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固有スキル【生成AI】で異世界全自動化 〜魔法陣はAIで組み、国はAIが建て、気づけば俺の仕事がなくなりました〜  作者: 歩人


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第44話: 最適化と劣化の違い

 外交会談の二日目。


 昨日の初顔合わせで、レンはヴィクトル・レーヴェンという男の輪郭を掴んだつもりだった。同じスキル【生成AI】の持ち主。AIの出力を一切改変せず、そのまま使う男。完璧で、隙がなく、空虚な目をした王。


 だが、掴んだはずの輪郭は、一晩経って霞のように薄れていた。あの男は何を考えている? いや——何も考えていないのか。考えているのはAIで、ヴィクトルはただの出力端末なのか。


 会談室の扉が開いた。


 ヴィクトルが入ってくる。昨日と寸分違わぬ姿だった。プラチナブロンドの髪。白い王衣。淡い青灰色の瞳。感情のノイズが一切ない目。


 ——昨日と同じ服なのか、同じ仕様の別の服なのか。どちらでも驚かない。


「レンハルト殿。本日の議題は、昨日の協議を踏まえた各論に入りたいと思います」


 声も昨日と同じだった。最適化された声量と速度。完璧な抑揚。


 レンの隣で、ダリウスが書類を広げた。昨夜のうちに整理した、昨日の会談の論点メモだ。この男の仕事の速さだけは、ヴィクトルのAIにも引けを取らない。


「ヴィクトル陛下、本日の議事次第をお渡しいたします。十七項目ございます」


「拝読しました。所要時間の最適値は二時間十四分です」


 ダリウスの口が閉じた。開いた。閉じた。


「……すでにお読みに。では、着席を——」


 ヴィクトルの随員が三名、後ろに続く。全員が同じ白い服装。同じ姿勢。同じ無表情。


 その中に一人だけ、違う空気の人物がいた。


 リーネだ。昨日、廊下で言葉を交わした女性。淡い金髪のストレートに深い青の瞳。今日も少し寂しそうに微笑んでいる。


 リーネ。ヴィクトルの婚約者。


 レンは一瞬だけ彼女と目が合った。リーネはかすかに会釈して、ヴィクトルの斜め後ろに立った。




 外交会談が始まった。


 昨日の会談で互いのスキルは確認済みだ。だが二日目の今日、改めて聞くヴィクトルの弁舌は昨日以上に徹底されていた。


 通商条件の提示。安全保障の枠組み。技術交流の範囲。ゴーレム運用に関する国際基準の提案。


 すべてが——AIの出力そのものだった。


 レンにはわかる。同じスキルの持ち主だからこそ。あの構文。あの論理展開。人間が書いたにしては隙がなさすぎる。かといって人間味がないわけではない。「最適な人間味」が計算されて配置されている。


 ペトラの時もそうだった。レンが最初にAI生成の条約草案を出した時、ペトラは「立派です」と言った。だが選んだのは、レンが自分で手直しした不格好な草案だった。


 ヴィクトルは——手直ししていない。


 AI出力を、一語一句、そのまま読み上げている。


「——以上が、ノイマン王国が提案する相互技術交流協定の骨子です。質疑があれば、どうぞ」


 完璧な発表が終わった。


 ダリウスが書類をめくる音が響いた。静寂の中で、羊皮紙のかさつく音がやけに大きい。


「レンハルト殿……」


 ダリウスが小声で促した。


 レンは椅子に座り直した。


「ヴィクトル陛下」


「はい」


「一つ聞いていいか」


「どうぞ」


「今の提案、昨日と同じだな。全部AIの出力だろ」


 会談室の空気が変わった。


 ダリウスの顔が青くなった。外交の場でそれを言うか、という顔だ。だがレンは構わなかった。昨日の確認を踏まえて、今日こそ本質を突く。


 ヴィクトルの表情は——変わらなかった。


「その質問の意図がわかりません。昨日申し上げた通り、最適な提案を最適な形で提示しています。過程は問題ではなく、結果が重要です」


「やっぱり一語一句AIの出力か」


「最適解を採用しています。それが何か?」


 レンは背もたれに体を預けた。


「俺もAIに草案を書かせる。でも、そのまま使わない。必ず自分で手を入れる」


「なぜですか」


 ヴィクトルの声に、また感情らしきものが混じった。——困惑。純粋な、理解不能に対する困惑。


「最適化された出力を、わざわざ劣化させる。合理的な説明が思いつきません」


「劣化じゃない」


 レンは言った。


「アレンジだ」


 ヴィクトルが沈黙した。三秒。五秒。


「……同じことです」


 レンの背筋を、冷たいものが走った。


 同じことだ、とこの男は言った。アレンジと劣化が同じだと。


 ——こいつとは根本的に合わない。


 それだけではない。この男は怖い。


 レンが前世で見てきたものを思い出した。AIの出力をそのまま本番環境に投げる開発者。コードレビューなしでデプロイする組織。テストを書かない、なぜなら「AIが最適なコードを出すから」。


