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固有スキル【生成AI】で異世界全自動化 〜魔法陣はAIで組み、国はAIが建て、気づけば俺の仕事がなくなりました〜  作者: 歩人


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第46話: 直す人と直さない人

 エルナのパン屋は、朝が一番忙しい。


 窯の熱気が店内に籠もり、焼き上がったパンが次々と棚に並ぶ。小麦の香りが通りまで流れ出して、常連の客が「今日のはどれがいい?」と身を乗り出す。エルナは汗を拭いながら、一つ一つ手で成形した丸パンを籠に移していく。


 形がいびつだ。大きさも揃っていない。焼き色にムラがある。


 ——でも、一つとして同じものがない。


「おはよう、エルナさん」


 店先に、淡い金髪の女性が立っていた。深い青の瞳。華やかな貴族服だが、今朝は少し着崩している。昨日の公式な装いとは違う——リーネが、普段の自分で来たのだと、エルナにはわかった。


「おはよう。パン?」


「うん。昨日のが美味しかったから」


「ありがと。——座ってく? 奥に椅子あるけど」


 リーネが小さく頷いた。




 パン屋の奥。作業台の横に置かれた古い木椅子に、二人が並んで座った。


 エルナが焼きたてのパンを二つ、布に包んで渡す。リーネが一口齧ると、目を細めた。


「……温かい」


「そりゃ焼きたてだもん。——あ、飲み物出すね。茶しかないけど」


「十分です」


 素焼きのカップに茶を注ぐ。茶葉はグレンおじいちゃんが山で摘んできたもので、上等とは言いがたい。だがリーネは丁寧に一口飲んで、「おいしい」と言った。


 嘘じゃないのは、見ればわかる。この人は——嘘をつかない目をしている。


「ねえ、リーネさん」


「何?」


「昨日の続き。——あの王様のこと、聞いてもいい?」


 リーネの手が、カップの縁で止まった。一瞬だけ。すぐにまた持ち上げて、茶を飲んだ。


「いいよ」


「あの人、いつからああなの?」


「ああ、って?」


「全部AIに任せてる感じ。——あんたの言い方だと、『自分の言葉で喋らない』ってやつ」


 リーネが窓の外を見た。朝のアルゴリズ。石畳の通りを荷車が行き、ゴーレムが建材を運び、子供が走り回っている。


「十五歳の時。スキルが発現してから」


「……十五?」


「それまでは——普通の男の子だった。字が下手で、手紙に絵を描くのが好きで。うさぎが可愛いって、嬉しそうに教えてくれた」


 エルナはパンを齧りながら聞いていた。齧る手が、少し止まった。


「あたしのレン……じゃなくて、レンの話。あいつも最初はひどかった。何聞いても『最適な回答を——』みたいな顔する。会話してるのにこっちを見てない。頭の中で別のことを処理してる」


「わかる」


 リーネが、小さく笑った。痛みの混じった笑いだった。


「ヴィクトルもそう。わたしが話しかけても、返ってくるのはAIが生成した『最適な応答』。文法は完璧。敬語も正しい。でも——わたしに向けて話してない。わたしの前に立っている壁に向かって読み上げてるだけ」


「壁、ね。——うん、わかる」


 エルナが茶を飲んだ。ふう、と息を吐いた。


「でもさ、レンは変わった」


「どう変わったの?」


「たとえば——朝パンを買いに来るでしょ。前は『エルナ、本日のパンの品質について報告を——』みたいな冗談言ってきた。面白いと思ってんの、あいつ」


 リーネが口元を押さえて笑った。


「最近は、黙ってパンを齧って、『うまい』って言う。それだけ。感想とか分析とかなくて、ただ『うまい』。——で、たまにすっごい下手くそな言い方で、なんか言おうとする」


