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固有スキル【生成AI】で異世界全自動化 〜魔法陣はAIで組み、国はAIが建て、気づけば俺の仕事がなくなりました〜  作者: 歩人


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第45話: あなたの言葉が聞きたい

 手紙は、いつも美しかった。


 リーネは馬車の中で、淡い金の髪を風に揺らしながら、革の文書入れから一通の封書を取り出した。ノイマン王国の蝋印が押された白い封筒。中の便箋は上質の羊皮紙で、文字は一画の乱れもなく整っている。


 ——ヴィクトルの字ではない。


 リーネにはわかる。幼い頃、ヴィクトルは字が下手だった。右上がりの癖があって、「リ」の字が少しだけ傾く。小さい頃に交わした手紙には、その癖がたくさん残っていた。


 今の手紙には、それがない。




 便箋を開く。


 「リーネへ。アルゴリズでの外交会談は順調に進んでいる。レンハルト・コードなる人物は、私と同じスキル【生成AI】の保持者だが、出力を改変するという非効率な運用をしている。彼の方針には合理的根拠が見出せないが、外交上の関係維持は有益であるため、友好的態度を継続する」


 リーネは息を吐いた。


 外交報告書だ。恋人への手紙ではなく——外交報告書。


 続きを読む。


 「なお、アルゴリズの気候は穏やかで、秋の紅葉が美しい。君も気に入るだろうと思われる。現地の食事は概ね良好で、特にパン屋の製品は品質が高い。到着を楽しみにしている」


 最後の一文。「到着を楽しみにしている」。


 ——嘘ではないのだろう。楽しみにはしている。たぶん。


 ただ——その「楽しみ」が、ヴィクトルの感情なのか、AIが「恋人への手紙にはこう書くべき」と判断した出力なのか。


 もう、わからない。


 リーネは便箋を折り畳み、胸元にしまった。馬車の窓から、見知らぬ街の輪郭が近づいてくる。


 アルゴリズ。


 もう一人の生成AI使いの国。




 アルゴリズの東門に馬車が止まった時、最初に目に入ったのはゴーレムだった。


 巨大な石の体躯が、建設中の庁舎に柱を運んでいる。石畳の通りには精霊灯が並び、秋の午後の陽射しを柔らかく散らしている。人々が行き交い、商人の声が聞こえ、どこかからパンの焼ける香りがする。