 そして障害が起きた時、誰も原因がわからない。AIが書いたコードを、人間が読めないから。


 ヴィクトルは、あの組織の王様版だ。




 会談は二時間十四分きっかりで終わった。


 ヴィクトルが予告した通りに。


 レンは会談室を出ると、廊下の壁に背を預けた。


「レンハルト殿」


 ダリウスが書類の束を脇に抱えたまま、険しい顔で立っていた。


「外交会談であの質問は……」


「わかってる。マナーの問題だろ。でも聞かないわけにいかなかった」


「なぜです」


「あいつ、俺と同じスキルだ」


 ダリウスの手が止まった。


「同じ——【生成AI】を?」


「ああ。間違いない。あの提案書の構文、論理の組み方、接続詞の選び方。全部、俺がAIに生成させた時と同じ癖がある。しかもこいつの方が精度が高い。たぶん俺より先にスキルを得て、長く使い込んでいる」


 ダリウスが眼鏡を押し上げた。指先が微かに震えていた。


「……つまりノイマン王国は国家運営を丸ごとAIに委ねている、と?」


「たぶん。いや、間違いなく」


「辞表を出したい」


「出すな」


「外交相手がAI完全依存の国家とは。これは規定第何条で処理すればいいのですか」


「知らん。新しい条文を作れ」


 ダリウスの胃がきゅっと鳴った。本人は聞こえないふりをしたが、レンには聞こえた。




 午後。


 ヴィクトルが「アルゴリズの視察をしたい」と申し出た。レンは断る理由がなかった。


 カイルが護衛として付き添い、四人、レン、ヴィクトル、カイル、そしてヴィクトルの後ろに控えるリーネで、アルゴリズの街を歩いた。


 秋の日差しが石畳を温めている。ゴーレムが建材を運び、精霊の灯りが通りの角に淡く光っている。パン屋の軒先からは焼きたての匂い。大工が足場を組む音、子供が走り回る笑い声。


 ヴィクトルは無言で歩いた。時折立ち止まり、街並みを見渡す。だがその目は品定めの目ではなかった。何かを探している目だった。


「レンハルト」


「ん」


「一つ聞いてもいいですか」


「ああ」


「この街の人間は、なぜ笑っているのですか」


 レンは足を止めた。


 カイルも立ち止まった。「は?」という顔をしている。


「笑ってるって……普通だろ? 街を歩いてりゃ笑うこともある」


 ヴィクトルがカイルを見た。レンへの呼称がなかった。カイルの存在をほぼ認識していないかのように視線を戻した。


「ノイマンでは、効率的な行動に笑顔は含まれていません。労働生産性に寄与しない表情筋の活動は——」


「待て」


 レンが遮った。


「今の、お前の言葉か? AIの出力か?」


 ヴィクトルが一瞬だけ——ほんの一瞬だけ——目を伏せた。


「……区別がつきません」


 その一言が、レンの胸に深く刺さった。


 区別がつかない。自分の言葉とAIの言葉の境界が、もう消えている。


 背後で、リーネが目を伏せたのが見えた。その横顔に浮かんだのは怒りではなかった。諦めでもなかった。ただ、深い悲しみだった。




 視察の途中、市場を通りかかった。


 果物屋の親父が、リンゴの山を前に客と値切り交渉をしていた。声が大きい。身振りが大げさだ。客も負けていない。互いに笑いながら、銅マナ一枚の差額で五分間格闘している。


「あれは何ですか」


 ヴィクトルが足を止めた。


「値切り交渉」


「非効率です。適正価格を設定すれば、この五分間は不要になる」


「そうだな。不要だ。でも、あの親父は楽しそうだぞ」


 ヴィクトルが果物屋を見た。親父が「しょうがねえな!」と笑って銅マナ一枚を値引いた。客が「ありがとよ!」と言ってリンゴを受け取った。二人とも笑っていた。


「楽しい」


 ヴィクトルが反芻するように呟いた。


「それは——最適化の対象ですか?」


「対象じゃない」


 レンは言った。


「楽しいとか悲しいとか、そういうのは最適化するもんじゃない。あるがまま、だ」


「あるがまま」


 ヴィクトルの声が、かすかに揺れた。


 カイルが横から口を出した。


「なあ、あんたの国って飯はうまいのか?」


 ヴィクトルがカイルを見た。今度は無視しなかった。


「栄養バランスが最適化された食事を、一日三回、全国民に提供しています」


「うまいのかって聞いてるんだ」


「……味覚の満足度は、測定対象に含まれていません」


 カイルが眉をひそめた。


「まずいのか」


 ヴィクトルは答えなかった。


 リーネが後ろで、小さく唇を噛んだ。




 夕刻。


 レンは執務室でヴィクトルと二人になった。ダリウスが茶を運ばせ、カイルは「堅い話は無理だ」と言って鍛錬場に消えた。リーネはエルナのパン屋を訪れると言ってレン達から離れた。