「なんか?」


「『お前のパンは、俺のプロンプトでは再現できない』とか」


「ふふっ」


「褒めてるつもりなんだろうけど! 意味わかんないでしょ! プロンプトって何よ!」


 エルナの声が大きくなった。頬が赤い。


 リーネが——目を伏せた。何かを堪えるように、唇を結んでいるのが見えた。


「エルナさん」


「何」


「レンさんは——直す人なんだね」


 エルナの目が、真っ直ぐにリーネを見た。


「直す、っていうか……あいつは下手くそだよ。AIが出した答えをそのまま使えば楽なのに、わざわざ自分で書き直す。で、書き直した結果がもっとひどくなってることもある。文章ぐちゃぐちゃだし、言いたいことが全然伝わらないし」


「でも」


「——でも、あいつの文章なのよ」


 エルナが、パンの最後の一かけらを口に入れた。


「ヴィクトルさんは、直さないんでしょ」


「……うん」


「AIが出した百点の答えを、そのまま使う」


「そう」


「それって——楽だよね。自分で考えなくていいし、間違えなくていいし。百点のまま出せるんだから」


 リーネは黙った。


「でも」


 エルナが言った。


「百点の答えの中に、あの人はいないんでしょ」


 リーネの目が見開かれた。——刺さったな、とエルナは思った。


「レンは——三十点よ。いつも。言葉は下手だし、空気読めないし、『これ何点?』って聞いてくるし。最悪」


「三十点」


「でも、三十点の中に——あいつがいる。丸ごと、全部」


 リーネの目に、涙が滲んだ。すぐに拭った。——泣くまいとしている顔だと、エルナにはわかった。


「……わたしが欲しいのは、それなの」


「うん」


「百点の手紙じゃなくて。ヴィクトルの——三十点でいいから」


「リーネさん」


「うん」


「百回言いなって、昨日言ったでしょ」


「覚えてる。二回目の朝」


「ふふ。——残り九十八回、がんばんなよ」


 エルナが笑った。太陽みたいに。リーネも——少しだけ、笑っているように見えた。




 同じ朝。


 アルゴリズの庁舎——と呼ぶにはまだ簡素な石造りの建物の、大会議室。


 長テーブルの片側にレン、ダリウス、マルク。もう片側にヴィクトルと随員二名。テーブルの端——双方から等距離の位置に、ペトラ・ヴァイスが座っている。銀縁の眼鏡を押し上げ、革の書類鞄から羊皮紙の束を取り出した。


「本日は、アルゴリズ——ノイマン間の通商条約草案について、双方から提出された文書を比較検討いたします」


 ペトラの声は冷静で、どちらに偏ることもない。


「まず——ノイマン側の草案」


 ヴィクトルの随員が、白い革表紙の文書をテーブルに置いた。


 ペトラが受け取り、眼鏡の位置を直して読み始めた。


 沈黙が流れた。


 マルクが隣の計算帳に何かを書き込んでいる。ダリウスは姿勢を正したまま微動だにしない。レンは——テーブルの下で指を組んで、考えていた。


 ペトラがページをめくる。めくる。めくる。


 五分後。


「見事です」


 ペトラが文書をテーブルに戻した。


「関税率の段階設定、紛争解決条項、知的財産の相互保護——大陸の主要通商条約のベストプラクティスが網羅されています。文法も構成も完璧です。実務上の問題点は……」


 眼鏡の位置を直した。


「ありません」


 ヴィクトルが微かに顎を引いた。最適解が認められた。当然の結果だ——という顔。


「では、アルゴリズ側の草案を」


 ダリウスが文書を差し出した。レンが昨夜書いたものだ。


 草案を渡す時、ダリウスの指先が微かに震えていた。——レンが自分で手を入れたことを知っているからだ。


 ペトラが受け取った。


 一ページ目を見た瞬間——眼鏡の位置を直す手が、止まった。


 沈黙が、先ほどとは質の違うものになった。


 マルクの計算帳を持つ手が止まった。ダリウスが息を詰めた。


 ペトラがページをめくる速度が遅い。明らかに遅い。一文一文を噛みしめるように読んでいる。


 十分。


 ペトラが文書をテーブルに置いた。


「レンハルト」


「はい」


「この草案を書いたのは——あなた自身ですか」


「AIに下書きを作らせた。それを、俺が書き直した」


「ひどい文法ですね」


 ダリウスが胃を押さえた。マルクが計算帳の裏に「交渉決裂」と走り書きしたのが見えた。


「第三条の関税緩和条項。主語が二回出てきます。第七条の紛争解決。文末が『〜だと思う』で終わっています。条約文書で『思う』は使いません。他の条項にも同様の不備があります」