 ノイマンとは——違った。


 ノイマンの街も、整っている。ゴーレムが管理し、精霊が最適な環境を維持し、建物は機能美の極致で並んでいる。


 だがノイマンには——この匂いがない。焼きたてのパンの匂い。石を削る作業員の掛け声。子供が走り回る足音。どこかで喧嘩している夫婦の声。


 ノイマンは、静かすぎるのだ。


「リーネ様、お迎えにあがりました」


 門の前に、黒い官服の男が立っていた。痩せ型で、目の下にクマがある。ボタンを全て留めた官服は、一分の隙もない。


「アルゴリズ宰相、ダリウスと申します。ヴィクトル陛下のご随行としてリーネ様がお越しになると伺っておりましたので、宿舎のご準備をいたしました」


「ありがとうございます、ダリウスさん。ご丁寧に」


「恐れ入ります。——ヴィクトル陛下は現在、レンハルト殿と外交協議の最中です。お部屋にご案内した後、夕刻にはお会いいただけるかと」


 リーネは微笑んだ。


 外交協議。ヴィクトルは——いつも、何かの最中だ。政務か、外交か、軍事方針の最適化か。AIが設定したスケジュールの隙間に、リーネは自分を差し込む。


 それを寂しいと思う自分が、弱いのだろうか。




 宿舎は、質素だが清潔だった。


 石壁の部屋に木の家具。窓からはアルゴリズの街並みが見える。ノイマンの王宮に比べれば粗末だが——どこか、温かい。壁のくすみに、人が暮らしてきた跡がある。


 荷物を解いていると、ドアをノックする音がした。


「失礼します。お茶とパンをお持ちしました——あの、エルナです。パン屋の」


 扉を開けると、小麦色の髪を後ろで束ねた少女が立っていた。エプロン姿で、盆にパンと茶器を載せている。手に薄いパン生地の跡がある。


「ダリウスさんに頼まれて。外国のお客様にはちゃんとしたお菓子を出せって言われたんだけど——うちにはパンしかないから」


「ありがとうございます」


 リーネはパンを受け取った。丸くて、少し形がいびつで、焼き色にムラがある。——手作りだ。すぐにわかった。


 一口齧った。


 小麦の風味。微かな塩気。外はかりっとして、中はふわりとしている。素朴だが、確かな味がある。


「——おいしい」


「ありがと。普通のパンだけど」


「いいえ。普通じゃない。……とても、温かい」


 エルナが少し照れたように視線を逸らした。


「あの——リーネさん、って呼んでいい?」


「もちろん」


「あたし、エルナ。あの——ヴィクトルさん……じゃなくて、あの王様の」


「婚約者です。わたし、ヴィクトルの婚約者」


 エルナの目が、ほんの少し見開かれた。何かを見定めるような——直感的で、鋭い目だった。


「……そっか。大変だね」


「え?」


「いや、なんでもない。——パン、足りなかったらまた持ってくるから」


 エルナは軽く手を振って去っていった。


 リーネは窓辺に座って、パンの残りを食べた。


 ——大変だね。


 何が大変か、あの子は聞かなかった。聞かずにわかった顔をしていた。


 ……わかるのだろうか。生成AI使いの隣にいる苦しさが。




 夕刻。


 使節団の宿泊棟の回廊で、ヴィクトルと合流した。


 銀髪が夕日を反射していた。白い衣は一点の汚れもなく、姿勢は完璧に整い、表情は——いつも通り、読めなかった。


「リーネ。到着したか」


「ええ。お部屋も用意していただいて、パンまでいただいたわ」


「パン。ああ、あの店か。品質が高いと報告にあった」


 報告。パンの品質の報告。


 リーネは笑みを保った。


「ヴィクトル。手紙、読みました」


「そうか」


「秋の紅葉が美しいって書いてあったわね」


「事実だ。気温と湿度のデータからも、この地域の紅葉は大陸有数の——」


「あなたは、紅葉を見たの?」


 ヴィクトルの言葉が止まった。


 淡い青灰色の目が、リーネを見た。空虚な目。冷徹でも、冷酷でもない。ただ——何もないのだ。何かが入っているべき場所に、何も入っていない。


「紅葉は……目に入っている」


「目に入っているのと、見るのは違う」


「……どう違う」


「綺麗だと思ったかどうか。あなた自身が」


 沈黙。


 ヴィクトルの目が——一瞬だけ、揺れた。揺れて、すぐに戻った。


「……最適な判断は——」


「聞いていないの」


 リーネの声は穏やかだった。怒りではなかった。静かな悲しみだった。


「最適な判断がどうかは聞いていないの、ヴィクトル。あなたが、どう思ったか。あなたの——言葉で」