 窓から、アルゴリズの夕景が見えた。精霊の灯りが一つ、また一つと点いていく。ゴーレムが作業を終えて待機状態に入る。人間たちが家に帰っていく。


 レンは茶を一口飲んで、切り出した。


「ノイマンのこと、もう少し教えてくれ」


「何を知りたいですか」


「お前の国の人間は、幸せか?」


 ヴィクトルが窓の外を見た。


「失業率ゼロ。犯罪率は大陸最低。食糧自給率百パーセント。住居は全国民に供給済み。医療はゴーレムが二十四時間対応。教育は——」


「数字じゃない。聞いてるのは、幸せかどうかだ」


 ヴィクトルの口が閉じた。


 沈黙が流れた。夕日が執務室の壁を橙色に染めていく。


「……幸せの定義を教えてください」


 レンは目を閉じた。


 前世で同じ問いを投げかけたことがある。スタートアップ時代。プロダクトの満足度調査で「ユーザーは幸せか?」と聞いたら、チームの誰かが言った——「幸せの定義を教えてください。KPIに変換します」。


 あの時と同じだ。


「幸せは定義できない。だから、お前の国の子供は笑ってるか? 市場で値切り交渉はあるか? 酒場で喧嘩はあるか? 恋人に手紙を書く人間はいるか?」


 ヴィクトルの目が、わずかに揺れた。


「子供は効率的に教育を受けています。市場はありません。全て配給制です。酒場はあります。ただし飲酒量は健康基準に基づいて管理されています。恋人への手紙は——」


 言葉が途切れた。


「手紙は?」


「……私はAIに書かせています」


「知ってる」


 レンの声に棘はなかった。だが、静かな重みがあった。


「俺も前世で同じことをやった。仕事のメールも、友人への連絡も、全部AIに書かせた。効率的だった。時間が浮いた。でも気づいたら、俺の言葉で書いた文章が一つもなかった」


 ヴィクトルがレンを見た。淡い青灰色の瞳に、初めて——何かが宿った。


「あなたも、そうだったのですか」


「ああ。だから俺は手を入れる。AIが書いたものを、わざわざ劣化させる。お前に言わせれば、だが」


「劣化です」


「アレンジだ」


 二人の視線がぶつかった。


 ヴィクトルの目は冷たく、レンの目は苛立っていた。だがその奥に二人とも、同じものを見ていた。同じスキルを持ち、同じ問いの前に立っている者同士の、張り詰めた認識。


「あなたの国は非効率です」


 ヴィクトルが言った。


「ゴーレムの稼働率が七十二パーセント。精霊ネットワークの帯域使用率は五十八パーセント。リソースの三割近くが遊んでいる。ノイマンなら、同じ人口をその半分のリソースで運営できます」