「わかってます。推敲が足りない」


「足りないのではなく」


 ペトラが眼鏡を外した。


 ——初めて見た。この人が眼鏡を外すのを。


「存在しないのです。推敲が。——あなたは、思ったことをそのまま書いている」


 レンは黙った。


「第三条。『最初から全部フリーにすると、お互いびっくりするから、慣らし運転がいる』。第七条。『まず酒でも飲みながら話し合って、それでも駄目ならペトラさんに仲裁を頼む。たぶんそれが一番早い』」


 ダリウスの顔が蒼白になった。マルクが計算帳に「損失額」と書き始めた。


 ペトラが——文書を、両手で持ち直した。


「レンハルト」


「はい」


「こちらの方がいい」


 会議室が、凍った。


 ダリウスの目が点になった。マルクの計算帳が滑り落ちた。ヴィクトルの——あの空虚な目に、初めて明確な感情が浮かんだ。困惑だ。


「ノイマンの草案は完璧です。文法も構成も実務上の問題もない。大陸のどの通商条約よりも精緻に書かれています」


 ペトラが、ノイマンの白い革表紙の文書を見た。


「ですが——条約とは紙切れではありません。二つの国の民が互いを信じる約束です。完璧な文書は疑念を生みます。『ここまで隙がないのは、何か裏があるのではないか』と」


 ヴィクトルの手が、テーブルの上で微かに動いた。


「レンハルトの草案は不格好です。文法の間違いも多い。ですが——読めば、書いた人間の顔が見えます。関税を下げたい理由が、計算ではなく実感から来ている。紛争解決に私の名を出したのは不適切ですが」


 口元が——ほんの少しだけ、緩んだ。


「悪くない判断です。——仲裁人として、信頼していただけているのは光栄です」


 ペトラが文書を重ねた。


「通商条約の草案は、アルゴリズ側を基礎とし、ノイマン側の構成と用語を参照して仕上げることを提案いたします。——つまり、人間の言葉で骨格を作り、精密さは後から整える」