 回廊のベンチに、二人で座った。


 秋の夕日が石壁を赤く染めていく。どこかでゴーレムが建材を運ぶ音がする。遠くで子供の声が聞こえた。


 リーネは、もう一度手紙を取り出した。


「この手紙、あなたが書いたの?」


 ヴィクトルは手紙を見た。自分の名前が差出人に書かれている。だが——


「最適な表現を選びました」


 やっぱり。


 リーネは、手紙をそっと膝の上に置いた。


「ヴィクトル。わたし、あなたの手紙を全部持っているの。子供の頃から」


「……そうか」


「最初の手紙は、六歳の時。あなたの字は右上がりで、『リ』の字が傾いていたわ。『リーネ、きょうはうさぎを見ました。白くてかわいかったです』って」


 ヴィクトルが——わずかに、目を細めた。記憶を辿るような、遠い目だった。


「覚えていますか」


「……」


「あの手紙は、下手だった。字も、文も。でも——あなたが書いた。あなたが、うさぎを見て、可愛いと思って、わたしに伝えたくて、書いた」


 リーネは手紙を持ち上げた。今のヴィクトルからの手紙。


「この手紙は——完璧よ。文法も、表現も、構成も。あなたの名前で署名されている。でも」


 声が、震えた。


 泣かない、と決めていた。泣いたら——ヴィクトルはきっと、AIに「恋人が泣いた時の最適な対応」を聞く。そうされるくらいなら、泣かない方がいい。


「でも、この手紙には——あなたがいないの」


 ヴィクトルは黙っていた。


「わたしが欲しいのは、完璧な手紙じゃない。あなたの——下手でいいから、傾いた字でいいから——あなたの言葉が聞きたかった」


 夕日が沈んでいく。回廊に橙色の光が差し込み、二人の影が長く伸びた。


 ヴィクトルの手が——膝の上で、わずかに動いた。何かを掴もうとして、掴めないものに触れたような。


「……リーネ」


「うん」


「俺は……」


 ——俺、とヴィクトルが言った。


 「私」ではなく。AIの出力を読む時の借り物の一人称ではなく。六歳の男の子がうさぎを見た時と同じ、素の一人称。


 リーネの胸が、痛いほど鳴った。


「俺は——何を書けばいいか、わからない」


「それでいいの」


「わからないのに、いいのか」


「わからないって言えたじゃない。——それが、あなたの言葉よ」


 ヴィクトルが——リーネを見た。


 空虚な目に、何かが混じった。困惑。戸惑い。そして——ほんの微かな、揺らぎ。


 それは感情と呼ぶには薄すぎた。色で言えば透明に近い。だがゼロではなかった。確かに、何かがあった。


「……意味がわかりません」


 ヴィクトルは、目を逸らした。


 逸らした先に——アルゴリズの街並みがあった。夕暮れの中、ゴーレムが建材を運び、住民が夕食の支度をして、パン屋の煙突から煙が上がっている。不完全で、雑然として、うるさくて。


 ノイマンにはない光景。


「……この街は、非効率だ」


「そうね」


「建設計画に一貫性がない。道幅が場所によって違う。街路樹の配置が不規則だ。——だが」


「だが?」


 ヴィクトルが言葉を探していた。AIに聞けば一秒で出てくる表現を、自分の中から引き出そうとしている。


 その数秒の沈黙が——リーネにとっては、完璧な手紙より重かった。


「……レンハルトの国は——笑い声がする」


 リーネは、何も言わなかった。


 言わなくてよかった。


 ヴィクトルが今、自分の目で見たものを、自分の言葉で語ろうとしている。それが——リーネがずっと待っていたことだった。


「ノイマンでは——聞いたことがない」


「笑い声を?」


「ああ。……いや」


 ヴィクトルが首を振った。


「聞こえていたのかもしれない。だが——俺には、関係のないデータだった」


 関係のないデータ。人の笑い声を、データと呼ぶ。


 悲しくて、痛くて——でも、嫌いにはなれなかった。


 だって、この人は自分でそれを言ったのだ。AIに出力させたのではなく。「俺には関係のないデータだった」と——自分の言葉で認めたのだ。


 それは告白だった。不完全で、不器用で、本人は告白したつもりもない、最低の告白。


 でも——ヴィクトルの言葉だった。




 リーネは夜、宿舎の部屋で手紙を並べた。


 六歳の時のうさぎの手紙。八歳の時の、絵が下手な馬の手紙。十歳の時の、初めて「好き」と書いてあった手紙。——字は相変わらず右上がりで、「好き」の「好」が少し崩れていた。