「知ってる」


「知っていて、放置しているのですか」


「放置じゃない。意図的にそうしてる」


「なぜ」


「その三割が——人間が手でやる分の余白だからだ」


 ヴィクトルの眉がかすかに動いた。


「余白」


「ゴーレムに全部やらせれば効率は上がる。でもそうすると、人間がやることがなくなる。やることがない人間は——笑わなくなる」


 窓の外で、酒場の灯りが点いた。誰かが歌っている。下手な歌だ。音程が外れている。だが楽しそうだ。


「お前の国は効率百パーセントだ。でも笑顔がゼロだ。その方程式は、おかしくないか?」


 ヴィクトルは答えなかった。


 長い沈黙の後、ヴィクトルは茶を一口飲んだ。無表情のまま、だが飲む速度が少しだけ遅かった。味わっている、のかもしれない。


「この茶は——手で淹れたものですか」


「ダリウスさんの部下が淹れた。たぶんゴーレムじゃない」


「ノイマンの茶は——」


「最適な温度と抽出時間で?」


「……はい」


「どっちがうまい?」


 ヴィクトルの手が、カップの縁で止まった。


「……比較データがありません」


 レンは溜息をついた。


「お前さ——」


「はい」


「データがなくても答えられることがあるんだよ。うまいか、まずいか。好きか、嫌いか。それは、お前自身にしか答えられない」


 ヴィクトルの瞳が——揺れた。


 ほんの一瞬。水面に小石を投げたような、微かな波紋。


 だがすぐに元に戻った。淡い青灰色の、凪いだ水面。


「……私は、帰国します。会談の結果は改めて文書で通知します」


 ヴィクトルが立ち上がった。


「レンハルト」


「ん」


「あなたは非効率だ。だが——」


 言葉が途切れた。ヴィクトルが何かを探すように視線を彷徨わせた。AIの出力を待っている——のではなかった。自分の中に、言葉を探している。見つからないのだ。AIに頼ってこなかった筋肉が、退化している。


「——だが、この茶は悪くなかった」


 それだけ言って、ヴィクトルは執務室を出ていった。


 レンは一人残された執務室で、冷めかけた茶を見つめた。


「……お前と同じ答えには辿り着けない。たぶん、永遠に」


 独り言。誰も聞いていない。


 だが——「この茶は悪くなかった」。


 あれは、AIの出力じゃなかった。


 ヴィクトルの言葉だ。不器用で、稚拙で、何を伝えたいのか本人もわかっていない——でも、確かにヴィクトルの言葉だった。


 完璧に最適化された提案書より。


 あの一言の方が、ずっと重い。




 翌朝。


 レンがパン屋のカウンターに座ると、エルナが黙って冷めたパンを出した。


「昨日の会談、どうだったの」


「……うまく言えない。同じスキルの持ち主に会った」


「あの王様?」


「ああ。俺と同じスキルで、俺より先に国を建てた男だ。効率で言えば、あいつの方が上。でも」


「でも?」


「あいつの国には、笑ってる奴がいなかった。たぶん」


 エルナが棚を拭く手を止めた。


「あんたの国には笑ってる奴いるの?」


「いる。カイルは毎日笑ってるし、マルクは計算が合うと笑う。ダリウスさんは——泣いてることの方が多いが」


「あたしは?」


「……怒ってることの方が多い」


「うるさいわよ」


 エルナがカウンターを叩いた。


「——で、あんたはどうなの」


「俺は……」


 レンは冷めたパンを齧った。


「俺は——ここでパンを食ってる時が、たぶん、一番マシな顔をしてる」


 エルナの頬が、ほんの少しだけ赤くなった。


「……30点」


「下がった!?」


「言い方の問題よ。『マシな顔』って何。せっかく言ってることは悪くないのに、あんたって肝心なところでヴィクトルさんみたいに堅くなるのよね。もうちょっと素直に言えないの」


「AIに聞——」


「聞くなっ!」


 パン屋のカウンターに、いつもの朝が戻ってきた。


 レンは最後の一口を飲み込みながら、思った。


 ヴィクトル・レーヴェン。同じスキル。同じ問い。——だが、たどり着いた場所が違う。


 あいつの国にはパン屋がない。値切り交渉がない。下手な歌が聞こえない。冷めたパンを「うまい」と言ってくれる女がいない。


 それが——効率百パーセントの代償だ。


 レンは席を立った。


「行ってくる」


「仕事?」


「ああ。ヴィクトルへの返書を書く。自分の言葉で」


「……当たり前でしょ」


 エルナの声が、少しだけ柔らかかった。


 レンは気づかなかった。


 ——だから、30点なのだ。



最後まで読んでいただきありがとうございました。


第44話「最適化と劣化の違い」。同じスキル【生成AI】を持つ二人の男が、初めて正面からぶつかる話です。


ヴィクトルは悪人ではありません。むしろ、レンが「エルナに出会わなかったら」辿り着いていたかもしれない未来そのものです。AIの出力をそのまま使う。手を入れない。検証しない。完璧な国ができる。でも笑顔がない。——この対比を描きたくて、この作品を書いています。


「劣化じゃない。アレンジだ」「同じことです」。この二行の応酬に、二人の価値観の全てを詰めました。AIが出す100点の文章を、わざわざ70点に「劣化」させることに意味はあるのか。レンの答えは「ある」。ヴィクトルの答えは「ない」。どちらが正しいかは——物語が進む中で、読者の皆さんに判断していただければと思います。


カイルの「飯はうまいのか」という質問が、この話で最も核心を突いた一言かもしれません。栄養バランスが完璧でも、「うまいか」は別の問いです。効率とは異なる軸が、この世界にはある。


次話ではリーネが登場します。ヴィクトルの恋人。AIが書いた手紙ではなく「あなたの言葉が聞きたい」と願う女性。エルナとはまた違う形で、AIの限界に触れていきます。

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