「異議なし」


 レンが言った。


 全員がヴィクトルを見た。


 ヴィクトルは——数秒、何も言わなかった。あの淡い青灰色の目が、レンの草案とノイマンの草案を交互に見ていた。


「……合理的な判断とは思えません」


 声は冷静だった。だがどこか——硬かった。


「ですが——仲裁人の判断に従います」


 ペトラが頷いた。


 マルクが計算帳を拾い上げ、「損失額」の文字を消した。代わりに「想定外」と書いた。ダリウスが深い溜息をついた。胃薬を飲む音が、静かな会議室に響いた。




 会議室を出た廊下で、レンはヴィクトルと並んで歩いた。


「なあ、ヴィクトル」


「はい」


「さっきの——お前が不満なのはわかる」


「不満ではありません。仲裁人の判断を尊重しただけです」


「嘘つけ。声が硬かった」


 ヴィクトルの足が、一瞬だけ止まった。すぐに歩き出した。


「……どこでそれを」


「同じスキルの持ち主だからな。AIの出力には声の硬さが出ない。お前の声が硬かったってことは——あれはお前自身の感情だ」


 ヴィクトルが黙った。


 廊下の窓から、秋の日差しが差し込んでいる。ゴーレムが庁舎の外壁を補修している音が聞こえる。


「……俺の草案は——完璧だった」


「ああ。完璧だった」


「なのに選ばれなかった」


「ああ」


「あなたの草案は——不完全だった」


「ああ。ひどいもんだったろ」


「なのに——選ばれた」


 ヴィクトルの声に、苛立ちが混じっていた。混じっていることに、本人が気づいていない。


「レンハルト。なぜですか」


「俺に聞くなよ。ペトラさんに聞け」


「あの人は『誠実さ』だと言いました。——誠実さとは、何ですか。定義してください」


 レンは——頭を掻いた。


「たぶん、定義できないから誠実なんだと思う」


「意味がわかりません」


「うん。俺もうまく言えない。——でもな」


 レンは立ち止まった。


「お前が今、『なぜだ』って怒ってる。それが——誠実さの始まりだと、俺は思う」


「怒っていません」


「怒ってる。声が硬い。表情は変わってないけど、手が握られてる」


 ヴィクトルが——自分の手を見た。拳が、握られていた。意識せずに。


「……これは」


「お前の感情だよ。AIが生成したんじゃない。お前が、自分で感じてる苛立ちだ」


 ヴィクトルの拳が——ゆっくりと、開いた。自分の手のひらを見つめるように。


「俺は……怒っているのですか」


「ああ。完璧な答えが選ばれなかったことに。——それは、お前にとって初めてのことだろ」


 ヴィクトルは答えなかった。


 だが——その沈黙は、昨日までの沈黙とは違っていた。空虚な沈黙ではなく、何かを受け止めようとしている沈黙だった。




 昼過ぎ。


 エルナがパン屋を閉めて、リーネと二人で通りを歩いていた。


「ねえ、リーネさん。あの交渉、どうなったか知ってる?」


「ダリウスさんが教えてくれたわ。レンさんの草案が選ばれたって」


「ほら。——あいつの下手くそな文章の方が選ばれたんだ」


「うん。ヴィクトルの草案は完璧だったのに」


「完璧だったから、だめだったんでしょ」


 リーネが足を止めた。


「……そうね。完璧だから——ヴィクトルがいなかった」


「レンのはさ、文法ぐちゃぐちゃだし、『酒でも飲みながら』とか書いてあるし、条約書に書く言葉じゃないでしょ。でも——あいつがそこにいる」


「三十点の中に、レンさんがいる」


「そう」


 二人は橋の上で立ち止まった。小川がアルゴリズの中心を流れている。水面にゴーレムの影が映り、精霊灯の光がちらちらと揺れている。


「リーネさん」


「うん」


「あたしね、最初はレンのAIが嫌いだった。何でも自動でやっちゃうでしょ。パン焼くのも、掃除も、畑も。あたしの仕事がなくなるって思った」


「……うん」


「でも、レンがパンだけは手で焼いてくれって言った時——あ、違う。あたしが言ったんだ。『パンは手で焼く。あんたのAIには焼かせない』って」


「強い」


「強くない。ただ——怖かったの。あたしにはAIが使えない。魔法の才能、ゼロ。スキルもない。何もない。——あいつがAIで全部できるようになったら、あたしの居場所がなくなるって」


 リーネが——目を伏せた。手の甲で、そっと目元を押さえている。


 あ、とエルナは思った。この人も——同じだ。あたしと、同じことで苦しんでる。


「でもね」


 エルナが川面を見た。


「あいつは——あたしのパンを、うまいって言うの。ゴーレムが焼いた完璧なパンもあるのに。形が揃ってて、焼き色が均一で、栄養バランスも完璧なやつ。——でもレンは、あたしのいびつなパンの方を、うまいって言う」