 そして、十二歳から——手紙が変わった。


 字が整い始めた。文法が正しくなった。表現が洗練されていった。


 十五歳——スキル【生成AI】が発現した年——からは、完璧になった。


 一画の乱れもない文字。論理的で、美しく、何の瑕疵もない手紙。


 それを読むたびに、リーネは——少しずつ、ヴィクトルを失っていった。


 手紙の中から、右上がりの癖が消えた。「リ」の傾きが消えた。うさぎも馬も消えた。代わりに——最適化された文章が並んだ。


 完璧な愛の言葉。


 空っぽの愛の言葉。


 リーネは、十歳の時の手紙を手に取った。


 「リーネ、好きです。うまくかけないけど」


 ——0点だ。告白としては。文法も構成もなっていない。


 でも。


 100点の手紙より、この7文字の方が——ずっと、重い。


 窓の外で、秋の風がアルゴリズの街路樹を揺らしていた。精霊灯が柔らかく通りを照らし、どこかで誰かが笑っている。


 リーネは手紙をそっと胸に抱いた。


 待とう、と思った。


 ヴィクトルが——もう一度、自分の言葉で書いてくれる日を。


 今日、ほんの少しだけ——「俺」が見えた。


 完璧な殻の向こうに、まだ、ヴィクトルがいる。


 右上がりの字を書いた男の子が、まだどこかにいる。




 翌朝。


 リーネが宿舎を出ると、パン屋の少女が通りの向こうから歩いてきた。エプロン姿に革のブーツ。手にパンの籠を下げている。


「おはよう、リーネさん」


「おはようございます、エルナさん」


「パン、持ってきた。朝のやつ。——あの王様の分もある」


「ありがとう。ヴィクトルにも伝えておくわ」


 エルナが足を止めた。


 緑の目が、まっすぐにリーネを見た。


「ねえ、リーネさん」


「何?」


「あの王様——ヴィクトルさんって、自分の言葉で喋らない人でしょ」


 リーネは——一瞬、息を止めた。


 昨日一度会っただけで、見抜いている。この子は——人の本質を見る目を持っている。


「……ええ。そうなの」


「レンも前はそうだった」


「え?」


「AIに聞いて、AIの答えをそのまま言う。あたしが何か聞いても、『最適な回答を生成中』みたいな顔する。すっごいムカつく」


 リーネは思わず笑ってしまった。


「前は?」


「最近は——ちょっとだけ、マシ。自分の言葉で言おうとする。下手だし、回り道するし、結局パンの話になるけど」


「パンの話に」


「パンがうまいとか、冷めた方がいいとか。——で、最後に『パンの話じゃない』って」


 エルナの頬がかすかに赤くなった。すぐに無表情に戻したが、耳の先まで赤いのは隠せていない。


「直ったのは、なぜ?」


「直ったっていうか——」


 エルナが空を見上げた。秋の空は高く、雲は薄い。


「あたしがうるさく言ったから。『AIに聞くな、あんたの言葉で言え』って。何回も。百回くらい」


「百回」


「大げさじゃないよ。本当にそのくらい言った。——で、あいつは下手くそだけど、自分で直してるでしょ。AIの出力をそのままじゃなくて、自分で書き直す。あの人は——」


 エルナの目が、リーネの手元の手紙に触れた。


「あの人は、直してないよね」


 ——心臓を、掴まれた気がした。


 そうだ。レンハルトは、下手でも自分でアレンジする。ヴィクトルは、直さない。AIの出力をそのまま使う。


 その差が——手紙に、はっきりと出ている。


「リーネさん」


「……うん」


「百回、言いな」


 エルナの声は、素朴で、真っ直ぐだった。


「あたしは百回言った。リーネさんも、百回言えばいい。『あなたの言葉で言え』って。——それでも直んなかったら」


「直らなかったら?」


「百一回目を言えばいいじゃん」


 リーネは——涙が出そうになった。


 泣かないと決めていた。でも、このパン屋の少女の素朴な言葉が、胸の奥まで染み込んでくる。


「……エルナさん」


「何」


「あなたが羨ましい」


 エルナが目を瞬いた。


「羨ましい? あたしの何が」


「レンさんは——あなたの言葉で話してくれるから」


 エルナの顔が、真っ赤になった。


「あ、あいつの言葉は、いつも意味不明だけどね! パンがうまいとか、バグがどうとか、リファクタリングとか——半分わかんないし!」


「でも、レンさんの言葉でしょう?」


「…………うん」


 エルナが、小さく頷いた。


「うん。——あいつの言葉」


 二人の間に、秋の風が吹いた。


 パン籠の布が揺れる。街路樹の葉が一枚、ゆっくりと落ちてくる。


「パン、冷める前に食べてね」


「うん。ありがとう、エルナさん」


「——がんばってね」


 エルナは背を向けた。パン籠を揺らしながら、通りを歩いていく。


 リーネはパンを一つ取り出した。昨日と同じ丸パン。形がいびつで、焼き色にムラがある。


 一口齧った。温かい。


 完璧じゃない。でも——誰かの手で作られたことが、一口でわかる。


 ヴィクトルの手紙に、この温度がほしい。


 百回、言おう。


 リーネはパンを両手で持ち、もう一口齧った。


 ——二回目。残り、九十八回。



最後まで読んでいただきありがとうございました。


第45話「あなたの言葉が聞きたい」。リーネ初登場回です。


この話で一番書きたかったのは、「六歳の手紙」と「今の手紙」の対比でした。右上がりの癖がある下手な字で「リーネ、きょうはうさぎを見ました」と書いた男の子が、十五歳でスキルを得た瞬間から、完璧で空っぽの手紙を送るようになる。AIが書いた100点の手紙より、七文字の「好きです。うまくかけないけど」の方が重い——それがこの物語のテーマの核心だと思っています。


ヴィクトルが「俺」と言った瞬間は、書いていてぞくりとしました。AIの出力を読み上げる時は「私」、自分の言葉で話す時は「俺」。この切り替えに気づくのはリーネだけです。恋人だけが見抜ける、本物のサイン。


エルナとリーネの会話は、この物語のもう一つの軸です。二人は境遇が全然違う。パン屋の娘と貴族令嬢。でも「AIを使う男の隣にいる女」として、同じ痛みを知っている。エルナの「百一回目を言えばいいじゃん」は、この子にしか言えない台詞だと思います。


次話ではエルナとリーネの出会いの続き、そしてレンとヴィクトルの対比が外交の場でさらに鮮明になっていきます。

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