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固有スキル【生成AI】で異世界全自動化 〜魔法陣はAIで組み、国はAIが建て、気づけば俺の仕事がなくなりました〜  作者: 歩人


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第74話: 黙れ、60年の話を聞け

 マルクは、呼び出しに応じた。


 レンの執務室に入ってきた商人ギルド長は、いつもと変わらぬ穏やかな笑みを浮かべていた。上等な外套の襟元を正し、椅子に腰を下ろす動作まで滑らかだ。


 ——こういう男が、一番厄介なんだよな。


 レンはテーブルの上に一枚の羊皮紙を置いた。ノエルの水鏡で確認した資金の流れを、ダリウスが書面にまとめたものだ。


「マルクさん。単刀直入に聞きます」


「ええ、どうぞ」


「反ゴーレム運動に、外部から金が流れています。知ってましたか?」


 マルクの表情が——一瞬だけ、固まった。


 本当に一瞬だった。まばたきほどの間に、いつもの柔和な笑みが戻る。だが、レンはその一瞬を見逃さなかった。前世でスタートアップの投資家と交渉してきた経験が、こういう時に生きる。嘘をつく瞬間、人間の顔には必ず隙が生まれる。


「……薄々」


 マルクが認めた。声のトーンは変わらない。


「ですが、利害が一致する限り出所は問わないのが商人の流儀です。レンハルト殿もご存知でしょう? 金に色はない」


「その金を出してるのは、この国を弱らせたい連中ですよ」


 レンは羊皮紙を指で叩いた。


「酒場での接触記録。資金の経路。反ゴーレム暴動のタイミングと、外部工作員の動きが一致しています。マルクさん、利用されてるんですよ」


 沈黙が落ちた。


 窓の外から、遠くで群衆の声が聞こえてくる。今日もゴーレム工場の前にデモ隊が集まっているのだ。マルクが組織した——あるいは、マルクが「組織させられた」デモ隊が。


「……損はしない賭けだと思ったんですがね」


 マルクの声が、初めて——わずかに、苦みを帯びた。


「私は商人です。利益のある方に立つ。反ゴーレム運動にも、それなりの計算がありました。ゴーレムの稼働率を下げれば、人間の労働力の価値が上がる。人間の労働力を仲介する商人ギルドの利益も上がる。——単純な算術です」


「で、その算術に外国の金が乗っかってきたわけですね」


「ええ。都合が良かったのは認めます。——ですが」


 マルクが目を細めた。


「レンハルト殿。外部工作があろうがなかろうが、失業した職人たちの怒りは本物です。それは、ご理解いただけますね?」


 レンは——黙った。


 反論できなかった。マルクの言葉は正しい。外国の工作を暴いたところで、失業者は減らない。ゴーレムに仕事を奪われた職人たちの怒りは、煽られたものではなく、湧き上がったものだ。


「……ああ。わかってます」


「では、どうなさいますか。外部工作を理由にデモを弾圧されますか? それとも——」


 マルクが立ち上がった。


「私が今日ここに来たのは、お呼びいただいたからだけではありません。午後に、商人派閥の集会があります。議題は——」


「全ゴーレム破壊の決議ですか」


「ご存知でしたか」


「ダリウスさんの情報網を舐めないでくださいよ。——あの人、辞表を出したいって言いながら毎日20時間働いてるんです」


 マルクが微かに笑った。だがすぐに表情を引き締めた。


「集会には職人も労働者も来ます。感情は限界に達しています。レンハルト殿、私は商人として申し上げます。——今日がリミットです」




 午後。


 中央広場は人で埋まっていた。


 レンが広場に着いた時、すでに群衆は沸騰寸前だった。手に槌やツルハシを持った職人たち。空き店舗の看板を掲げた商人たち。子供を抱えた女たち。


 ゴーレム工場の前に、破壊された鍛冶ゴーレムの残骸がまだ転がっている。昨日の暴走事件の傷跡だ。壁に亀裂が走り、石畳が砕けている。


「ゴーレムを壊せ!」


「俺たちの仕事を返せ!」


「王は何もしてくれない!」


 怒号が広場を満たしていた。


 レンの隣で、カイルが拳を握っていた。


「レン。俺が前に出ようか」


「いや、いい。——俺が行く」


 レンが広場の中央に立った。群衆の視線が集まる。怒りの視線。失望の視線。——そして、少しだけ期待を残した視線。


「聞いてくれ」


 レンの声が魔法で増幅されて広場に響いた。だが群衆の怒号は止まらない。


「聞けよ!」


「お前が聞け!」


「ゴーレムを作ったのはお前だろうが!」


「俺の父ちゃんの仕事を返せ!」


 ——フィオの声だった。


 レンは一瞬、目を閉じた。あの赤銅色の髪の少女が、群衆の中からこちらを睨んでいるのが見えた。怒りと信頼が混ざった目。あの子は俺を憎んではいない。でも——許してもいない。