「……なぜだと思う?」


「わかんない。あいつに聞いても『お前のパンはプロンプトで再現できない』とか意味不明なこと言うし。——でもね」


 エルナが振り向いた。


「たぶん——直す人にはわかるんだと思う。自分で手を入れた人には。完璧じゃないものの中にしかない、何かが」


 リーネが、何かを噛みしめるように目を閉じた。


「ヴィクトルさんにも——いつかわかるかな」


「わかるよ。——あたしのレンでも変わったんだから」


「……あたしの、って言った」


「言ってない!」


 エルナの顔が真っ赤になった。耳まで。首まで。


「言ってないから! 聞き間違い! リーネさんの耳がおかしい!」


 リーネが——声を出して笑った。


 くしゃっとした、不器用な笑い方だった。高貴な令嬢の笑い方じゃない。たぶんこの人は、こういうふうに笑うことが、長いことなかったんだろう。


 ——よかった。


 エルナはそっぽを向いた。赤い顔を見られたくなかったのもある。でもそれだけじゃない。リーネの笑い方が——なんだか、泣きそうになるくらい嬉しかったから。


「……がんばろうね。あたしたち」


「うん。がんばろう」


「百一回、言おう」


「うん。——三回目の朝だから、残り九十七回」


 秋の風が橋の上を吹き抜けた。


 小川のせせらぎが、二人の足元を流れていく。




 夕刻。


 レンが執務室に戻ると、ダリウスが書類の山を前に座っていた。


「通商条約の修正草案、いつまでに必要ですか」


「ペトラさんは明後日って言ってた」


「明後日。——明後日ですか。レンハルト殿。この修正量を明後日までに。一人で。胃薬の在庫は——」


「ダリウスさん、マルクに手伝わせてください。あの人、条文の細かいところは得意でしょう」


「マルク殿は……」


 ダリウスが視線を逸らした。


「交渉の後、一人で計算帳に向かっておられました。『この取引の利益率が計算できない』と呟いて」


「利益率?」


「おそらく——誠実さの利益率、でしょう。マルク殿にとっては、計算できないものは不安なのです」


 レンは窓の外を見た。


 アルゴリズの夕景。精霊灯が一つ一つ点っていく。パン屋の煙突から最後の煙が細く上がっている。橋の上に二人の影が見えた——エルナとリーネだろう。


「ダリウスさん」


「はい」


「今日のペトラさんの判断——ダリウスさんはどう思いましたか」


 ダリウスが書類の束を脇に置いた。珍しく、仕事の手を止めた。


「正直に申し上げると——冷や汗をかきました。外交文書で『酒でも飲みながら』は、規定第何条に照らしても不適切です」


「でしょうね」


「ですが——ペトラ殿の判断は正しいと思います」


「どうしてですか」


「条約は、守られなければ意味がありません。完璧な文書でも、相手が『裏がある』と疑えば守られない。不格好でも、書いた人間が信じられるなら——守られる」


 ダリウスが眼鏡を押し上げた。


「私の仕事は、レンハルト殿の不格好な言葉を——守られる形に整えることです」


「……助かる」


「辞表を出したいですが」


「出すな」


「出しません。——明後日までに、修正草案を仕上げます」


 ダリウスが書類の山に向き直った。ペンを取り、インクを付ける。


 レンは執務室を出ながら、小さく笑った。


 直す人と、直さない人。


 ヴィクトルは直さない。AIの百点をそのまま使う。レンは直す。百点を三十点に「劣化」させる。


 でも、三十点の中にしかないものがある。


 ペトラはそれを「誠実さ」と呼んだ。エルナなら——たぶん、「あんたがいる」と呼ぶだろう。


 呼び方は違う。でも、指しているものは同じだ。


 廊下の窓から見えるアルゴリズの夕景は、不揃いで、雑然としていて、どこかで誰かが喧嘩していて、パンの匂いがして——完璧とは程遠い。


 でも、ここには人がいる。


 直す人が。



最後まで読んでいただきありがとうございました。


第46話「直す人と直さない人」。この一話のタイトルに、この物語の核心を詰め込みました。


エルナの「あいつは下手くそだけど、自分で直してるでしょ」——この台詞が、レンとヴィクトルの違いの全てです。AIが出す百点の答えをそのまま使うのか、わざわざ三十点に「劣化」させるのか。ペトラが不格好な草案を選んだのは、そこに「書いた人間の顔が見える」から。条約は、完璧さではなく誠実さで守られるものなのだと。


エルナとリーネの友情が動き始めた回でもあります。二人の境遇は全然違う——パン屋の娘と貴族令嬢。でも「AIを使う男の隣にいる女」として通じ合う。エルナの「百一回目を言えばいい」がリーネの支えになっていく。この友情は、物語の終盤で大きな意味を持ちます。


ヴィクトルが「怒っている」ことに気づくシーンは、書いていて鳥肌が立ちました。完璧な答えが選ばれなかった時、初めて拳を握った。それは——彼が初めて「自分の感情」に触れた瞬間です。AIには怒りがない。怒っているのは、ヴィクトル自身なのです。

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