「お前はクビじゃない。配置転換だ」


「……」


 ゴーレムが動かない。腕を膝に回したまま、微動だにしない。


「聞いてるか? 新しい仕事を用意する。手作りギルドの工房の重量物運搬とか、精霊灯の整備とか——」


「……」


 むくれている。石と鉄の構造体が、明らかにむくれている。魔法陣に感情サブルーチンを組み込んだのは俺だ——と、レンは自分の設計を呪った。


「なに、ゴーレムまで拗ねるんだ……この国やばいね」


 ハンナが後ろから覗き込んでいた。いつの間にか来ていたらしい。明るい茶髪のボブカットがぴょんと跳ねている。


「ハンナ、いつからいた」


「体育座りの時点から。見に来ちゃった。ねぇねぇ、あのゴーレム、名前あるの?」


「三号だ」


「かわいそう。名前つけてあげなよ。番号で呼ばれたら拗ねるよ、そりゃ」


 レンは——一瞬、言葉を失った。


 そうか。名前か。ゴーレムに名前を——いや、一号のアダムには名前をつけた。でも量産型には番号しか振っていなかった。


 効率化の名の下に、番号で管理していた。


「……考える」


「考えるんじゃなくて、つけるの! ほら、この子は——石でできてて、体育座りが得意で——」


「命名は後にしてくれ」


「えー」




 午後。冒険者ギルドの再編会議。


 カイルが依頼掲示板の前で腕組みをしている。ギルドマスターのガルドと、レン、ダリウスが新カテゴリの設計を話し合っていた。


「『人間にしかできない依頼』。カテゴリーは三つ——交渉、護衛、調査」


 レンがホワイトボード代わりの羊皮紙に書き込んだ。


「交渉。これはゴーレムには無理だ。相手の感情を読んで、駆け引きして、信頼を築く——AIで最適解を出しても、面と向かって交渉するのは人間の仕事だ」


「護衛。依頼主の精神的な安心を含む。ゴーレムの護衛は物理的には完璧だが、怯えている商人の横でゴーレムが無言で立ってても——」


「怖いだけだな」


 カイルが即答した。


「それから調査。未知の状況での臨機応変な判断。ゴーレムはプログラムされたパターン以外に対応できない」


「よし」


 カイルが拳を鳴らした。


「全部俺向きだな! 交渉は——まあ苦手だけど、護衛と調査なら任せろ!」


「交渉も練習しろ」


「うるせえ!」


 カイルの顔が、久しぶりに輝いていた。空っぽだった依頼板に、新しいカテゴリの紙が貼られていく。まだ依頼自体は少ないが——枠ができた。人間が必要とされる枠が。


「ガルド」


 レンがギルドマスターに向き直った。


「冒険者たちに伝えてください。——人間にしかできないことがある。それを仕事にします」


 ガルドが腕を組んだまま頷いた。元S級冒険者の老練な目が、レンを値踏みしている。


「……ようやく、まともなことを言い始めたな。坊主」


「最初からまともですけど」


「ゴーレムで全部やれると思ってた時点で、まともじゃなかったぞ」


 返す言葉がなかった。




 夕刻。手作りギルドの工房区画。


 レンが視察に訪れた時、槌の音が聞こえた。


 低く、重く、規則正しい——でもゴーレムの均一な打音とは違う。打つたびに微妙にリズムが変わる。力の入れ具合が、一打ごとに調整されている。


 フィオの父が、鍛冶場に立っていた。


 手作りギルドの認証を受けた新しい工房。以前の鍛冶場より狭い。設備も古い。だが——窯に火が入っている。ふいごが動いている。鉄が赤く光っている。


 フィオが工房の入り口に立っていた。背中を見せたまま、動かない。


 レンは声をかけなかった。


 フィオの肩が震えていた。


「父ちゃん、また槌の音がする……」


 声が——掠れていた。泣いている。泣かないように唇を噛んで、それでも涙が落ちている。


 フィオの父が振り返った。汗まみれの顔で、目を細めた。


「フィオ。邪魔だ。入り口塞ぐな」


「……うん」


 フィオが横にどいた。涙を腕で拭った。


 レンがその横を通り過ぎようとした時——フィオが小さく言った。


「……ありがとう、先生」


 声が——ほとんど聞こえないほど小さかった。


 レンは立ち止まった。


 振り返らなかった。振り返ったら、フィオが恥ずかしがるから。


「約束、守っただけだ」


「……」


「まだ全部じゃないけどな。まだ直してる途中だ」


 フィオが鼻を啜った。


「先生」


「ん」


「父ちゃんの包丁、買ってあげてよ。手作り認証つきのやつ」