「俺が——」


 レンが口を開きかけた、その時だった。


 群衆の後方から、低い声が響いた。


「——黙れ」


 声は大きくなかった。だが、広場の空気を切り裂くような、鉄を叩く音に似た重みがあった。


 群衆が振り返った。


 人垣が割れる。


 190センチの巨躯が、群衆の間を悠然と歩いてきた。銀白色の長髪が風に揺れている。両前腕に無数の火傷の古傷。腰には使い込まれた槌が一本。


「あれは……」


神鉄匠しんてっしょうか?」


「ヴォルフ・アイゼン……本物か!?」


 ざわめきが広がった。名前を知っている者が多かった。60年間、大陸中を渡り歩いた伝説の鍛冶師。王侯貴族の注文剣から名もなき農民の鍬まで、ヴォルフ・アイゼンの打った鉄は「魂が宿る」と言われる。


 ——この人が、前に出るのか。


 レンは一歩下がった。本能的に、今この場で最も重い言葉を持っているのが誰か、わかったからだ。


 ヴォルフが広場の中央に立った。群衆を見渡した。灰色の目が、怒りに満ちた顔を一つずつ見ている。


「黙れ。60年鉄を叩いてきた男の話を聞け」


 声は低かった。落ち着いていた。怒っていない。説教でもない。ただ——重かった。


 広場が、静まった。


 60年。大陸中の鍛冶師がその名を知る男の、60年の重み。怒号を上げていた職人たちの口が閉じた。槌を握りしめたまま、黙ってヴォルフを見上げている。


 ヴォルフが懐に手を入れた。


 取り出したのは——一振りの剣だった。


 鞘から抜かれた刃が、午後の陽光を受けて輝いた。群衆から息を呑む音がした。


 美しかった。


 刃紋が流れるように走り、鋼の表面に青い光が滲んでいる。精霊の力が鍛え込まれた一級品——だが、それだけではない。刃の輪郭に、人間の手でしか到達できない微細な揺らぎがあった。完璧な左右対称ではない。わずかな非対称が、光の反射に表情を与えている。


 ゴーレムが打った剣は完璧だ。しかし完璧すぎて、どこにも「顔」がない。


 この剣には——顔があった。


「この剣は、ゴーレムに粗打ちをさせた」


 ヴォルフの声が広場に響いた。


「素材の温度管理。力加減の計算。最適な叩く角度。——ゴーレムの方が正確だ。わしの60年より正確だ。認める」


 群衆がざわめいた。神鉄匠がゴーレムを認めた?


「だが」


 ヴォルフが剣を掲げた。


「仕上げはわしがやった。最後の一打。刃紋の仕上げ。研ぎの角度。——ここだけは、ゴーレムには真似できん」


 剣が陽光を受けて、青く輝いた。


「なぜか。——ゴーレムには、迷いがないからだ」


 ヴォルフの声が、少しだけ柔らかくなった。


「人間が鉄を叩く時、迷う。この角度でいいのか。もう一打必要か。ここで止めるべきか。その迷いが——刃に表情を与える。完璧な剣は存在しない。だが、完璧を目指して迷い続けた職人の剣には——魂が宿る」


 広場が、完全に静まっていた。


 怒号を上げていた職人たちが、食い入るようにヴォルフを見ている。自分たちの手を見ている者もいた。胼胝たこだらけの、火傷だらけの、職人の手。


「これが——」


 ヴォルフが剣を群衆に向けた。刃が一人一人の顔を映すように、ゆっくりと動いた。


「自由になった手で作れるものだ」


 言葉が——広場に落ちた。石が水面に落ちるように、波紋が広がった。


 誰も、何も言えなかった。


 群衆の中で、一人の老鍛冶師が涙を流していた。隣の若い職人が唇を噛んでいた。子供を抱えた女が、夫の手を握り締めていた。


 マルクが——一歩前に出た。


「……だが、ヴォルフ殿。実際に失業している者たちは、剣の美しさでは食べていけない」


 声は平静だった。だが、いつもの滑らかさが少し欠けていた。


 ヴォルフがマルクを見た。


「失業したんじゃない」


 低い声だった。


「まだ次の仕事を見つけていないだけだ」


 マルクの目が——わずかに見開かれた。


「わしの弟子にも、何度もそういう時期があった。鉄を叩く手が止まっても、鉄を叩く心まで止まったわけじゃなかろう」


 ヴォルフが群衆を見渡した。


「お前たちの手は、まだ覚えている。木の感触を。鉄の熱を。糸の張りを。——それを忘れたか?」


 誰も答えなかった。だが——空気が変わっていた。


 怒りは消えていない。不安も消えていない。だが、その底に——何かが芽生えていた。


 考えている。


 暴動寸前だった群衆が——考え始めていた。




 群衆が散り始めた後、レンは執務室に戻った。


 一人になった。


 ——あの場を収めたのは、ヴォルフだ。俺じゃない。


 それが悔しいとは思わなかった。むしろ——助けられた。60年の重みには、どんなロジックも敵わない。


 だが、ヴォルフが買った時間は永遠ではない。職人たちの怒りは一時的に鎮まっただけで、構造的な問題は何も解決していない。


 レンはAIを起動した。


「最適な経済政策を提案してくれ。前提条件——ゴーレム自動化による失業率上昇、職人の不満、暴動リスク」


 AIの回答が、精霊投影盤に映し出された。


『推奨政策:

 1. 全自動化を維持し、生産効率を最大化

 2. 失業者を再教育プログラムに組み込み、ゴーレム管理職へ転職させる

 3. 不満分子には一時的な補助金を支給し、社会的安定を確保

 4. 中長期的には全国民のゴーレム管理士化を推進


 結論: 自動化の後退は非効率です。人的資本を再配置することで最適化を図るべきです』


 レンは画面を見つめた。


 ——人的資本を再配置。


 前世なら、この回答に頷いていたかもしれない。効率的だ。合理的だ。数字の上では正しい。


 だが。


「……これは違う」


 レンは呟いた。


「人間を最適化してどうする」


 AIの回答を——全面的に却下した。初めてのことだった。


 転生してからずっと、AIの提案を基盤にしてきた。修正はした。微調整もした。だが、根本から否定したことはなかった。


 今日、初めてそれをやった。


 なぜなら——ヴォルフの言葉が耳に残っていたからだ。


 『自由になった手で作れるもの』。


 AIの回答には、その発想がなかった。人間の手が「自由になる」という概念自体が、AIの最適化モデルには存在しない。AIにとって人間の手は「生産要素」であり、自由になるべきものではなく、再配置されるべきものだ。


 ——違う。


 レンは立ち上がった。


 紙とペンを取った。AIではなく、自分の頭で考える。ヴォルフの剣のように——不完全でも、自分の迷いが入った答えを出す。




 翌朝。レンは再び中央広場に立った。


 今度は演壇の上だ。群衆は昨日より少ない。だが、表情が違った。怒りだけではない。聞く構えがある。


 ヴォルフが腕を組んで広場の端に立っていた。グレンが隣で杖をついている。カイルが群衆の中に混じり、トラブルに備えている。エルナは——パン屋の軒先から、こちらを見ていた。


 マルクは最前列にいた。腕を組み、値踏みするような目でレンを見ている。


「昨日、俺はAIに最適な経済政策を聞いた」


 レンの声が広場に響いた。


「AIは答えた。『全自動化を維持しろ。人間を再教育して配置し直せ』と」


 群衆がざわめいた。怒りの声が上がりかける。


「——俺は、その答えを却下した」


 ざわめきが止まった。


「AIは間違っていない。数字の上では正しい。全自動化の方が効率がいい。生産量も上がる。コストも下がる。——数字だけ見れば、完璧な答えだ」


 レンは群衆を見渡した。


「でも、人間を数字で最適化するのは——間違いだ」


 広場が静まった。


「お前たちの手は、数字じゃない。60年鉄を叩いてきたヴォルフの手も。朝3時に起きて生地をこねるエルナの手も。親父から受け継いだ技を息子に渡す、お前たちの手も。——それを『非効率』の一言で切り捨てるのは、俺にはできない」


 フィオが群衆の中で、目を赤くしていた。父親の隣で、唇を噛んでいた。


「だから、今日ここで宣言する」


 レンが一歩前に出た。


「アルゴリズは——『全自動』をやめる。『半自動』に移行する」


 群衆がどよめいた。


「ゴーレムの仕事を再定義する。危険な作業、大量の運搬、インフラの維持管理——これはゴーレムがやる。人間がやる必要はない。命を懸ける必要はない」


「だが——技術を要する仕事。芸術。対面の仕事。人の手でしか作れないもの。これは、人間がやる」


「そして今日、『手作りギルド』を設立する」


 レンが一枚の紋章を掲げた。金のハンマーが刻まれた認証マーク。ダリウスが昨夜のうちに用意したものだ。あの男、辞表を出したいと言いながら、朝までかかって認証制度の草案を書き上げていた。


「この認証を受けた品物は、人間の手で作られた一品だと保証する。ゴーレムの量産品とは別の棚に並ぶ。——選べるようにする。安くて均一な量産品か、高くて一つ一つ違う手作り品か。選ぶのは、お前たちだ」


「全部自動化する必要はなかった」


 レンの声が——少し、震えた。


「選べることが、豊かさだ」


 広場が——静かだった。


 そして、誰かが拍手した。一人。二人。やがて、広場全体に拍手が広がっていった。


 全員ではない。まだ腕を組んだままの者もいる。信じ切れていない目もある。当然だ。言葉だけでは何も変わらない。


 だが——潮目は変わった。


 マルクが、最前列で腕を組んだまま、レンを見ていた。その目が——少しだけ、光っていた。商人の目だ。新しい市場の匂いを嗅ぎ取った男の目。


 ヴォルフが広場の端で、小さく頷いた。


 グレンが杖で地面を一つ叩いた。「ふん」と一言だけ——だが口元が緩んでいた。


 エルナがパン屋の軒先で、両手で口元を覆っていた。


 フィオが——泣いていた。声を殺して、父親の腕にしがみついて。


 レンは演壇の上で、頭を掻いた。いつもの癖だ。


 ——まだ何も解決してない。制度を作って、仕組みを動かして、一つずつ証明していかなきゃいけない。


 でも、今日だけは。


 今日だけは——自分の言葉で、自分の答えを出せた気がした。



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