「買う。エルナの工房用に一本頼んでおく」


「……ふーん」


 フィオの声が——少しだけ、いつもの反抗的なトーンに戻った。


 工房の中で、槌の音が続いている。一打、一打、鉄が形を変えていく。


 ゴーレムには出せない音だった。




 夜。


 マルクが帳簿を広げて、レンの執務室を訪れた。


「手作り認証の経済効果を試算しましたよ、レンハルト殿」


「早いですね」


「商人は数字が命ですので」


 マルクが帳簿のページを開いた。金縁の眼鏡が精霊灯の光を反射する。


「手作り認証品の平均価格は、ゴーレム製品の約三倍。しかし現時点での需要は供給の二倍を超えています。つまり——売り手市場です」


「それは良いニュースだな」


「はい。ただし」


 マルクが人差し指を立てた。


「手作り認証の維持コストが問題です。検査官の人件費、認証マークの製造費、不正防止の監視費用——これらを手作りギルドの会費だけで賄うのは厳しい。私の計算では、半年後に赤字に転落します」


「半年後ですか……」


「そこで提案があります」


 マルクがにやりと笑った。商人の笑みだ。


「手作り認証品のブランド化です。『アルゴリズの手作り』を他国に輸出する。セントラリアの伝統工芸品と競合しない独自ポジションを確立する。——ブランド使用料を収益源にするんです」


「……マルクさん、最初から計算してたでしょう」


「商人ですから」


 レンは椅子の背もたれに沈み込んだ。天井を見上げた。


 マルクの計算は正しい。数字は嘘をつかない。でも——手作りギルドの工房で聞いた槌の音も、フィオの涙も、カイルの輝いた目も、体育座りのゴーレムのむくれた顔も——数字には載らない。


 数字に載らないものを守るために、数字を使う。


 ——皮肉だけど、それが経営ってやつだ。


「その計画書、明日までに出してもらえますか」


「もう書いてあります」


 マルクが帳簿の間から、綺麗に折り畳まれた羊皮紙を取り出した。


「……商人って怖いですね」


「褒め言葉として受け取ります」




 深夜。


 レンは執務室の窓から中庭を見下ろした。


 体育座りのゴーレム三号が——まだいた。


 ただし、足元にハンナが置いたらしい花束がある。何かの札が添えられている。明日の朝、読んでみよう。


 手作り認証パニック。審査基準の混乱。カイルの珍申請。ゴーレムの体育座り。フィオの涙。マルクの計算書。


 ——ドタバタだ。でも、三日前の暴動とは違うドタバタだ。壊す方じゃなく、作る方のドタバタ。


 レンは窓を閉めた。


「……名前、つけてやるか」


 ゴーレム三号に。いや、全員に。


 量産型だからって番号でいいなんて、誰が決めた?


 ——俺だ。俺が決めた。


 また、直すことが増えた。


 でも——悪くない。


 壊したものを直していく。番号だったものに名前をつける。効率だけで決めたものに、もう一度意味を与える。


 それが、ゴーレムにはできない仕事なのかもしれない。


 窓の外で、ゴーレム三号——いや、明日から名前で呼んでやる——の足元に置かれた花束が、朝露に濡れていた。



最後まで読んでいただきありがとうございました。


第76話「手作り認証パニック&体育座りゴーレム」。第6アーク「ゴーレム恐慌」の第9話です。


暴動が収まった直後の、嵐の後のドタバタコメディ回でした。手作り認証制度を作ったはいいものの、「半手作りって何?」「剣術は手作りか?」「ゴーレムが体育座りで拗ねてる」と、現場は大混乱。カイルの「俺の剣術は手作りだ!」は、突破力だけで生きている男の真骨頂。ダリウスの「辞表を出したい」は、たぶんこの国で最も共感される台詞です。


体育座りゴーレムのシーンは、楽しんでいただけたら嬉しいです。感情サブルーチンを組み込んだせいで拗ねるゴーレム。レンの設計の功罪が、こんなところに現れています。


コメディの裏で、大切なことが起きています。フィオの父の鍛冶場が再開し、槌の音が戻ってきた。フィオの涙のシーンは、胸が熱くなりました。「ありがとう、先生」が小さな声だったのは、彼女が素直になった証。冒険者ギルドに「人間にしかできない依頼」が生まれた。壊した後に、一つずつ作り直している。地味で、面倒で、基準書が237ページになる作業を。


次話はアーク最終話。ヴォルフとレンの共同鍛造研究が始まり、セントラリアからの使節団が……。

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